願いと思い、そして未来へ 2
私は何も映らなくなった画面を見つめ続けていた。
何故こんなことになってしまったんだろう。
何か、間違えてしまったのか。
「ちなみに、アレには映っていなかったけど、
フェリスと、何だったかしら?
ああ、ハーフエルフの男も死んでるわよー?
魔人に殺されたのよねー。
まあ、魔族が上位の存在の魔人に敵うはずがないんだけど。
その様子も見せたかったけど。
あまりにも呆気なかったから、面白くなかったのよねー。
どうだったかしら?
異世界での生活は。
さぞ楽だったでしょうね?
住む家があって、尽きない食糧があって、
便利な下僕がいて自分はなにもしなくても
守ってくれる、助けてくれる、何も不自由しない…。
自分勝手に生きても周りは自分に都合よく動いてくれる。
なんて最高な人生なのかしら!
無力なくせに、あなたがそんな生活を望んだせいで、
死ぬ人間がいるなんて微塵も知らないで能天気に生きてるなんて。
なんて憐れで可哀想なのかしら?
死んでいったあの子達も、
さぞ天国であなたといたことを後悔してるでしょうね?
あら? あなたってそんな顔もするのね」
私は恐る恐る両手で自分の顔を触る。
眼からは透明な液体が流れていた。
それは枯れることなくどんどん流れてくる。
何か月ぶり、いや何年ぶりだろうか。
この人間の機能を表に出したのは。
「あらあら? まるでガキね。
その顔目障りだから、さっさと泣き止んだら?」
「……」
私は何度も目を擦るが、
流れる勢いは収まることを知らない。
「はぁ……、呆れた。
今のあなたは精神体だというのに、
どうして涙を流すのかしらね?」
「……」
あの女の言葉が耳に残る。
それじゃあまるで、私のせいで皆死んだような言いぐさじゃない。
ああ、そっか。
私の、せいなのか…。
考えてみればあれだけの大きな城。
一生分の食糧。
なんでもできて、いつも私に尽くしてくれるフェリス。
いつも明るくて話し相手になってくれるレイーヌ。
冷静に物事を見極め、いつも影ながら支えてくれるヒルク。
これらはすべて、あのスキルで得たようなもの。
城も食糧も、フェリスだって『主の加護』のおかげで側におけた。
レイーヌとヒルクも『主の加護』がなければ死んでいたかもしれない…。
それもこれもすべて、『誕生日おめでとう!』スキルだ。
これだけのものを得て、代償が何もないわけがなかった……。
「涙を流すという機能は身体の目から流れるものなのに、
なぜあなたは精神体で涙が流せるのかしらー?」
なぜ涙が流れるのか?
そんなことを考える余裕は今の私にはなかった。
痛い、痛い痛い痛い痛い!
痛くて痛くて堪らない!
どこが痛いのか。
胸だ、胸が痛い。
いや、胸が痛いんじゃない。
―――心が……痛いんだ。
「なになに? まだ泣き続けるの?
ほんと、勘弁してよー。
あなたの泣き顔なんて、目に毒以外の何物でもないんだからー」
この心の痛みは物理的な物ではない。
だったら、この心の痛みは何?
「まさかこんなに、あなたが悲し泣きをするとは思ってなかったわ。
でも、とっても素敵!
今のあなたはとても人間らしくて素敵よ!!」
悲し泣き、私は今悲しんでいるというの?
今までアイツから何をされたって悲しまなかったというのに?
この変化に驚きを隠せない。
それと同時に納得している私自身もいる。
フェリスもレイーヌもヒルクも、
皆、従者ではなく、私の家族のような存在だった。
最初は、一人で送る生活よりも楽になるから置いておこう。
そんな軽い気持ちだった。
レイーヌとヒルクだって、
部屋は空いてるし、一生分の食糧もあるから、まあ、いっか。
と、殆ど気まぐれのようなものだった。
でも、フェリスは随分と私の世話を焼いてくるし、
大切だとか、大事だとか、何度も言われたことがある。
レイーヌは勝手にお話しタイムやおやつタイムを作ったり、
ゴスロリを作ったり、積極的すぎる事もあるけど、
それは全然嫌なものじゃなかった。
ヒルクはあまり積極的に関わったわけじゃないけど、
レイーヌだけじゃなくて、ちゃんと私も大事にしていたことは知っていた。
今思えば、皆私の事を大事に思ってくれていた。
その皆の思いに私は何を返したのかしら。
いいえ、私は自分の事ばかりで、何も返していないわ……。
それにまだこの世界に来て1年しか経っていない。
レイーヌとヒルクなんてまだ1年も経っていない。
まだ、あなたたちとしていないことが沢山ある。
フェリスの手料理を飽きるまで食べていない。
レイーヌとまた買い物に行く約束を守れていない。
ヒルクとは1年経っても互いにまだ分かっていないことがある。
だから、まだ、あなたたちと永遠の別れをするわけにはいかないわ!!
「女神。もし、あなたが本当に神だというのなら、皆を助けて。
神なら簡単に出来るはずよね」
「ふ~ん。あなた、あの子たちを助けたいの?
ただの下僕でしょう?」
「違うわ! 私の大切な、大切な家族よ。
私はあの子たちを助けたい。
あの子たちには沢山助けられたわ」
ヒルクは街の時にチンピラから守ってくれた。
レイーヌは私と話をしてくれるから寂しいことはなかった。
フェリスは特に助けられた。
魔獣の時もそうだし、竜王の城に連れて行かれた時もそう。
いつだって、あの子たちは私を助けてくれた。
「私は何をしたってあの子たちを助けたいわ。
こんなことを思ったのは初めてなのよ。
前世ではこんなこと一度も思わなかった。
大切な人間なんて居なかったもの」
「あらあら? 本当に何でもするというの?」
女神が意地悪そうな顔をして言う。
嫌な予感がするけれどもう決めたわ。
「ええ」
私が答えると女神は可笑しそうに腹を抱えて笑った。
「あはははっ!!
本当に可笑しいわ!! でも最高よ!
1年前のあなたからは考えられないわー。
面白いものを見せてくれたお礼に選択肢を二つあげるわ!!
1つ目は、永遠の苦しみを背負うことを代償に、
魔物を殲滅する力を得て戻ること。
2つ目は、このままあの世界に戻ること。
どっちも時間はあなたがスキルを使った時に戻すわ。
さあ、どっち?
一応言っておくけど、1つ目を選んでしまえば永遠の苦しみは、
どうしたって消えることはないわ。
魔法もスキルも何も通用しない」
ニヤリと気持ち悪いほどの笑みを浮かべる女神を
今すぐ殴ってやりたいけど、これこそが私の望んでいたもの。
魔物が殲滅出来て、尚且つ皆生きることが出来る。
「もちろん、1つ目よ」
「本当にいいの? 苦しみは半端なものじゃないわよ?
それに2つ目を選んだとしてもあの通りのシナリオになるとは限らないじゃない」
「構わないわ。それより、早くしなさい」
女神の問いに即答した。
女神をジッと見ていると、女神はスッと目を細めた。
「そう、本当にいいのね?」
「同じことを二度も訊かないで」
女神がなんと言おうと私はもう決めた。
彼らを助ける、
そのために私は自分を犠牲にするという選択肢を取ったのだ。
私の答えを聞いた女神はスッと細めていた目を開いた。
そしてまた気持ち悪いくらいに口角を上げた笑みで私を見てくる。
「ふふふっ、やっぱりあなた面白いわ! 最高!
その決断が間違っていないといいわね」
女神は手のひらをこちらに向けた。
その手のひらからは淡い光が漏れ出していた。
その光が眩しく思わず手で遮ると、
毎回恒例のこの空間とあの世界を渡るときの、
意識がなくなる感覚が私を襲う。
私は抗うことなく、意識を手放す。
これからの未来が明るくなるように……。
1年前の私が見たら驚くでしょうね。
なんたって、私が未来を掴もうとしているのだから。




