三の四
ごごご……ご無沙汰しておりました。
寝所へ輝宗がやって来たのは、その晩遅くだった。
「いつもそなたには苦労をかける」
来るなり輝宗は頭を下げた。
「違いますよ、我が君。わたくしは一度も苦労だと思ったことはございませんよ」
「……ほんに梵天丸のことではそなたにばかり重荷を負わせておる」
輝宗の言葉に、義は頭をふった。
「一番の重荷を背負うておるのは梵天丸本人にございましょう。お次に我が君です」
「私は梵天丸を叱咤することすらできぬ弱い男だ」
「いいえ、弱いのではございませぬ。優しいのです」
「私が優しいと言うならば、梵天丸とて優しい男だ。おそらく、痘痕の多き顔、そして右目を失ったことで家臣や民が侮られるのが嫌であったのだと思う」
「……それは気づきませんでした」
そう義が言うと、輝宗はくしゃりと笑った。
「義、そなたは強きところを拾う女子、私は甘いところを拾う男。ちょうどいいのかもしれぬな」
「わ……我が君!」
たった一言で、己の顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。言葉を惜しむことなく注ぐ強さは、輝宗にはあるのだ。
「しかし、梵天丸が執務中にいきなり入ってきて驚いたぞ。小十郎に教えを乞いたいのだそうだ」
あっさりとそれを承諾。それどころか他の家臣まで割いて梵天丸、竺丸に教育を施すとまで言い出した。
「それでは偏ってしまうからな、叔父上の伝手を頼って虎哉宗乙殿にも頼もうと思っておる」
「虎哉様にはお断りされたのでは?」
天然痘が流行る前にも一度同じことを言っていたはずだ。
「ははは。何とかなるであろう」
何とも楽観的な。そう思うが何故か「何とかなる」という輝宗の言葉はしっくり来た。
そのあとの爆弾発言にも驚くのだが。
「他にも高名な―――」
次々と名前を挙げていく輝宗に、どこにそんな金子があるのか、そう思ってしまう義だった。