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4.すばらしい墜落(ハ・ジン/立石光子訳)

【すばらしいついらく】

 五か月以上間が空いてしまいました。仕事が始まったので、平日はほぼ読書する時間がなく、今は休日に一二冊読めればいい……くらいの読書週間になってしまいました。(時間を作ろうと思えば作れなくもないのですが、仕事に支障が出るのが怖く、睡眠時間は八時間以上をキープしています。)

 でも本当はもっと早く投稿できたはずなんです。「すばらしい墜落」を手に取る前に読んでいた「す」から始まる「水都に消ゆ」(マイクル・ディブディン/高儀進訳)が最後まで読めれば。そう、この本は……三分の一までしか読んでいないので分からないのですが、イタリアのヴェネツィアが舞台のミステリーなのですが、もう全然主人公が何をしているのか頭に入ってこないクソ本……一応出だしの風景描写にちょっと惹かれてブックオフで108円で買ったので、クソ本と言い切るのはどうかなぁと思うのですが、でもまぁ、よくある三流ミステリーって感じです。こんなに時間をかけて読む必要あるのかなこの本と思ったので、思い切ってというか「もうやめよう」と諦めました。それで図書館で見つけたのが「すばらしい墜落」なのですが、よかったです。「水都に消ゆ」やめてよかったです。


「すばらしい墜落」は、ニューヨークのクイーンズ区にある、アメリカで一ニを争う巨大なチャイナタウン、フラッシングに暮らす様々な中国系移民にスポットを当てた短編集です。十二話収録されています。ちなみに作者も中国人で、天安門事件に影響を受けてアメリカに帰化したという経歴があります。


 視点は三人称一元視点が基本の多視点というか神視点というか……。いかん、ブランクがあるせいで余計視点がよく分からなくなってきました。でも全く違和感なく読み進められる視点です。読み易さが重要なのです。


 さて、この本、中国系移民が中心の物語という事ですが、その立場や悩みは様々。娼婦から一介の学生、ホームヘルパー、僧侶、英文学教授まで。共通するのは何かな、と考えたとき、「職に就くこと、お金を稼ぐこと」に付随する色々な出来事が書かれていると気づきました。あとは家系の因縁とかそういうことですね。共産党員はアメリカに入国できない、とか若いうちに革命に参加したから年金がもらえて医療費がかからない、とか「われわれの世代は若い盛りを政治運動に翻弄された。まさしく失われた世代だな」とか正直私にはいまいちピンとこない歴史背景をほのめかす文章が時々顔を覗かせるのですが、この辺は物語の大事な要素であると同時に、でもこれを知らないからといって面白みが半減するわけでもない。物語に想像と深みを与えているのは確実なのだけど、それ以上に面白く読める要素があるので無問題でした。私はこの本を「家族小説」として楽しみました。様々な年代の様々な人々が織りなすドラマ。時々笑いを誘ったり、涙が滲んできたり。二冊くらいしか読んでいないけど日本の現代作家だったら奥田英朗(おくだ ひでお)って感じがします。あとは辻村深月の「家族シアター」とかそっち系を世界規模のスケールに落とし込んだ感じでしょうか(なんか違うかも)。多分、似ている作家は他にもたくさんいるのでしょうが、私が進んで手に取るジャンルではなかったので、余計に新鮮に楽しむことができました。


 とは言っても一話目を読んだ段階ではほとんどの人が「え? こんなもん?」と思うだろうなぁ、と想像します。しかし次の「作曲家とインコ」から少しずつその面白さが見え始め、私は「選択」という話でぐいっと掴まれました。「板ばさみ」は昔の人間である母親の言動がまさに! って感じで上手い。あまり本筋とは関係ないが、主人公が苦労人っぽい年配の女性の人生を知りたいと思うところに共感。「恥辱」の文学者の先生のキャラも実際いそうでムズムズしてしまうと同時に面白い。p.149「洒落も冗談も翻訳では失われてしまうので(ヘミングウェイの小説に愉快な一面があるとは思いもしなかった)」という言葉が気になる。「英文科教授」は終身在職権(というものがあるらしい)を手に入れるべく審査に臨む助教授の葛藤が描かれており、書類の英語のスペルを一か所間違えてしまった程度で「英文科教授には絶対に許されないミス」と大ショックを受け他の職を探し始めてしまう話なのですが、心の動きが実に上手く書かれています。立場は全然違っても分かる分かると頷いてしまう、どこかに必ず共感を呼ぶ部分がある物語たち。そしてラストの表題作「すばらしい墜落」もとても好きです。甘勤(ガン・チン)の経験に私の経験が重なってしまい、心を揺さぶられる。しかし法治国家アメリカ! ホッとすると同時に、それ以上の複雑な感情が心に残る。世界中のどこかでこうした理不尽が未だに繰り返されているのだろうと考えてしまう。不思議と身につまされるのです。


 内容以外に気になったのは登場人物の名前。奔永(ベンヨン)余富明(ユイ・フーミン)(野暮ったい名前らしい)、徐来(シュイライ)習奇敢(シー・チーガン)(ずばり改名したい子供たちが出て来る話)、楚田(チューティエン)陸生(ルーション)菊芬(ジュイフェン)阿虹(アーホン)などなど、中華系の名前ってバラエティ豊かで、なんとなく見た目にも素敵な感じがして、いいなぁ、と思いました。

 それから時々出てくる自虐的な言葉も気になりました。p.115「もう中国じゃ屋台の食べ物は怖くて口にできない。何を食べさせられるか分かったもんじゃない。~」p.233「自分が中国人なのがつくづくいやになる。中国製のものは粗悪品ばっかりで」そうかと思えばリアルにいそうな(私的には)嫌なアメリカ人警官が出てきたりして、こういったお国柄と誰かの日常が混然一体となって、狭い範囲でも大きなスケールを感じる短編集になっています。面白かったです。



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