三の六
宗乙たちが米沢へ来てから、梵天丸は無理な明るさがなくなった。達観したというよりも、片目であることをよしと取ることにしたと義は捉えていた。
羨ましい、と思う。己ではできなかったことだ。
さすが宗乙、そしてその者を教師として招くために一切の妥協をしなかった輝宗。そして梵天丸を支えるためにと集められた家臣の子供たち。すべてに嫉妬してしまう己がいる。
「わたくしの視野が狭いのでしょうかね」
定期的に訪れる宗乙から、梵天丸たちの状況を聞いていた時に思わず漏らした。
「ははは。梵天丸様も竺丸様もお二人に喜んでもらおうと必死なのですがな」
「わたくしにはあの子を突き放すことしかできませんでしたもの」
「何をおっしゃる。片倉の倅を不問にするために奔走なさった方のお言葉には聞こえませぬな」
「必要だと思ってやったことです。景綱の心意気は、梵天丸によきものをもたらすと主しましたもの」
「いやはや、たったあれだけのことでそれを見越す能をお持ちの方が、視野が狭いなどと言ってはいけませぬぞ」
「高名な方にそのように評していただいて嬉しい限りですわ」
どちらともなく、笑った。
「東の方様はご存知かと思いますが、なにやらご実家がきな臭い模様」
「えぇ。兄から書状が届いておりますわ。父上のやり方がどうのとか」
いきなり何を言い出すかと思えば、最上のこと。伊達にどう関係があるというのか。
「片倉の倅から聞いた話ですがな。どうやら輝宗様も出陣なさるとか」
「は?」
さすがにその情報は知らなかった。
「岳父殿から要請が来たとか」
その言葉に眉間の皺が寄るのが分かった。宗乙としては、こちらが本当の目的だったのだろう。
「戦嫌いな東の方様としては聞いていられないお話では?」
含みを持たせるように言って、宗乙は辞した。
「……まったく」
ありがたい情報ではあったが、人伝に聞いたというのが解せない。輝宗としては義に隠しておきたかったのだろうが。
輝宗たちの情報を手に入れるため、義は「後々、梵天丸が嫁を取った時に侍女として渡せるように」という大義名分を掲げ、喜多を己の侍女とすることにした。
なにぶんにも、輝宗からつけられた侍女――こちらは輝宗の乳母だった者らしい――は輝宗に関する情報を隠すきらいがある。だったら、今の状況を逆手に別の方法をとればいいだけのことだ。
「伊達の家と最上の家のためにも、其方を通じて鬼庭、片倉の家からの情報が欲しいのです」
「かしこまりました。幸いにも弟たちは殿と若君の側近。実父とて同じこと。私で出来ることでしたら、お好きなようにお使いくださいませ」
「相変わらず其方たち姉弟は出来ておるな」
「母と二人の父のおかげにございましょう」
そして、喜多という侍女を手に入れた義が真っ先に動いたのは、父親と兄の諍いを宥めることだった。