四の三
それから一年後のことだった。
それは、唐突に起こった。
「政宗様!!」
夜遅く、政宗の傍に控えていた小十郎の叫びで、屋敷中が慌ただしくなった。
寝所を共にしていた政宗を斬りつけようと、侵入したものがいたらしい。
義は思わず頭を抱えた。
新婚早々何をしているのかと。政宗はけろりとした顔で「夜の手ほどきを受けておりました」と言っていたが、愛側からしてみればたまったものではないはずだ。
「其方は女心というものを理解せいっ!」
愛が政宗と別々の部屋なのを気にしていたが、当の政宗は戦やら、稽古やらに力を入れ、会話すらおろそかにしていたという。
それが今回裏目に出た。愛に従っていた乳母が、政宗を誅し用としたのだ。「政宗が亡き者になれば、愛は三春に帰れる」そう、囁かれたらしい。
囁いたのが誰なのか、それはようとして知れなかった。
乳母を手打ちにすることで、その話は「終わったこと」とした政宗は、しばらく愛をそっとしておくことにしたようだった。
「落ち着くまで少しお待ちなさい」
「……しかし……」
憔悴しきった愛を落ち着かせるため、手玉をしつつそう語りかけた。
「あの子も直情型なよう。今回の一件で思うところもあったのであろ。手打ちにしてすぐ其方のところに通うのもおかしいと思うておるはず」
乳母一人を手打ちにすることで、愛への咎めは一切なしにした。この時点で己にも非があったと分かっているはずだ。
「問題はそれよりも、側室を取るということでは?」
いつ、その情報を仕入れたと聞きたくなることを、喜多が言い放った。
「綱元と景綱が口を揃えて言っておりましたから、間違いはないかと。殿もいい顔をなさっておいでではないようですが、愛姫様付きの者がやらかしたことゆえ強く出れなかったと伺っております」
「傷口に塩を塗り込む者がここにもいるのじゃな」
「全くです」
それを逆手に策を練ることは容易い。しかし、それは愛を傷つける。義のように強い人間ばかりではないと、散々言われた。
「お義母様、わたくしなら平気です。ご存分に」
震えた声で言い放つ愛がいじらしかった。なおさら、二人の子をこの手に抱きたいと思うほどに。
「喜多、どちらの弟を通してでもよい。今の愛の言葉を政宗に伝えよ」
「かしこまりました」
かくして、愛と政宗の不仲説は伊達家じゅうに知れ渡ることとなる。
そんな最中、政宗の初陣が決定した。
相手はあの、相馬顕胤だった。
何度も戦いあってきたとはいえ、愛のことを考えれば外してほしかったと思った。
注釈として……実際政宗の暗殺未遂があり、田村氏の内通があったと思い込んだ政宗は、愛の乳母を殺害。愛付きの侍女が死罪にされているそうです。このあと二人は不仲になったと言われています。でも、色々と? が付くような間柄でしたので、敢えて不仲に見せかけたということにしました。
衆道タグを入れたのは小十郎と政宗が寝所を共にしたと書いたからです。この後も色々出てくるかもです。