魔力不足
夕方頃に目が覚めた。
何だか寝たはずなのにダルい。
よっぽど疲れたんだわ。
「夜までどうしようかしら?」
そうだ。あと一つだけ残ってた。
スキルの願い事。
何にしようか考えていると、お腹が空いてくる。
扉の方を見てみると、そこにはカートが置かれていて、
その上には蓋を被せた料理らしきもの。
恐らく作ったのはあの男。
「私が信用できない人の料理なんて、
食べるわけないじゃない」
そのカートに近づくと、美味しそうな匂いが漂ってくる。
私の為に作ったんだ。
これも私を信用させる為……。
「見るだけ見るだけよ」
そっと蓋を開けてみると、美味しそうな料理が一杯あった。
こんなに食べられるわけないのに。
私は置いてあったナイフを手に取った。
そして、男が作ったであろう料理にブスブスと刺した。
綺麗な見た目の料理はぐちゃぐちゃ。
料理を刺した時に飛び散ったものが、他の皿に入っていく。
手を止めた時には見るも無残な姿になっていた。
私はカートをそのまま廊下に出して扉を閉めた。
そして再びベッドに入った。
それは程なくして起こった。
「う! う゛う゛っ!!」
苦しい……。何これ?
窒息しそう…………。
凄く苦しい。酸素が上手く吸えない……。
「しっかりしてください!
ああ、僕のせいだ!
僕が料理を作るから……。
だから、食べなかったんだ!!
はっ、これを飲んでください。
苦しくても飲めるように喉通りがいい飲み物です!」
声をかけてくるのはあの男。
そんな物、飲めるわけないじゃない。
「これはただの果汁です。
特別手を加えたわけではありません!」
私は一向に口を開かなかった。
ここで死んでもいいかな。
最後にふかふかのベッドで寝られたし。
「っ!! お願いです! 飲んでください!!
もう、私のことは信じなくて構いません!
ここを立ち去ります!
ですから、です、から……」
男の声が震えていた。
苦しくて閉じていた目を開けると、
男は泣いていた。
私の為に、泣いていた。
信じられなかった。
たかが、数分前にあったばかりの私が、
死にそうだからって泣くなんて。
「飲んで、ください……!」
ぽろぽろと男の目からは涙が流れていた。
この男はなんて情けないのかしら。
男のくせに女の前で泣くなんて。
何で私はこんな情けない意地を張っていたのかしら。
なんだかばかばかしくなったわ。
私はゆっくりとほんの少しだけ口を開けた。
「!!」
男は少し驚いたあと慌てて、
飲み口を私の口にそっと当てて中身を傾けた。
殆どは溢してしまったけれど、少しだけ飲むことが出来た。
飲んだ瞬間、少し楽になった。
男はカートにかかってあったタオルを取り、
私が溢してしまったものを拭いた。
この男に後始末をさせるのが、少し気分的にはよくない。
けれど、今は我慢するしかない。
少し楽になると、飲み物を飲みやすくなる。
私は気が付くと残りの中身を全て飲んでいた。
「良かった。
顔色が随分良くなっています。
後は、食糧庫にある食べ物を少しでも食べてください。
持って来ておきますので。
では、僕はこれで……。
すみませんでした。
もう、ここには来ません」
頭を下げ、背を向けた男に私は声をかけた。
「待って……」
男は立ち止まるけど、こちらを見ることはない。
男の方は震えていて、まだ泣いていることに気が付く。
「条件次第ではここにいてもいいわ」
少し信じてあげたいと思った。
あまりにも憐れだったから……。
私を信じていたのに信じて貰えなかったなんて。
「っ!! 本当ですか!?
でも、僕がここにいてあなたが苦しむのなら、
僕は出て行きます」
一瞬男は嬉しそうな顔をした、
けれど、それはすぐに思い詰めたような顔になった。
「だから、条件次第ではあなたを信じるって言ってるのよ。
あなたの料理を食べてあげるわ」
「えっ! 本当に!?」
つい驚いて敬語が抜けている。
本人も気付いていないみたいね。
「ええ、条件を聞きたい?」
「はい! もちろん」
男は目を輝かせながら勢いよく頷いた。
「『誕生日おめでとう《ハッピーバースディ》発動』」
『3つ目の願いをどうぞ。』
あの声が聞こえてきた。
私の3つ目の願いは決まった。
「最後の願いは、私の欲しいスキルをちょうだい」
私は詳しく欲しいスキルについて説明した。
その条件に合ったスキルをちゃんとくれるといいのだけれど……。
『その願いは神に認められました。叶えます。』
私の目の前にスキルの一覧が出てきた。
たくさんあるスキルの名前に目を通す。
私の求めるもの一番合う物……
これだ。
『主の加護』
主の加護……スキルをかけられた者が、
術者にとってどれだけ信用できるか数値に表す。
また、その数値はスキルをかけられた者のステータスにかけられる。
まあ、簡単に言ってしまえば、相手が自分を裏切る人間かどうかが分かるということ。
この信用値が高ければ、それだけ相手は私を信用し、信頼を寄せていることになる。
だから、こっちも信用できる。
後半は、スキルで出てきた数値がステータスにかけられる。
例えば、スキルで出た数値が2だった場合。
力のステータスが10だったら20に。
防御のステータスが5だったら10に。
という感じにステータス全てにかかるみたいね。
「今からあなたにスキルをかける。
それであなたを判断する。
嫌なら断って」
男は首を横に振った。
どんなスキルか分からないくせに。
「『主の加護』発動」
男の頭上に数値が出てきた。
『124』
合格だ。
「あの、どうしました?」
私がスキルを発動させてから、
何も起きないことを不思議に思ってか、
男がそんなことを言った。
「どうもないわ。
合格よ。フェリス。
ここにいてもいいわ」
「本当ですか!?
僕の料理も食べて頂けるのですか!?」
フェリスは驚きに目を見開いているようだった。
まったく、私に同じことを二度も言わせるつもりなの? この人。
「そうよ。言ったじゃない」
「あ、ああ。う、嬉しいです!!
ありがとうございます!」
フェリスが私の手を両手で握ってくる。
そんなに馴れ馴れしくするつもり一切ないんだけど……。
私はフェリスの手を叩いた。
けど、フェリスは喜んだまま。
「後で色々教えて。
分からないことが多いみたいだから」
「はい! 僕も聞いていいですか?」
「ええ、でも今は寝かせてちょうだい?」
私は起こしていた身体をベッドに預けた。
「あっ、ごめんなさい!
気が付かなくて……。
では、僕は適当な部屋をお借りしてもいいですか?」
「ここは、私の家だけど、あなたの家でもあるのよ? フェリス」
成り行きだけど一緒に住むことになったんだから当然だ。
「はい。ありがとうございます。
そのように言って頂けて嬉しいです。
ですが、元々はあなたの家ですから」
「それにあなたって言わなくていいわ。
命の恩人でもあるわけだし。
あなたって違和感がある」
なんかこっちがフェリスって呼んでるのに、
あなたって言われるのはなんかいやだわ。
なんか私が偉そうみたいじゃない。
「命の恩人だなんて……。
僕は当然のことをしたまでです。
そうですね。なんとお呼びすれば良いのでしょう?
まだ名前を聞いていませんでした」
「……名前は、ないわ。
だから、あなた以外で適当に呼んでくれて構わないわ」
そうか、名前ないと不便なのか。
ひとりで生きるつもりだったし、
問題ないと思ってたわ。
「名前がないのですか?
もったいない……。
きっとあなたには、とても綺麗で美しい響きの名前が似合います!」
そんな名前が本当に私に合うというのかしら?
「そう、それであなたはなんて呼んでくれるの?」
「そうですね。
お嬢様、ではどうでしょう?
お城にも住んでいることですし」
「分かった」
あなた以外で適当にと言ったのは私だし、
別にいいか。
誰か他の人に聞かれるわけでもないし。
「お嬢様。お嬢様もあなたと呼ばず、フェリスとお呼びください」
「……ええ」
つい、名前で呼ぶことに成れていないから、
あなたと出てしまう。
まあ、意識した時だけフェリスって呼ぶことにしよう。
「あっ、すみません。
眠たい所を話し込んでしまって」
「いいわよ、私も話してたのだから」
お蔭で結構眠気が覚めたけど、
名前で呼んでと言ったのは私だし。
「では、ごゆっくりお休みください」
フェリスはそっと部屋の明かりを消し、
寝室の扉を閉めた。