できることから始めよう
中二全開。なにこれ書いたの高校生のときなので、ちょっと自分でも恥ずかしくなってきました……。
「こんなところで何をしている」
わたしの背を宥めるように撫でていたシュウさんの手が止まる。よく考えればずいぶんと恥かしい態勢だ。傍からみると抱き合う恋人同士みたいになっていないか、これ。冷静になりようやくいつもの思考を取り戻し始めたわたしが思ったのは焦りよりもなによりもまずそんなことだった。ちょっと冷静になりすぎたらしい。どうにかせねばとシュウさんを見上げると、シュウさんはそのままわたしをさりげなく自分の背に隠した。あの日と同じわたしを守ろうとする背中。
ああ、そうか。シュウさんはたしかにあのときわたしを恐れるような目で見ていたけれど、そのあと決して追い出そうとはしなかった。いつラディを殺そうとするかも分からないわたしを殺してしまおうとはしなかった。ただ何も言わず、警戒するだけに留めてくれた。それはたぶんラディの騎士としては間違ったこと。主人に危険を及ぼすものは排除しなくてはならない。それが騎士の仕事なんだから。でも。それでもシュウさんはわたしを殺そうとはしなかった。
シュウさんは、わたしを信じてくれていたのだ。
先ほどの混乱はもうなかった。そうだ、嘆いている場合じゃない。わたしがしなくちゃいけないことは、自分の力を理解し、あの日のことと向かい合い、ちゃんと罪を償うことだ。異世界から来たなんて怪しいことこの上ないわたしを信じてくれるラディを、シュウさんを裏切らないことだ。それがわたしがしなくてはならない、とても大事なこと。
「あなたこそなぜここに? 聖騎士ともあろう方が魔の森にいるとは」
「少し用があってな。しかし、ここに来たのはどうやら無駄足ではなかったようだ。第二騎士団に魔の森への魔物討伐の命が下ったとは聞いていない。それでもおまえがここにいるということは、ここに災厄の王子がいるということだろう?」
聖騎士さまの目に迷いはない。対照的にシュウさんは反論できず口を噤んだ。
これはたぶん、というか絶対ヤバい状況だ。口振りからして聖騎士さまはラディの居場所を探り当ててしまったんだろう。このまま行くとラディがお城に戻る前に神殿に身柄確保、そのまま処刑な流れになってしまう。普通に剣を帯剣しているこの世界では処刑イコール中世ヨーロッパのそれだろう。それだけは避けなくてはならない。
第一の問題としてこちらにいるのは大根役者のシュウさんだってことだ。はっきり言ってしまえば、聖騎士さまを騙せる嘘がつけるとは思えない。昨日の聖騎士さま遭遇事件のときもバレバレの嘘だったし。第二の問題としてローブ未着用のわたしは完全に黒色が見えている。まさか異世界人ですーなんて言ってこの堅物っぽい聖騎士さまに信じてもらえるとは思えない。つまりおまえ魔物か! でラディと共に処刑コースが確定する。ラディの場合はアレイウスさまがまた手を回して助けてくれる可能性はあるけど、わたしの場合はどうにもならないだろう。死ねば元の世界に帰れる、という可能性も捨てきれないけどわざわざ処刑されて試すことでもなければ、死んでそのままだったら永遠に帰ることはできなくなる。それは困る。これでも一応帰りたいとは思っているのだ。いろいろありすぎてホームシックになる時間がないだけで。……ってそんなこと今はどうでもよくて。
シュウさんがボロを出す前に、と必死で考える。
ラディがここにいないと誤魔化すことはたぶん不可能だ。シュウさんがここにいることが何よりの証拠になってしまっている。聖騎士さまは確信してしまっただろう。ということは、ラディのことから思考を逸らさせるか、ラディは災厄の王子ではないってことを証明しなくちゃいけない。でもわたしが魔物であると疑われるわけにもいかない。魔物を殺すことはできないみたいだけど一応は聖騎士さまのわけだし、魔物と一緒にいたとあっちゃ騎士であるシュウさんの立場がない。ラディの安全を確保して、シュウさんの地位も死守、そしてもちろんわたしが死ぬわけにもいかないというわけだ。
考えろ、考えるんだ。わたしはあの優しい王子さまを守らなくてはいけない。こんなわたしを信じてくれるというあの綺麗な人を。
「その呼び方はやめていただこうか」
シュウさんの背から姿を現す。慌てたようなシュウさんに気付いていたけど、わたしは視線を向けなかった。
今しなくてはいけないことは聖騎士さまを騙すことだ。そうして城へ戻ってからのラディの立場を少しでもよくする必要がある。となれば、わたしのちんけな脳みそじゃこれくらいしか思いつかなかった。
できるだけ高慢に聞こえるように、強そうに聞こえるように意識して声をはじき出す。
「……なんだおまえは。その魔力……魔王、か?」
「まさか。魔の王に一番近い存在ではあろうがな。魔物を従えようとは思ったこともない」
「ならば、」
「我はラウズ・ガリゲア・イサウ・マオセリン・ラディッシュの魔力である」
「は?」
疑問の声は聖騎士さまだけでなく、後ろにいるシュウさんからも上がった。ちょっと、ボロ出さないでよ。ちらりと視線をやれば、分かったというように頷かれる。……心配だ。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だ。彼の王子に宿っていた災厄が具現化したとでも言えば分かるか。彼の王子は今普通の人間だ」
「災厄が具現化? ……そんな話は聞いたことがないな」
ええ、そうでしょうとも。わたしだって聞いたことがないからな。ていうか、即席の嘘だからな。
とりあえずシュウさんが黙ったままでいてくれているので、わたしに任されたのだと勝手に解釈して言葉を続ける。
「ふん、おまえの無知を我のせいにするな。おまえたちは我らの力に関わることを恐れているようだからな。知らなくとも無理はない」
スラスラと考えるまでもなく言葉が出た。絶対にバレない嘘である自信はある。
魔力は穢れとされているからあまり研究が進んでいないのだと昨日聞いたばかりだ。それならちょっとくらい無理のある設定でも疑いようがないだろう。そういうことがないとは言い切れないわけだから。
イメージとしてはラディが持つ魔力が何らかの方法で別の器に入れ変えられた、でもその魔力があまりに強かったために無生物だったはずの器が人格を持ったと。……ビバ・ファンタジー。なんてったって、わたしが考えた設定だ。多少無理があるけど、まあどうにかなるさ。
それにラディのもつ災厄が形を取ったものがわたしだということにすれば少しはラディの立場もよくなるだろう。その設定でいけば、わたしの存在自体がラディと災厄が切り離された証拠になる。ラディ自身にもう災厄はないわけだから忌色を持っていても周りはそれほど忌避しないはず、って考えるのは安易すぎるかな。でもまあ、悪いようにはならないはずだ。わたしがラディに従っているフリさえすれば魔物を従える王子、すなわち災厄を克服した王子の図になる、だろうし、たぶん。そのうえ、わたしがお城についていってもなんとでも言い訳ができる。たとえば、放置しておいたらいつ暴走するか分からないとか。……この場合、なんの冗談にもならないけど。
無理矢理な設定だっていう自覚はある。魔力が具現化って。どうやったら具現化するのかさっぱりなうえに、これでラディが魔力を持っていたら問題大アリなんだけど生き物が神力と魔力を同時に有することはあり得ないとわたしの中の忌々しい力が教えてくれている。人や人に近しい者なら神力を魔物が魔力をもつわけで、人と魔物のハーフでもない限りその身に二つの力を宿すことはあり得ないらしい。
「今の主に魔力はない。つまり、彼の王子に宿っていた災厄は全て取り除かれたというわけだ。消滅するには大きすぎる力だったから、我のように形をとるしか方法がなかっただけのこと。彼の王子自体に問題はない」
「つまり、今の災厄の王子は穢れた力を持たない、ただの人ということか」
相変わらずゴテゴテとした派手な剣を腰にぶら下げた聖騎士さまにわたしはにやりと笑ってみせた。
違うんだなー、それが。
「ただの人ではない。彼の王子は次期マオセリン国王陛下だからな」
ガリゲア・イサウ・マオセリン・ラディッシュ。彼は現国王陛下の血をひく、まごうことなき王子さまなんだから。
第一章、前半戦終了です。次回、緩和を挟んで後半戦に突入です。




