表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多目的少女!  作者: 遊楽
第一章 災厄の王子
2/24

食べてもおいしくありません



 小さい頃からファンタジーが好きだった。大人しく本を読んでいるより外を駆け回っていることが多かった幼少時代だけど、お母さんが寝る前に読んでくれる夢いっぱいのおとぎ話が好きだった。幸せになるお姫さまも悪い魔女をやっつける王子さまも果てには世界滅亡を企む魔王にだって憧れた。そんなファンタジーな世界に浸かりたくて演劇部に入ったくらいだ。高校生になった今それが現実的でないことくらい分かっているけれど、やっぱりファンタジーは好きだ。


 ……好きだ、好きだけど今のこの状態はたいへん好ましくない。



 「一体何がどうしてこんなことに!?」



 足元は現代じゃ考えられないむき出しの地面、それも小石、木の根、小枝などなど足を傷付ける要素はばっちり揃っている。そこを駆けるわたし。後ろには謎の生命体A。


 蜘蛛に似た巨体に、その体の半分を占めるこれまた大きな真っ赤な穴。黄ばんだギザギザしたモノが並んだそれはどうやら口だと思われる。低い唸り声をあげつつ、鼻息荒く追いかけてくる生命体Aはその巨体に似合わず俊足。お化けとか怪談とか嫌いじゃないタチだけど、これはさすがに泣きそうだ。どうやら、わたしは今夜の晩御飯として認識されてしまったらしい。


 うわーん、パニック系とか苦手なのにっ!





 本当なら今、頃わたしはこんな命がけの鬼ごっこなう! ではなく、自宅の自室のベッドの中で惰眠を貪っているはずだった。所属する演劇部は今日オフだし、テストは一週間まえに終わったばかり。といってもたとえテスト前だって勉強する気なんてさらさらないんだけど。


 お母さんはお父さんの出張について県外。長兄、なつめは、今日は大学のゼミ仲間と飲みに行くとかで帰りが遅いし、次兄、穂高ほだかは我が家一番の美貌を駆使して合コンへ行くと言っていた。あんなパーフェクトイケメンを合コンに誘ってなにが楽しいわけ、とは幼馴染(女)談だ。それはわたしも思う。何が楽しんだろう、あんな顔だけの男と合コンなんかして。小学校にあがって二年目の弟、皐月さつきは友達の家でお泊まり会らしい。一週間前からずっと聞き続けているから間違いない。なにしろ三十分ごとに「オレお泊まり会するんだ!」と駆け寄ってくるんだから。よほど楽しみだったのか昨日は眠れないといってわたしの布団にもぐりこんできた。「和佐好きー」なんて抱きついてくるからどうしてやろうかと思った。なんて可愛い弟だろうか。是非ともこんな可愛らしいまま育ってほしいものである。


 とまあ、前置きが長くなったけど、つまり要約すると今日はるんるんらんらんなお留守番の日だった。そのうち合コンに飽きた(なんて贅沢な!)穂高が帰って来るだろうけど、それまで少なくとも二時間はわたしだけの時間なのだ。


 どうしてお留守番というだけでこんなに浮かれているのか。理由はただ一つ。


 皆さまはご存知だろうか。男兄弟ばかりの家庭に生まれたたった一人の女の苦労を。紅一点といえば聞こえはいいが、血のつながった家族の中で紅一点なんていいことは一つもない。


 まずに出張の多い父、毎回それに付き添う母という不在が多い両親のために、長兄棗が我が家の最高権力者だ。はっきり言ってぽやぽやしているお母さんよりずっと頼りになるけどそれは置いておこう。居間のふかふかソファーに座れるのは棗だし、我が家の財布を握るのも棗だ(ここが重要だ、棗の機嫌を損ねると月初めにお小遣いが貰えないという悲惨な未来が待ち受けている)。それはともかく我が家の兄弟的階層社会において上でもなく下でもないという中途半端な位置にいるわたしに財政権はまずない。第二に家事は唯一の女であるわたしの仕事だ。別に家事は女の仕事! とかいう古臭い考えに基づいているわけではなく、まだ小さい皐月はともかくとして、棗、穂高は壊滅的に家事が下手なのだ。どれくらい壊滅的かというと包丁を持てば目を覆いたくなるような悲惨な殺人(材?)現場を作りだし、掃除をすればもはや芸術の域に達するほど見事な部屋(ごみ溜めともいう)を作りだす。芸術は爆発だとはよく言ったものだ。たしかに兄たちが掃除した後の部屋は小型爆弾が爆発したんじゃないかってくらい壮絶な芸術になっている。もちろん、そんな芸術の中で生きる勇気などないので日々の家事はわたしの役割だ。


 とまあ、こんなふうに男兄弟の中の紅一点とはたいへん辛い立場だ。ほっておけば騒ぎ出す皐月を宥めすかし、隙あらば穂高の部屋にいかがわしい本を投げ込もうとする幼馴染(女)を見張り、穂高に送られてくる貢物を穂高の部屋に放り込み(ここで注意しなきゃならないのは棗宛ての貢物は棗の部屋に放り込むことだ。間違えたりしたら相手の子に失礼だからね)、穂高に送られてくるラブレターも穂高の部屋に放り込み(ここで注意しなきゃならないのは棗宛てのラブレターは以下略)、合間に家事をこなし、皐月が脱ぎ散らかした服を洗濯機にぶちこみ、「穂高くんいますか」という電話の数々に「すみません、番号違います」と返し……考えてみれば大半穂高のせいで忙しい。


 だからこそわたしは今日一日ずっと浮かれていた。そりゃもう一緒に登校した幼馴染(男)が気持ち悪がるくらいに浮かれていた。


 だというのに、帰り道。道端にキラリと光る物に視線を奪われ。百円かな、ラッキーくらいの気持ちで拾ってしまった。それが間違いだったのだ。


 いつもなら落ちているものを拾おうとするわたしを幼馴染(男)が「何でもかんでも拾うな」と止めてくれるのだが、運の悪いことにヤツは今日部活で帰りは別々だった。帰り際クラスが違うのにわざわざクラスまでやってきて「道端の雑誌には絶対に手を伸ばすな」としつこいくらいに釘を刺された。いや、だって気になるじゃんああいうのって。


 だがしかしわたしが見つけたのはいかがわしい雑誌ではなく、コインだ。それも百円に見えたのだ。これは拾わねば損だ、とわたしはそのコインを拾った。……拾ってしまった。


 銀色に輝くそれは百円でもなんでもなく、ゲームセンターのコインみたいなものだった。といっても、ゲーセンのコインみたいに安っぽい造りじゃなく精巧な彫刻が施されている。


 彫られているのはたぶんユニコーン。表面(どっちが表で裏なのかよく分からないから拾い上げたときの上面を仮に表面として)には頭に一本角の生えた獣に薔薇が巻き付いた精巧な彫刻が施してある。薔薇の巻きつくその獣は苦しみ踠くように前足を上げている。瞳の部分には赤い石が埋め込まれていた。たぶんルビーかなんかの宝石なんだろう。一般家庭の我が家に宝石なんてものは存在しないからよく分からないけれど、少なくともガラスの輝きじゃない。



 「趣味悪いなー」



 まるで拷問を受けているかのように見えるユニコーン。綺麗な銀色をしているのに、なんだか不気味だ。裏返してみるとなにか文字が一面に彫られていた。もちろん日本語ではないし、英語とも違う。例えるなら世界史の資料集で見た古代文字みたいな記号。みみずがのたうち回っているようにしか見えない。つまり解読不能なのだ。わたしはしがない一般女子高生。遺跡調査の趣味もなければ、世界史が得意なわけでもない。


 意味分からないし不気味だしいらないや、とまた元あった場所に戻そうとしたときだった。


 ――嗚呼、やっと見つけた



 「へ?」



 ぶわりと生温い風がわたしを包んだ。風のくせに淡い銀色をしたそれは、もわもわとわたしの肌を撫でる。それがくすぐったくて身を捩ろうとするのになぜか体が動かない。


 それでも恐怖を感じなかったのはわたしの頭に響く声がひどく悲しげだったから。「見つけた」と今にも泣きそうな声で、それも愛しげにそう囁いたからだ。



 ――わたくしの**。嗚呼、本当に逢えた



 風に性別があるとは思えないが、分類するならば女の人の声のようだった。甘やかで澄んだ少女の声。あまりに愛しげに囁くからおかしな錯覚を起こしそうになる。


 愛しげに風がわたしの頬を撫ぜる。非日常で不気味なはずのそれになぜ安心してしまったのか。



 ――戻ってきて、わたくしの、――――



 その言葉と共にあたしはより強い風に包まれ……



 「わお」



 気付けば暗い森の中にいた。


 辺りは土と木のにおいがむっと立ち込めている。都会じゃまず嗅ぐことのない濃厚な自然のにおい。田舎のおばあちゃんの家に行く度に裏山を駆けまわっていた幼少時代を持つわたしにとっては懐かしいにおいだ。日が沈むまで野山を駆け巡り、頼むから大人しくしていろと棗にお説教されるのが常だった。そのおばあちゃんも一昨年の暮れに亡くなったから、もうあの田舎に行くことはないんだけど。また行きたいなあ。


 と、しみじみ懐かしさに浸って、思い出す。


 ……どうしていきなり森の中に?


 わたしの数分前、というか数秒前の記憶に間違いがなければわたしは学校からの帰宅途中だったはずだ。ちゃんと舗装されたコンクリートの歩道の上、別に珍しくもない高層ビル群の中にいたはずだった。それが万が一、いや億が一記憶違いだったとしても、学校から自宅までの距離にして二キロちょっとの間に森があった記憶はない。というか、あるはずがない。我が家は東京にあるのだ。現代の日本の首都である。公園ならまだしもこんな野生味溢れるだだっ広い森があるわけがない。

いや、そんなバカな、と空を見上げて



 「は?」



 本日二度目の珍風景にわたしは固まるしかなかった。


 空には月が光を穿つ。都会じゃまず拝めない澄んだ満天の星空だ。


 この際「今まで昼間だったのにどうして月が?」とか「今時こんな満天の星空田舎でもありえなくね?」とかそんな疑問はおいておこう。おかしいのはそんなことじゃない。



 「嘘、でしょ……?」



 暗い夜空に穿たれた光は二つ。今にも落ちてきそうなくらい大きな蜜色と深紅の月だった。


 一つは、大きさ以外は馴染み深い蜜色の満月。もう一つは真っ赤に染まった細い細い三日月だった。さっきのコインのユニコーンの瞳と同じ赤色。赤い月なんて不気味なはずなのに禍々しさよりも哀愁を感じるのは今にも消えてしまいそうな三日月のせいか。なんにせよこんなモノ地球にはないことはたしかだ。夜でもその月の光は太陽の如く大地を照らしているから視界には困らない。こんな森の中で真っ暗な方が怖いのでそこはよしとする。暗闇から獣に襲われるとか絶対に嫌だ。



 「異世界トリップ、ってヤツですか」



 中学時代の一時期クラスの女子の間で流行ったファンタジーの王道。召喚されて勇者になったり花嫁になったり、斬新なのでは魔王になったりもしたはずだ。わたしもハマって数冊読んだけれど、気付けば森にいましたってパターンも珍しくなかったような気がする。


 嘘だろ、と辺りを見回すけどどう考えてもわたしの通学路じゃない。


 通学路にあるのは休日になると親子連れで賑わう公園と我が家付近で一番のデートスポットと言われるアミューズメントパーク、ナウなヤングが集うショッピングセンターだ。ちなみにナウなヤングな女子高生であるはずのわたしに、ショッピングセンターは無縁の存在だ。どうして服があんなに高いの! ただの布切れじゃん! と言ったら「それでも女子高生か」と幼馴染(男)にどつかれた。それはともかくとして、何度考えてもこんな森は存在しない。


 とりあえず地面に放り出されていたスクールバックを拾い上げる。近くにあのコインも落ちていたからついでに拾って制服のポケットへ。こうやって落ちてたものを何でも拾うからこんなことになったんだと拾い癖のある自分を恨むけど、今さらそんなことを言っても仕方ない。


 思いついてバックの中に突っ込んであったケータイを開いてみたら、真っ黒な画面がお出迎え。昨日の夜充電したはずだから、圏外になるどころか壊れてしまったらしい。そりゃそうか。いくら大手携帯会社でも異世界にまで電波は飛ばしてないだろう。



 「だいたいここで魔物が出てきて、ワケあり王子が助けてくれるってのが王道だよね」



 なんて呑気に呟いたのが悪かったのか。



 「ヴーッ」



 低い唸り声が鼓膜を震わせた。





 とまあ、ここで冒頭部分に戻るわけで。


 わたしの唯一の自慢である俊足も地面がこんなにデコボコしてたら本領を発揮できない。王道ファンタジーまっしぐらな展開にも関わらず王子の出現も期待できそうにない。つまり、自力でどうにかしなさいよってことらしい。


 ああ、神さま! わたしなにか嫌われるようなことしましたか……! 初詣のお賽銭五円にケチったのがいけなかったんですか……! なんだよ、結局世の中お金かよ!


 日本人お得意の困ったときの神さまに文句を垂れ、グルル、間近で聞こえる唸り声にこんちくしょうと思いながら諦めたかけたときだった。


 暗い森の中僅かに見える明かり。どうやら小さな小屋から漏れているものらしい。



 「助かった……!」



 わたしはさっきまで貶しまくっていた神さまに感謝した。都合がいいだなんて聞こえない。困ったときの神さまはさほど信心深くない日本人だって助けてくれるのだ。


 王子なんていらない! 命さえあれば! たとえそれが山男の家だとしたって異世界トリップ早々蜘蛛っぽい怪物に食べられてしまうよりマシだ。

迷わず扉に飛び付いたけれど押しても引いても扉はびくともしない。ならば横かと力を加えても効果なし。


 すぐ背後にいたはずの物体Aが何かに怯んだように小屋の一歩手前で躊躇っていることにも気付かず、わたしは必死だった。



 「ひーらーけー!」



 渾身の力を込めて扉を押した。



 「ぬほっ」



 あんなに開かなかったのが嘘のように簡単に扉は開き。勢い余ってわたしは奇声と共に小屋の中に転がりこんだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ