白の空間、聖なる騎士(S)
聖騎士さま視点。
そこはただ真白いだけの部屋だった。壁も床も天井も全てが白い。白い椅子に腰かける九人の老人たちもみな一様に白くて、まるでこの部屋の一部。八年前初めて入ったときから遠近感すら狂いそうなこの部屋の印象は変わらない。ただただ不気味だ。綺麗というより歪だ。神聖というよりいっそ禍々しい。
「タキハ・カミュ・セルヴァ、ただいま戻りました」
「御苦労であった。して、成果は?」
部屋の中央で頭を垂れるオレに尊大な声がかかる。<第九>、限りなく白に近い薄緑の瞳を持つ今代の神殿長だ。神殿入りすれば俗世とは関われない故に爵位は捨ててしまうが、家柄を言うなら伯爵家の出だ。たしか三男坊であったはずだ。去年最後の肉親である次兄がお亡くなりになられたが、顔色一つ変えられなかった。冷酷というより人間らしい感情を持ち合わせていない方だと思う。この人が笑うところも怒るところも、オレはこの八年間見たことがない。
「銀の災厄に関する噂は一つもありません。顔を隠して生活する少年の話も上がってはいませんでした。ですがお耳に入れたいことが一つ」
「ほう、なんじゃ? 申してみよ」
「イーザンにディーファ・マウーゼ・キリュウ・シュウラがおりました」
「ディーファ・マウーゼ……、マウーゼ伯爵家の次男坊か。青薔薇第二騎士団長の彼奴がなぜイーザンに?」
「銀の災厄絡みでないかと思われます。見知らぬ異国の少女を連れておりました」
死色で顔を隠した小さな少女。聖騎士に憧れを抱いているのか、まっすぐな視線を向けてきた。聖騎士団とは名ばかりで、できることは何もない飾りものには眩しすぎる憧れだった。魔物討伐は穢れの仕事だから聖騎士団の管轄ではないし、国の争いは俗世の出来事のためオレたちは戦争にも参加できない。聖騎士とは、ただ名誉なだけの役職なのだ。騎士としての行為などできはしない。下々の者が思うほど他の騎士団内での聖騎士団の印象は良くない。かく言うオレだって八年前、聖剣を抜くそのときまで白薔薇騎士団は腑抜け集団だと思っていた。それを知らないのであろう、少女の純粋な憧れはどこか居心地の悪いものだった。十六だと言っていたがもっと幼く見えたのはその背丈と幼く聞こえたやわらかい声のせいか。きっと顔立ちも幼いのだろうな、と想像して慌てて思考を戻した。
「異国の少女? <死神>が連れていたのか」
右端に座る<第四>訝しげな声を上げた。
<死神>。青薔薇第一騎士団前団長であり、十三年前青薔薇第二騎士団へと降格されたディーファ・マウーゼ・キリュウ・シュウラの蔑称だった。生まれながらに死色を持つ、死を引き連れた男。戦場での強さを含めて人々は<死神>と呼んだ。
同い年である奴は学院も同級でそれなりに言葉を交わしたこともあった。
奴は学院にいた頃から抜きんでて強い奴だった。稽古についた教師すら叩きのめすほどの強さ。異端を嫌う子どもはそれが気に入らなかったのか目の敵にしていたから、奴はいつでも一人でいた。顔立ちは整っているからモテないわけではなかったが積極的に人と関わろうとする奴でもなかった。マウーゼ伯爵家に初の娘が生まれてからはそれが顕著になった。どうも妹からあの色を厭われたらしい。あまりに孤立しているからきっと奴は爵位を捨て市井へ下り傭兵にでもなるのだと勝手に推測していた。あの家には優秀な長男がいたし、次男坊はすでに騎士としての才能を見込まれ学院入りせずに父親に師事していたから跡取りの心配はない。なにより色を重視する王城に上がり騎士になることは無理だろう、と。けれどなにがどうしたのやら弟子をとらないことで有名な当時の青薔薇第一騎士団長グラウスの目に止まり、一、二年ほど姿を消したかと思えばふらりと現れ、気付けば第一騎士団に配属されていた。庶民出のグラウスに次いで死色を持つシュウラが第一騎士団の団長になるという異例の連続に一時期王城騎士団内は荒れた。
「はい。少女もずいぶん懐いているようでした」
「その者が銀の災厄である可能性は?」
「ありません。あれはたしかに少女でした」
言葉が通じないためにとりあえずは町へ連れて行こうと思ったのだ。フィート・タユを身につけてはいたが保護者がいないとは限らない。あまり治安がいいとは言えない路地裏で少女が一人でうろつくのは危険だったし、迷子であったなら下手に術をかけて返すよりそのまま保護者へ引き渡す方がいいと思ったからだ。そのとき掴んだ手。あれは女の手だった。少し丸みを帯びたなめらかな手。銀の災厄が生きているとするならばもう十六になるはずだ。少なくともあれは成長期の少年の手ではなかった。
「ふむ。その少女気になるな」
「彼女に怪しい点はありませんでしたが。ナッソ公国の難民だと申しておりました」
「ナッソの? なるほど、あそこは今内乱で荒れているという話を聞くな」
「しかし何も知らぬとも限らぬ。何しろ〈死神〉の連れていた娘だ。世間知らずのご令嬢とも思えん」
「セルヴァ、その娘を見つけ次第連れて参れ。少し話を聞こうではないか。難民であるなら家もなかろう。話の内容によっては王城付きの下女にしてもよい」
「…………御意」
あんな小さな少女相手に何を恐れているのか、と鼻で笑いたくなった。この部屋から出ず、穢れには触れられず、膨大な予算ですることといったら酒を飲むことくらいのじじいどもはただの偽善者だ。女神の名の下にただ集まっただけの存在。色などというものに囚われて、穢れを異常なほどに恐れて結局何もできないのだ。その下に組織されたオレたち白薔薇騎士団と同じように。
銀の災厄のことにしてもそうだ。第二王子を魔の森に捨てるなど正気の沙汰とは思えない。別に魔色をもって生まれてきたわけではないのだ。もはや民衆の間でも迷信となりつつある忌色をもって生まれてきたというだけで何故殺すような真似をせねばならない。いや、殺すようなではないな。直接手を下していないだけで殺したのと同義だ。魔の森に何の準備もなしに近付けば命がないことくらい子どもでも分かる。その森に何の訓練もつんでいない子どもを置き去りにするなど殺したも同然。それもまだ三歳にも満たぬ子どもを、だ。まったく理解できない。王族は女神の御子だ。それがどのような色を持っていたにせよ、女神から賜った高貴な命だ。忌色を持つことより女神の御子を捨てることの方が罪は重いと何故気付かないのか。
だから銀の災厄の消息を探れと命じられ魔の森近くまで出向いていても、見つけ次第殺せと命令されていても、銀の災厄が生きていればいいと半ば願うように思うのだ。名前すら記録に残っていない悲劇の王子。ここへ戻ってきてもきっと貴族たちにいいように扱われて終わるだろう。人間の尊厳すら踏みにじられるかもしれない。それでも魔物の蠢く森で暮らすよりずっと幸せになれるはずなのだ。ずっと穏やかに生きていけるはずなのだ。父親の顔も知らず死んでいくのではあまりに憐れではないか。
「まあどちらにせよアレイウス殿下がお帰りになられた。銀の災厄が戻ってこようと災厄が王位を継ぐことなどありえぬ」
「王がなんと言おうと女神が許さぬ。災厄を玉座に据えるなど決してあってはならぬ」
「セルヴァ、なんとしてでも銀の災厄を見つけ出し殺せ。とうの昔に死んだ第二王子が生きているなどあってはならぬこと。よいな」
「……御意」
自分たちで手を下さぬだけで、じじいどもはその実ずいぶん汚れている。穢れに触れられぬとはよく言えたものだ。その手で一体どれだけの人を殺してきたのか。女神の名の下に一体どれだけの命をなかったこと《・・・・・・》にしたのか。
長い間君臨しすぎて腐りきったこの白い空間を、壊してしまいたいと今日もまた、思う。
内部崩壊をにおわせつつ。聖騎士さまはただの神殿至上主義者じゃないですよってお話でした。




