竜王の城
「竜王様、お早いお帰りですな。
もうよろしいのですか?」
と第三者の声が聞こえたのでそっちを見てみると。
は?
となった。
これはしょうがないことだと思う。
現れたのは、街で見たような、到底人間とは程遠い肌と顔だった。
肌には鱗のようなものが付いている。
しかも、見える範囲の肌は全部鱗で覆われている。
口は少し尖がっているし、
目は猫のような蛇のようなそんな目だった。
これを驚かずにいられるだろうか?
この男は途中で翼が生えたものの、それ以外は普通の人間の容姿をしているから家と言われて油断していた。
まさか、ここにもいるとは…。
「大臣、我はしばらくまた部屋に引き籠るからな」
私の頭上で行われている話を静かに聞いていると
大臣とやらと目が合った。
すると大臣の目はとんでもない物を見たように見開かれ、
暫し目を擦っていた。
「ミーリス様!」
そしてこれだ。
何でこの男みたいに私をミーリスと呼ぶのか。
そんなにミーリスという女に似ているの?
「ご無事だったのですね!
大臣は…大臣は。とても嬉しゅうございます!!」
泣きながら両手を広げ、私に向かってくる。
ハッキリ言って汚い。
涙どころか鼻水まで出ている始末。
って、この男に抱きあげられてるから逃げられない…。
「止めろ大臣。ミーリスは記憶が混乱している。
お前の事は多分知らない。
ミーリスを怖がらせるな」
「そうですか……。
さぞ寂しい思いをされたことでしょう。
この大臣!ミーリス姫の記憶が戻ることを
心よりお待ちしておりますぞ!」
大臣は涙やらなんやらを拭いながら、敬礼すると頭を下げてきた。
男はそれに気にした様子もなく大臣の横を通って行く。
そういえばさっきの大臣は確かこの男を竜王と呼んでいた。
だったら、この男がこの国の王だということになる。
「王様なんだ…」
「そうだぞ!我は龍族を束ねる王だ!
そして、ミーリス。お前は我の妹であり姫だ」
だから、私はミーリスでもないし姫でもないって…。
はぁ…、私は今どこに向かっているんだろう…?
ずっとこの男は歩いているし。
途中からなんか侍女みたいな人が後ろをついてきてるし。
しばらく男が歩いていると、ある部屋で歩みを止める。
男が扉を開けると、豪華な調度品の数々が置かれた
部屋が目の前に広がった。
「驚いただろう?ここは我の部屋だ」
へー、さすが王様。
私の寝室とは大違い。
如何にも高価ですと言わんばかりの壺や絵画、骨董品の数々。
使用人に盗まれたりしないんだろうか?
後ろについてきていた侍女は部屋の入り口で、
待機している。
「豪華ね」
一言感想を述べると竜王は私に視線を向けて
嬉しそうに微笑んだ。
「しばらくはこの部屋で我と二人きりだ」
男は大きいソファーに私をそっと降ろして、
隣に座った。
え……。
私がこの男と二人きり?
嘘でしょ?
不安でしかない。
「二人きり…?
そこの人は?」
私は侍女らしき人に指を指して訊いた。
「私の事はお気になさらず」
「そうだ。もう大臣には引き籠ると言ったしな。
そこにいる侍女はフーリという。
この部屋に食事を運んでくれる。
掃除もこの者がする。
我は愛しのミーリスと共に時間を過ごしたいのだ。
我がどれほどミーリスの身を案じていたか…。
そなたは分かっておるのか?ミーリス」
そう言って両手で私の両頬を覆う。
熱い眼差しで見つめられる。
何?この男はミーリスって人と恋人同士だったの?
確か、ミーリスって人は妹なんじゃないの?
「悪いけど、私はミーリスじゃないわ。
そんな眼差しで見ないで」
男は怒りの表情を見せたと思ったら困った顔をした。
「大丈夫だ、ミーリス。
すぐに医者を呼ぶ。
そうすれば、ミーリスの記憶も何とかなるやもしれぬ。
すまぬな。我がしっかりしていれば、
ミーリスに怖い思いをさせなんだものを」
存在を確かめるようにそっと頬を撫でながら
不意に男が視線を下に下げた。
「あの時の自分が憎い…。
ミーリスが襲われたと知った時から何度も思っておった。
何故あの時一緒にいてやらなかったのかと。
何故、何故我は、あの時呑気に仕事なんぞしておったのか。
我は…我は……」
男の肩が震えている。
何度もこの男は自分で自分を責めていたのかもしれない。
憐れね。
自分を責めてもミーリスって人が帰ってくるわけでもあるまいし。
「すまん。情けない所を見せてしまったな。
すぐに医者を呼ぼう。
ミーリスはここで待っておれ」
「それなら私が…」
「よい。我が頼みたいのだ」
侍女の言葉を遮り立ち上がって扉へ向かう。
侍女が部屋の扉を開け、男は部屋から出て行った。
医者を呼んでも無意味なのに。
しばらく侍女のフーリと二人きりの部屋で
無言の中待っていた。
10分程すると部屋の扉が開き、さっきの男と老人が入ってきた。
「失礼いたします」
老人は一礼するとソファーに座る私に視線を向けてきた。
老人は大臣と同じ種族のようだ。
あの男と私だけが種族が違うのだろうか…?
そして大臣と同じような反応をした。
「ミーリス様!」
老人はソファーまで駆け寄り膝をついた。
「ミーリス様。私、竜王様専属の医者をしております。
タリスと申します。
竜王様からお聞きしました。
ミーリス様は記憶を無くされたと…。
おいたわしや…ミーリス様。
タリスが誠心誠意ミーリス様の記憶を戻す
お手伝いをさせて頂きます」
老人は私の手を両手で握りながら
真っ直ぐに私を見つめてくる。
「頼むぞ、タリス」
いつの間にか竜王は入り口近くの椅子に座っていた。
こうしてタリスという老人による治療(?)が始まった。
「ミーリス様、何か覚えていることはありませんか?
全て忘れてしまわれたのでしょうか?」
タリス老人が私に訊いてくる。
そんな事聞かれても私はミーリスっていう人じゃないんだから
覚えてる覚えてない以前の問題だと思うのだけど…。
「私は、ミーリスではないわ。
私を家に帰して」
「タリス。ミーリスはずっとこう言っておる。
これは記憶が混乱していると言うことなのか?」
竜王は私の言葉を無視してタリス老人にそう言った。
「そうですね…。
恐らく、襲撃された際に頭を強く打ったなどで
記憶を無くされ、今まで全く別人として
生きていたのやもしれませぬ。
記憶の混乱の可能性は低いでしょう。
馬車が襲撃されてからもう3年が経ちます。
記憶の混乱ならば、もう既に記憶がハッキリしているものです。
ですが、可能性がないわけではありませぬ」
「そうか…。
どうすれば、ミーリスの記憶が戻る?」
竜王が問うとタリス老人は頷いて答えた。
「ミーリス様の思い出をお聞かせしてはどうでしょう。
それと、思い出の場所に訪れるというのもいいでしょう。
何か思い出すきっかけでもあれば思い出すやもしれませぬ」
「なるほどな」
竜王は深く何度も頷いた。
「私も記憶について書物を読んでみます。
何か分かり次第、竜王様にお伝えする所存でございますので」
「ああ、助かる。世話になるな」
「いいえ、私もミーリス様の為に何かお手伝いがしとうございますから…」
では失礼いたします、そう言ってタリス老人は部屋を出て行った。




