第6話 ブランカ(2)
―アリーシャが生まれてすぐ、施設にやってきた頃は、ボクもまだ、二世代前のタイプのAIだったし、アリーシャが住むことになったVD世界も現実世界の代用としては、まだ色々と不十分なものだったのニャ
―今でこそ、視覚、聴覚のみならず、嗅覚や味覚、触覚のフィードバック機能も備わり、よりリアルなVD体験が実現されている。でも、かつてのVDは没入感という点で、ゲームとしてなら許せるかなーってレベル。
食べ物が絵に描いた餅なんじゃ、残念すぎるのわかるでしょ?
―それに。画像処理もまだまだ十分とはいえない状態だった。接触する2つのオブジェクトが重なったり突き抜けてしまったりする、3D画像の処理上の問題も、なかなか厄介で、これもほぼほぼ根絶出来たのって、つい最近なんだ。
―あ、アリーシャがシャワールームから戻ってきた。
汗をかくわけじゃないし、汚れだってスキンを変更すれば綺麗になるのに変だなって思うよね?
着替えだって一瞬でできるのに。
―アリーシャはここで暮らしているからね。レイヤー0(現実世界のことだよ)でなら、当然行われるこうした行動を手抜きすると生活感が無くなるからなんだって。アリーシャのこだわりなんだニャ。
―で、いまお着替え中だけど、残念でした。年頃の女の子のプライベートを晒すような悪趣味はないので。
それに、聞いたところで何になるの?
顔も体型も、アリーシャの気持ち一つ、所詮はデータなんだけど。
まぁ、どうしてもって言うなら、ちょっとだけ描写しちゃうけど、そうだなー強いて表現するなら、未成熟な初々しさを残しつつ、控えめに主張し始めた女性らしさが随所に現れ始めた体型って感じ。
ちなみに、スリーサイズと好んで付けてる下着の色はねー
「ブランカ!なに鼻の下のばしてるの?いやらしい」
はうぅっ!
―アリーシャの勘の良さにはホントびっくりしちゃうニャー。
アリーシャはほぼほぼお着替えが終わり、裾を引っ張ったり、肩の位置を調整したりしてる。
うん、いつもの青と黒、そしてポイントに白いレースをあしらった、お人形さんみたいなドレス。
今日のは、襟元の大きなリボンがアクセントなのニャ。
髪型はポニーテール。ポニーテールもいいニャー。
というか、いつ見てもアリーシャは可愛いのニャー。
―技術が発達し、VDがよりリアルに近付いたことで、アリーシャはこの世界で不自由なく暮らせてるのかって言うと、まだまだそうでもないのニャー
確かに、外部からの刺激は、五感すべてに対応できるようになったけれど、肉体をもたないアリーシャにとっては、まだハンディがあるのニャ。
たとえば、肘の関節の曲がらない方へ力が掛かった時に関節に痛みを覚える、といった感覚は肉体があって初めて感じられるものなんだニャー。
人として自然に振る舞ってみせるって時、このことは意外と重要で、どうしても「変な動き」になってしまう。
―いまは、ネイルのお手入れ中だけど、ここはいつも手抜きしてる。(こだわりとはいったい…)
カラーカタログから選びだした二種類の色でグラデーションを作って爪にタッチして塗ってってる。
ダブルチェックも済んだし、ステージング環境でのテストもOK。こんなもんかなー。
アリーシャ、マニュアルでのブローシーケンス、準備できたよー。
「まぁ、ありがとう!ブランカ!」
いつも通り、オプファーの個別信号への同期調整してあるから、ロストの危険はないけど、3回試して駄目だったら諦めて最終手段に切り替えるしかないから。
「うん、わかった」
それと、これも言うまでもないけれど、たとえレイヤー1に連れて帰れても、レイヤー0に戻せるかは、また別問題だからね。
「うん、わかってる。1つずつ行きましょう」
じゃあ、僕が手を貸せるのはここまでだから。
「はーい、行ってきまーす」
アリーシャの笑顔に見とれてるボクを残して、アリーシャはレイヤー2へと潜っていった。
―本当は、オプファーにアリーシャの秘密を話さないよう、念押ししたかったんだけど、これをやると逆効果な気がしたので言わずに見送ることにしたんだニャ。
―結果がどうあれ、ボクもアリーシャも最善を尽くしてる。このあと、どんな結果が待ち受けていたとしても、後悔はしないのニャ。