お買い物に行きましょう(2)
朝市の真っ最中なのか町はなかなか賑わっていた。見失わないようシュウさんを視界に入れつつ周りを観察してみたけれど、どうやら茶髪が多いみたいだ。ラディみたいな銀髪もシュウさんみたいな緑の髪もいない。シュウさんと同じ騎士服の人の姿も見当たらなかった。時折灰色の髪の人もいたけれどそういう人はたいてい商人のようで、店先でにこやかに商品を売っていた。
そういえばあまりにじっと見ていたらシュウさんが例の乾燥させた耳っぽいものを買ってくれたんだけどあれ何に使うものなんだろう。怪しすぎて顔が引きつったよ。
こういうのを見ていると本当に異世界なんだな、と思う。わたしの知る世界じゃない。まるで理の違う世界。帰りたい。舗装された道路が、耳に馴染みのある日本語が懐かしい。……ここはわたしのいる場所じゃない。
らしくもなくセンチメンタルなわたしに気付いたのか気付かないのかシュウさんが果物屋さんらしき店の前で立ち止まった。
「****?」
「****。******?」
シュウさんの問いに答えた店主らしき茶髪のおばちゃんがにこやかにわたしに何やら緑の食べ物を差し出してくれる。
その格好じゃ目立つし黒を見られるわけにはいかないから、と強制的に着せられた深緑のビラビラしたローブの下から窺うようにシュウさんを見上げた。何を言われてるのかはサッパリだけど、「おひとついかが?」的な会話であることは分かった。シュウさんは無言で頷いて、懐から出した巾着袋からガラスみたいに透明なコインを出してその緑の食べ物を買ってくれた。
異性から奢ってもらうなんて悲しいかな、初めての経験。それがこんな色気はあってもデリカシーに欠ける男からなんて大声で泣きわめきたいけど、考えてみればわたしはこっちのお金を持っていないのだから仕方ない。ありがたく奢ってもらおう。
笑顔のおばちゃんがわたしに緑のそれと、「ミーシャウ!」と言って角ばったピンクの食べ物もくれる。おまけってことだろうか。
「うぃーにぃ」
なんとか周りのやり取りを見て覚えた感謝の言葉は自分でも分かるほどつたない。でもその発音はあたしをとても幼くみせるらしく。さっきも歩き売りをしていたあんちゃんが薬草らしき草を買ったときに包み紙に飴みたいなお菓子をくれた。食べていいものか視線でシュウさんに確認したら微妙な顔をしつつも頷いてくれたから口に入れたら、ほんわりと甘くておいしかった。
たぶん幼く見られるのはわたしのカッコもあるんだと思う。見渡す限りフード付きのコートで顔を隠した怪しげな二人組はいないけど隣にいるシュウさんはこの状態を異様だと思っていないようだし、そうやって顔を隠していること自体は珍しいことじゃないらしい。何も怪しまれることなく、しかも貸してもらったラディのローブはサイズが合っていなくてぶかぶか。袖を何回も追って裾もたくしあげても尚、手も足も辛うじて見える程度。あっちじゃ平均身長だったわたしもさすがにラディサイズのローブは大きすぎた。だけど、そのぶかぶか加減が幼さに拍車をかけたのか、みんな和やかにわたしと接してくれる。なんて優しい人たち! 剣を突き付けられないだけで優しい人認定してしまいそうな自分の対人認識に涙が出そうだ。
「なんだろ、これ」
手に持つ緑のものをしげしげ眺める。
見た目はまだ熟してない林檎。でもそれにしてはぐにぐにと柔らかい。大丈夫か、これ。腐ってたりしないよね? 全然食文化が違うとは思ってもみなかった。そうか、そうだよね。さすがにハンバーガーとかあるわけないよね。
「…………」
不審な目で眺めまわしていたからか、シュウさんが呆れた目をして手を出す。一瞬考えてからその手の上に緑のそれを乗せた。
シュウさんはそれを指先でつるりと撫でる。するとあら不思議! つるんと緑の皮が向けて中からクリーム色の実が出てきた。てろりんと丸くてツヤツヤしている。ふわん、と甘い匂いが鼻をくすぐった。
ずいと無造作にそれを突き返されて、慌てて受け取る。さっきはあんなにぐにぐにしてたのに、皮が向けたらまるでガラス玉みたいな手触り。恐る恐る口をつけたら、シャリという音と共に桃みたいな味が口の中に広がった。
「****?」
尋ねられても意味は分からない。でも流れ的に「おいしいか?」ってことだろうな、と察して笑顔で頷いた。それにシュウさんはまた微妙な、何とも言えない顔をしてわたしがまだ手に持っていたピンク色の食べ物の皮を剥いてくれた。
どうやら、この人第一印象ほど悪い人じゃないみたい。果物の皮は剥いてくれるし、奢ってくれるし、裾を踏んで転びそうになるあたしを何度も助けてくれる。いや、たしかにぐいと首の付け根を掴んで持ち上げるという荒っぽい助け方ではあるけど。
カクカクしたそれもどうやら果物らしい。パリパリと皮を剥いてるとは思えない乾いた音をたてて皮が剥け、出てきたのは
「うげぇ」
まるでカマキリの卵みたいなあぶくの塊。色は毒々しい青でどうみても食べ物じゃない。シュウさんは顔をしかめることなくそれを剥いた皮の欠片で掬ってあたしに差し出す。
「う、うぃーにぃ」
慎重にそれを受け取ってしばらくフリーズ。
食べるの? これを? だってどう見てもカマキリの卵な上に青だよ? 食べ物じゃないよね、この形状は。
わたしが躊躇っていることを感じ取ったのかシュウさんはまた皮の欠片で泡を掬って自ら食べる。
「リンミィヤ」
大丈夫だと頷くシュウさんを信じることにした。たぶん、リンミィヤっておいしいってことだ。たぶん。
恐る恐る口に含む。むちゃ、と口の中にあぶくが張り付く。うへぇ、と顔をしかめたけど……あれ? 意外とおいしいぞ? 見た目ほど恐ろしい味はしない。さくらんぼ風味のわたあめみたいな感覚。結構おいしい。
「りんみぃや!」
片言で叫んで頷いてみせるとシュウさんはやっぱり微妙な顔をして、視線を逸らした。
「******」
「う?」
なにやらぼそぼそ言ってるが、聞こえない。まあ聞こえても意味はわからないんだけど。
まあいっかと思いながらてろりんとした果物をしゃりしゃり食べる。そっとあぶくの食べ物をシュウさんに押し返したら、シュウさんが食べてくれるらしい。うん、やっぱり青いあぶくって抵抗あるよね。
「****」
そうしてしゃりしゃりとわたしが食べ終わるのを待ってから、シュウさんはすっくと立ち上がった。なんか言ってるけど、行くぞってことだろうか。
伝わっていないことは分かっているのだろう、そのまま歩き出すシュウさんに慌てて続いた。こんなとこで迷子とかシャレにならない。帰れなくなると本格的にわたしは生きていけなくなる。
スタスタ歩いて行ってしまうシュウさんの後を鳥の雛のようについて歩く。足の長さが違うことを見せつけてるとしか思えない。シュウさんの一歩はわたしの二歩半ほどの広さでついていくのもやっとだ。ひょこひょこついていくわたしをすれ違う人たちが微笑ましげな目で見守っているのは気のせいじゃないだろう。たしかにこんなちっこいのがひょこひょこついていってたら妹にも見えるよね。
そうして連れてこられたのは店先に布が並べられたお店だった。服屋さん、で合ってるのかな? 置いてあるのは茶色系の色ばかりで明るい色はない。
「********」
とん、とわたしの背中を押してシュウさんが何事か店の主人に言う。立派な髭を蓄えた服屋というより盗賊と言われた方が納得できそうな見た目の店の主人はじろりとわたしを見て頷く。
「****?」
「**。****」
また店主は頷くと、店の奥からなにやら二、三枚の布を持ってきた。どうやらこのテントは見た目より奥行きがあるらしい。ちらりと見えた店の奥には所狭しと棚が並べられその棚には丁寧に布が並べられていた。つまりあっちが倉庫ってことかな。店先にあるのはショウウィンドウ代わりってとこだろう。
「******。****」
ええっと、なんだろう、「好きなのを選べ」ってことだろうか。店主の手にあるのはグレーの布と焦げ茶の布とその茶色を少し薄くしたような色の三つだ。まさか三つ持ってけってわけではないだろうし。好きな色を選べばいいのかな。
やっぱり色は暗い。私服があまり鮮やかなわけじゃないけど、もっと明るい色はないのかな。そういえば町の人たちもみんな暗い色の服を着ていたような気がする。何か決まりがあるんだろうか。
意味を測りかねながらもグレーの布を指差した。なんとなくグレーの方がもこもこしていてあたたかそうだったからだ。今はローブを着ているからそうでもないけれど、たしか目覚めたときのラディの家の中は少し肌寒かった。ここにも四季の概念があるのかは不明だけど今は寒い時期なんだろう。日本は九月でまだ残暑が続いていたから夏用のピンクのワイシャツと学校指定のベージュのベストだったんだけど、こちらでは少し寒かった。
店主は一つ頷いてずいとその布をわたしに差し出す。思わず受け取ってしまい慌てた。え、なにこれなにこれ! 服なの、服で合ってるの!? ていうか、ほんとにわたしのなの!?
おろおろとするわたしに何の説明もなく、シュウさんは今度は透明なコインを三つ店主にわたしてまた歩き出す。まだ混乱しながらもわたしも後に続いた。
「シュウさん、シュウさん」
ちょいちょい、とシュウさんのローブを裾を引っぱる。訝しげな視線にへらりと笑って見せた。……余計に眉を寄せられた。なんだよ、どんなことしても結局眉寄せるのかよ。どうすればいいんだよ、わたしは。
「これ、なに?」
これこれ、と指差すとシュウさんは少し考える表情をしたがすぐに「レツ」と答えた。レツ、ってなに?
うん? と首を傾げて分からないアピールをすると少し道の脇に除けてわたしが手に持つ布を広げてみせた。レツ、とは服のことで間違いなさそうだった。ワンピース型のそれはとても簡素なものでただ布を縫い合わせてあるだけのようだ。たしかにもこもこしてるけど半袖だ。これ、上に着るものとかいらないの? もしかしてこのローブを毎日着て過ごすの?
聞きたいことは大量にあったが身振り手振りではどうにもならない内容なので帰って言葉が通じるようになってから聞くことにした。とりあえずシュウさんがわたしの服を買ってくれたらしいことは分かった。助かった、ずっと制服ってわけにもいかないよなと思っていたところだったんだ。
「うぃーにぃ」
ありがとう、と微笑めばできそこないみたいな笑顔を返された。この人、わたしを警戒しているっていうのもあるだろうけどもしかしたら感情表現が下手くそなだけなのかもしれない。だって、そのできそこないの困ったような笑顔は感情表現が苦手な長兄がよくする顔に似ていたから。




