二人の男女、魔獣の襲来
「いやあああああぁぁぁ!!!」
森中に響き渡るぐらいの劈くような悲鳴が聞こえた。
私は咄嗟に両手で両耳を抑える。
何なのこの悲鳴は…。
面倒な事が起きそうな予感がする。
「うるさい」
大きい物が木にぶつかる音が聞こえる。
森の奥から木を薙ぎ倒しながら
何かがこちらに来ていることが分かる。
「ねぇ、フェリス。
この辺りに私の脅威になる者はいなかったのよね?」
「はい、いるとしても
僕よりも弱い動物です」
じゃあ、今ここに向かっている
牛をそのまま大きくしたような魔獣は
自分より弱い動物だと言いたいのね。
「フェリスって強いの?」
「はい、少なくともあの動物よりは強いです」
如何にも余裕ですと言いたげなフェリスの言う動物は
今にもこの湖にたどり着きそうな魔獣だ。
魔獣の中でどれだけ強いか分からないけど、
私が目の前に出れば、瞬殺されるぐらいは分かる。
森から二人の男女が出てきた。
どちらもボロボロの姿で襲われたであろうことは一目瞭然だった。
恐らくさっきの悲鳴は女の方だろう。
どうやら男の方は腕や足に怪我を追っているようだ。
その後ろから魔獣が出てきた。
とても大きな巨体をしており、
走る度に地面に深く足跡が残っている。
「フェリス、あの魔獣を何とか出来る?」
「はい」
「なら、何とかして」
折角気に入った湖があの魔獣のせいで
足跡がついて汚い。
私のお気に入りを穢すなんて…。
「はい、お嬢様。
お嬢様は、ここに。
すぐに戻ります」
フェリスは、私をその場に下ろして一礼すると、
踏み込んで魔獣に向かって駆け出した。
そして、拳を魔獣に一突き。
魔獣の体のど真ん中を突いた一突きは重い威力を発揮し、
魔獣の体は血を吹き出しながら、
吹っ飛び、新たに木を薙ぎ倒した。
「へぇー、さすが魔族。
強いのね」
フェリスは涼しい顔で倒した魔獣を引きずりながら戻ってきた。
「お嬢様、戻りました。
まさか、あんな風に飛んでいくとは思いませんでした。
これもお嬢様のご加護のお蔭なのですね」
にこやかに言うフェリスの言葉は無視するとして…
フェリスの格好はとても魔獣と戦ったとは思えないぐらい
綺麗なままだった。
「反り血を浴びてないわね」
「はい、反り血を浴びてしまえば
お嬢様を抱き上げられませんから……」
どんだけ主人思いなの?この人。
引きずられた魔獣はピクリとも動いていない。
フェリスはその魔獣をここに持って来てどうするつもりなのかしら?
まさか、持って帰るなんて言わないわよね?
そんな死体を私の家に入れるつもりじゃないわよね?
「あの……」
さっき、魔獣から追い掛けられていた男女が
男の方は女に支えられるように来た。
女の方が恐る恐るといった感じに
フェリスに話しかけてきた。
「先程は、ありがとうございました」
「いいえ、僕はお嬢様に言われたまで。
ですから、お礼ならばお嬢様に」
女は頭を下げてお礼を言う。
フェリスはこんなことを言うけど、
別に助けようと思っていた訳じゃないから。
「ありがとうございました」
今度は私に向かってお礼を言う女。
男は何も言わずにただこちらを見ているだけだった。
「なぜ俺らを助けた、人間」
「ヒルク!恩人になんてこと!」
男の名前はヒルクと言うらしい。
何で生きてるの?この男。
無茶苦茶死にかけなんだけど……。
「恩人と言ってもそいつは人間だ。
俺たちを奴隷商に売り払うつもりだろう。
それにそっちは魔族だろう。
なぜ人間に従っている」
奴隷商、確か奴隷を売る人間ね。
なんで私が人間と関わらなきゃいけないのよ。
こっちから願い下げよ。
それよりも他所から見れば私とフェリスの関係は不自然なのね…。
まあ、フェリスは有能だし、扱き使いまくるつもりだから
今のところは手放すつもりはない。
それに、この男は大事なところを間違っている。
「ヒルクと言ったわね。
あなた、ハーフエルフなのね。
そっちの女はエルフね。
私は生憎人間じゃないの」
私の言った言葉に二人は驚いていた。
が、男はすぐに表情を戻すと私を睨んだ。
「嘘をつくな!
貴様、どう見ても人間だろう!
うう……」
「ダメよ!ヒルク。
傷が痛むのでしょう?」
苦しみ体制が崩れそうになる男に
女が慌てて男を支えるが
私は気にせず男に答えた。
「いいえ、私は人の枠から外れた者よ。
人間が嫌いなの。
まあ、信じられないでしょうけど」
私だって、いきなり現れた人が
人間じゃないって言ったって信じられない。
私の自己紹介が、人の枠から外れた者、で定着し始めた。
まあ、神が言ったから嘘ではないよね?
いろいろ考えていると男の体は倒れるように崩れ落ちた。
どうやら体に力が入らなくなったようだ。
女も一緒に座り込む。
どうやら気を失っているようだった。
「ヒルク!ヒルク!」
男の頭を自分の膝に乗せ必死に呼びかけている女。
「あの!お願いします!
ここから一番近くの街を教えてください!
出来れば彼を運ぶのを手伝ってくださるとありがたいのですけど…」
この女、自分の立場分かってんの?
私は湖を荒らされたからフェリスに倒させただけで、
あなた達を助けるためじゃないんだけど……。
「何故私がそこまでしなくてはならないの?
私は今から家に帰るし、フェリスも私を家まで運ぶから無理ね。
精々その男が死なないように頑張るのね」
「そんな……!!」
私はフェリスに家に帰るように言った。
フェリスも私を抱き上げ帰ろうと踵を返している。
男は所々から血を流している。
この様子だと逃げている間にも
血を沢山流しただろう。
時間の問題なのは誰が見ても明らかだった。
女の顔は絶望に染まったのをフェリスの体越しに見た。
でも、知らない。
私がそこまで面倒を見る必要がどこにあるの?
「な、何でもします!」
それでも歩みを止めない。
何でもって言って信用できない人に
何かして貰おうとは思わない。
「お願いします!私は何でもします!
奴隷商に売っても構いません!
ただ働きでもします!
ですから、どうか彼を助けてください!」
「止まって、フェリス」
気になった。
どうして彼女がそこまでするのか。
フェリスに降ろして貰って
彼女に近づいて訊いた。
「あなたと彼の関係は何?」
彼女は震える唇から何があったのか語った。
「私と彼がいた国は人間によって滅ぼされました。
多くの同胞が死に、捕まった者は今頃人間によって
奴隷商に売り払われているでしょう。
確認してはいませんが恐らく生き残り、
奴隷商にも捕まらなかったのは私と彼の二人です。
彼はここまで私のために体を張って
守ってくれました。
こんなにボロボロになったのも私のせいなんです!
それに私にはもう彼しか残っていない……」
ポロポロと涙を流しながら語る女。
その話にもらい泣きをしているフェリス。
私のために泣いたフェリスの姿を思い出した。
「あなた、名前は?」
「レイーヌと申します」
涙を流しながら答えるレイーヌ。
いいことを思いついた。
私はニコリと悪だくみを思いついた子供のような笑みを浮かべていた。




