二の三
三年後、子を身篭った。苦笑せざるを得ない。亀岡への祈祷はこれで何度目なのか。
「嫡子に違いない」
そう喜ぶのは勝手ではあるが、女子が産まれて来たらどれくらいこの人は落胆するのか。
「考えただけで頭が痛くなりそうだわ」
その呟きは東の館の従女の耳に入り忍び笑いの種となった。
「男児にござりますれば」
産まれてきた子供は男児、幼名を梵天丸のちの伊達藤次郎政宗である。
「女児であったらと気をもみましたが」
産まれて来たからこそ、この夫に言えるのだ。
「女児であれば、それはそれであろう。妾を持てと言われなくて済む、それだけのこと」
梵天丸を抱き輝宗が言う。家臣団からも妾腹を娶れと言われ始めていたのだと。
「婚儀を執り行ってたかが三年、それしきの事で妾腹の話が出るとは思わなくてな」
「殿、まさかと思いますが……」
「? 私にはもったいないくらいの妻がおりながら、妾腹を持てという家臣の気持ちが分からなくてな。嫡子が産まれれば少しは収まるのではないのか?」
いや、おそらく周囲との緩和の事も考えての「妾腹を」という話ではないのか? そう思ったが「私にはもったいないくらいの妻」という言葉が何よりも嬉しかった。
「お義、そなたの見た夢の事もある、私には男児以外思いつきもしなかったが」
「あの夢にございますか?」
白髪の男が夢枕に立ったあの夢だ。
「殿はほんにげんを担ぐ方ですわね」
「それを言われると私も痛いのだが、担ぐに越した事はあるまい」
何かと口では敵わない優しい夫だ。
だが、幼名だけは何とかして欲しいと思った。信心深いにもこれまた程がある。
「きっとそなたに似た聡明な子になるであろうな」
またそういう事を言う。
「乳母だが、八幡の神職に片倉という者がいる。未婚であるがその娘が喜多という名で……」
「その喜多を乳母になさると?」
また神職か。というか片倉といえば先日次男が輝宗の小姓になったばかりのはずだ。
「うむ。喜多の父親は鬼庭良直だ。良直も良き武将であるし、喜多もなかなか聡明ぞ」
「殿がそのようにおっしゃる時は全て決めていらっしゃる時と決まっております」
「これは一本取られたな」
やや子をあやす輝宗をほほえましく見ていた。
そして、翌年にもう一人男児に恵まれ順風満帆かと思われていた。
そう、あのことが起きるまでは。




