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鬼子母神  作者: 神無 乃愛
1/25

 一


 ―――元和九年七月某日―――


 その日仙台で病に臥す保春院(ほしゅんいん)の元を一人の女性が訪ねた。

「保春院様、西館殿が」

従女の一人が保春院の耳元で囁く。それを聞き、ふと目を開ける。西館殿と呼ばれた女の名を五郎八(いろは)といい、保春院の息子、政宗の娘である。

「保春院様、具合は如何ですか?」

息子、政宗から保春院に宛てた手紙を持ってきたという。保春院は礼を言い、体を起こした。山形より移り住んで以来、高齢ということも重なり度々病に臥しているのだ。

「大丈夫じゃ。此処の所調子は大分良い」

 身体を起こしながら言う。五郎八はそのまま寝ている事を勧めたが、具合が良いからと身体を起こし孫娘を優しく見つめてきた。

「それより、ばばと呼んではくれぬか。五郎八」

 そう、保春院は一度も彼女にばばと呼ばれたことは無い。産まれる前後に保春院は山形に戻り、五郎八は京で産まれている。顔を合わせたのは此処、仙台に来てからだ。仕方の無い事だと思いつつ寂しかった。

「おばば様」

 躊躇いがちに五郎八が呼ぶ。何とも嬉しかった。ふと昔の記憶が蘇える。

「今日時間はあるかえ?あればこのばばの昔話に付きおうてはくれぬか」

「私もおばば様と話がしとうございました。喜んで」

 微笑み五郎八が答える。


かつて「奥州の鬼姫」と呼ばれ、伊達に嫁ぎ、修羅となった彼女の人生が走馬灯となって蘇える。後悔してはいけない。決めたのだ。鬼となり守ろうと。

「何処から話しようかの」

 そう言い、瞼を閉じる。


 保春院は気が付いていた。これは懺悔なのだと。誰かに話さずには黄泉路につくことすら出来ぬのだと。何とも心の弱い事、と自分で思う。孫はその事に気が付いているのだろうか。ただ話すのを待っている。ありがたい、そう思いながら五郎八を見つめた。

「おばば様がお話したい所から話してくださいませ」

 そう言い、じっと保春院の瞳を見つめていた。この子はやはりと思った。目元が政宗にそっくりだった。そう、己の信念通すが為、自分や夫、輝宗に挑む時の……。輝宗は「お義に似ていい目だ」と喜んでいたが、あの頃あの目で見られるのが嫌いだった。

 理由など明白。片目が失われたからだ。己の失態だ。だからであろう。今、五郎八に見つめられて思うは、あの子に両の目が揃っていればこの様な感じだったのだろう、それだけだ。五十を過ぎた今も息子の目はあの頃と変らない。


 あの子に両の目が揃ったままであったら何かが違っただろうか。ずっと繰り返し胸に問うてきた言葉だ。答えは、出ない。

「おばば様?」

 いぶかしんだ五郎八が問い掛けてきた。

「何でもありませんよ。そなたの目がほんに、藤次郎に似ておる。そう思うたけじゃ」

 それを聞き、五郎八はくすくすと笑い出す。先日母である愛と弟、忠宗に同じことを言われたばかりだという。

「父上も私が『男児であれば』などとおっしゃるのですよ」

 ややふてくされたような顔になる。しかし保春院は笑う。

「ばばはそなたが女子であって良かったと思うがの」 

 そうでなくば、この様に話そうなどとは思えなかっただろう。その時はどうしただろうか。おそらく話をせず、墓まで持っていったことだろう。

「藤次郎は今どちらにいるかの」

「京へ。上様のお供をしていると聞いております」

「ほう、上様のな。何とも信を得たのもじゃ」

「上様は父上を実の父のように慕っていらっしゃるようですよ」

 そう言って五郎八は笑う。

 自分が山形にいた頃には考えられなかった。あの頃は幕府を転覆させる者として兄、義光に見張りを頼ませていた幕府が。人が変れば、ここまで違うものか。


 不思議そうに己を見つめる孫を見て保春院は微笑む。なんと穏やかに最期を迎える事が出来ようとは。兄は不安なまま他界したというのに。兄に心の奥で詫びる。



「そうじゃな。話すとしようかの。このばばが米沢に嫁いだは…」

 彼女の記憶は遥か昔へ遡る。


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