三の二
訂正します。片倉小十郎景綱を景綱呼びから小十郎呼びへと変更です。
それから半年後、事態は動いた。
「東の方様」
「小十郎か。いかがした?」
喜多の異父弟であり、輝宗の小姓でもある片倉小十郎景綱が廊下から声をかけてきた。
小十郎が義に声をかけるとき、理由は二つある。一つは夫の出陣や身の回りのこと。……そしてもうひとつが、梵天丸のことだ。
「梵天丸様に刀を向けるお許しをいただきたく」
その言葉で、侍女たちにまで緊張が走った。
「理由は? それから我が君は何と仰せじゃ?」
「あのようになった理由の右目を抉り取りたいと思いました。殿は、……身体に傷をつけるは忍びないと」
それを聞いた義はこの男が梵天丸に刀を向けるという心意気を賞賛すると共に、ため息が出てしまった。忍びないという優しい輝宗を説得しろということだ。
「東の方様にかようなことは求めません。それにて梵天丸様が今より暗くなるなれば、この片倉小十郎景綱、腹を切るつもりです」
「我が君の代わりに見届けよ、そういうことか?」
「御意に」
その言葉に義はふっと笑う。
「よかろう。わたくしが見届けましょう。……消毒用の酒をすぐさま用意しなさい」
「……東の方様が見届けになることを期待して、我が実家にて神酒を用意しております」
相変わらず手際のいい男だと、義は思う。輝宗の覚えもめでたいのは、分かるというものだ。
「喜多は」
「既に梵天丸様のおそばに」
「なればすぐに行きましょう。殿に知られればそれこそ厄介じゃ」
義はすぐに立ち上がり、侍女にはここにいるよう命じた。悲鳴をあげられてはたまったものではない。
「御意に」
一瞬だけ驚いたように眉を上げていたが、すぐさま何事もなかったかのように景綱が先を歩いた。
「東の方様は、乳母と一緒に御堂へ」
途中、景綱が声をかけ一人梵天丸の部屋へと向かった。それを義は見送り、それと入れ違いに来た喜多と共に、御堂へと向かう。
「手を煩わせたの」
「それは、私の言葉にございますれば。東の方様」
すぐさま喜多が返してきた。あのあと明るく出来ないのは、己たちのせいだとすらのたまった。
それは違う。義はそう思う。あれ以降梵天丸が暗くなったのは、己が避けること、そしてあの姿を見て皆がぎょっとした顔を一瞬してしまうことが原因なのだ。
暫くして、離してくれと懇願する梵天丸を抱えあげた景綱が御堂へと来た。