6.石のハート(レナーテ・ドレスタイン/長山さき訳)
【いしのハート】
女の子が光の中に踊る表紙に惹かれて手に取りました。このガーリーな表紙、「何だか好きそうな内容だぞ」と高まる期待に内容も結構そのまま応えてくれたかな、と思います。
作者はオランダ女性作家。新潮クレスト・ブックスという形態は書店でも目に付くし人気であるという認識はあったのですが、読むのはこれが初かもしれません。
視点は主人公エレンの一人称だったり、父や母の三人称だったり、急に神視点っぽくなったり、とても不安定な感じがするのに自然に読めます。私の好きな恩田陸ってこんな感じじゃなかったけ? と思います。つまり、好きな感じ! です。
内容は、あえて裏表紙に載っているあらすじや書評コメントをスルーして本文を読み進めます。まず、思春期のエレンや姉弟たちの関わりが描かれるのですが、そこでは特に強い感慨が湧きません。しかしp.35の数行で、この家庭が後に不穏な事件に巻き込まれることがはっきりと記され、その瞬間に強い引きを感じました。少女漫画にそこまで造詣が深い訳ではないし、そもそも漫画自体あまり読まないのですが、そして(内容の重さを考えると)あまりいい言い方でもないような気がするのですが、この本に対する大枠のイメージは「シリアスな昭和少女漫画」です。恩田陸のイメージと重なる部分も多少なくはない気がします。事件があった過去の家に戻って、事件を回想する心理的な旅は、東野圭吾の「むかし僕が死んだ家」を彷彿とさせます。ちょっと性的な描写もあるし、「むかし僕が~」を女性らしさに寄せて書いたら「ハートの石」になりそうだな、という気がします。多分、そういう過去の記憶への旅と女性作家が好きな人(私です)が読んだら、中盤くらいまでにはこの作品の雰囲気に完全に飲み込まれていそう。さらに、この作品、内容の割には難しくなくさらりと読み終えることも可能です。こんなところもちょっと東野圭吾っぽい。
また、詩的な内省と所々挟まる自然描写にもうっとりします。
中でも好きな部分は、現在の初老近いエレンを看病する仕事を与えられた意地の悪いルシアとエレンの関係が次第に変わっていくところ。分かりやすく関係が改善されるのではない、このしっとりと人間らしい感じ……二人の最後のシーンなど、「ああ、ここだけ読めただけでもよかったな」と思う繊細さ、ささやかさ。人間同士の関係を簡単な図式で表すような現代日本の小説が多い中、こういう一言で言い表せない関係がどれだけ尊く心を動かされることか、と思います。こういう「完成されなかった」関係を小説で書いてみたい。一体どのくらい本を読んで多くの人と関わって社会の仕組みを知ったら書けるようになるのだろう、と思う、私にとってはとても眩しい二人の間を行き交う空気の流れなのです。
ここまでは好みに引っ張られての感想で、私にとっては「話の流れと女性っぽい文章が読んでいて凄く楽しいし、他はまぁいいや!」という前向きな感想を抱ける「雰囲気枠」の作品なのですが、扱うのは本当にワンテーマで、ミステリーとしては全くだし、文学的にも深読みできるかっていうとちょっと微妙なのかなーとは思いました。ゆっくり噛みしめるように読むというよりバーッと読みながら、一行一行に何かの深淵を感じながらも、最後には綺麗に忘れているタイプ。それが悪いというのではなく、ただ不思議なことに、時間をかけて苦心した末に読み切った本から得る余韻には勝てないといったような……。ページ数と文字数がそれほど多くないのも、その一因なのでしょうね。
最後に至言だと思った一行を。p.249「本当の意味はなぜいつもあとになって明らかになるのだろう?」
私たちはいつも過程を生きていて、それが後になんになりうるか分からない、というのはこの世の真理だと思います。また、現在を生きていることは、丁度過去を生き直すことでもあるのかもしれません。