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多目的少女!  作者: 遊楽
第一章 災厄の王子
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空飛ぶ鉄の箱



 まずは服屋さんに言っていつもと同じようにサイズが合う服を何種類か出してもらい選ぶ。今日はちゃんと袖があるのを選んだ。言葉が通じないとそれを伝えることもできなかったからわたしの持ってる服は全部半袖だったのだ。まあれから二、三着服のバリエーションが増えたけどその全部が半袖ってある意味強運だと思う。めちゃくちゃ寒かった。ラディが苦笑して上に羽織るものを貸してくれたけど、それは大きいし。贅沢言ってる場合じゃないのは分かるんだけど、歩く度に上着の裾に引っ掛かって転ぶってのは問題あるよね?


 昼食と称してシュウさんはふぇるでぃとかいうサンドイッチを買ってくれた。現時点はここね。店先のベンチでフェルディをもくもくと食べている。喉が渇いたなーと思っていたらシュウさんが無言でミックスジュース的な飲み物を買ってきてくれた。パッションピンクで飲むのを躊躇う色だけど、味はさっぱりしていておいしいことは前回のお買いもので確認済みだ。


 お昼といったら毎回ふぇるでぃと何か飲み物という組み合わせで、今日のふぇるでぃは葉っぱとこんがり焼けたお肉らしきものと甘い香りを放つ果物っぽいものが挟んである。ちなみにこの前は酸っぱいオレンジ色の果物とピンク色の葉っぱに赤い甘酸っぱいタレがかかっているヤツだった。おいしかったけどファンシーな色遣いにちょっとうげえってなった。なんか奇抜な色の食材多いよね、この世界。


 ふぇるでぃは、挟むといってもサンドイッチみたいに二つのパンで挟むわけじゃなく一つのパンを折り曲げてこれでもかってくらい具を挟んである。その上具の一つ一つがぶつ切りだからものすごく食べづらい。でもどうやらこちらの世界ではこれが一般的な食事らしい。昼食といって渡されるのふぇるでぃか果物そのままだ。町行く人を観察してみたけどパンの色が違うくらいでみんな食べてるものにさして違いはなかった。とりあえず水色のパンは絶対に食べないでおこうと思うんだ。あの色は自然に出る色合いじゃなかったもの!


 ふぇるでぃを食べる度にべたべたに口元を汚すわたし。それを呆れたように見ながら持っているハンカチでわたしの口元を拭うシュウさんはもう完全にお母さんだ。もうまたぼろぼろこぼして。ほらちゃんと拭きなさい。幻聴が聞こえてくるような気さえする。ていうか、シュウさんの視線は完全にお母さんのそれだ。仕方ない子ねぇ、みたいな。


 ほら、見て。道行く人の視線が生温かいよ。たぶん甲斐甲斐しいお兄ちゃんと幼い妹みたいな構図になってるよ。その上死色を身につけてるとなれば『最近母親を亡くした哀れな兄妹で、お兄ちゃんはお母さん代わり』みたいなよくある台本が出来上がるよ。……え、なにそれ恥ずかしい。それマーサ町でもそうやって見られてたってことじゃん。そりゃ視線が生温かくもなるよね。健気なお兄ちゃんにいろいろおまけくれたりもするよね。この前なんて果物一つ買っただけなのにおばさん五つもおまけくれたもん。破格の大サービスだよ、あれ。



 「前々から言おうと思っていたんですが」



 せっせとわたしの口元を拭いながら、シュウさんが難しい顔で口を開く。ていうか、今更だけど色気満載のイケてるメンズに口元拭われて恥ずかしいとか感じないわたしもどうなんだ。だって口の周り汚れてるのは事実だし。わたしハンカチ持ってないし。拭ってくれてるのはありがたいし、いいかなーと思ってるんだけどまさかこれが幼馴染(男)のいう「女を捨てた」状態なんだろうか。



 「なんですか?」



 諸々の疑問と幼馴染(男)に感じるそこはかとない殺意をまるっと無視することにして首を傾ける。その拍子にふぇるでぃにつきそうになった髪をシュウさんが払ってくれた。ありがとう、ママ。



 「その遠慮のない態度、どうにかならないんですか」


 「はい?」



 遠慮のない態度ってなにが? 心当たりがありすぎてどれのことか分からない。ストレートに言うことも大事だけど、ストレートすぎてなにが言いたいのか分からないっていうのも考えものだね。あんまり遠まわしな言い方でも分からないんだけどさ。



 「先ほどもそうです。あまりラディッシュさまにズバズバとものをお聞きにならないでください」


 「いや、シュウさんには言われたくないですけど」



 はっきり言ってね、シュウさんの方がズバズバ言ってると思うよ。だってラディはシュウさんにとってご主人さまなわけでしょう? そのわりにはあまりに遠慮のない物言いだったと思うよ。いくら偉い騎士さまでも主人を守るのが役目なわけで主人の教育は役目じゃないんだからさ、あんまりラディに「いい加減ご自分の立場を理解してください!」って叫ぶのはどうかと思うんだ。いや、たしかに王子さまが床で寝てるのはよろしくないっていうのはわたしでも理解できるんだけど。わたしのせいじゃないよ!? ラディが女の子はベッドで寝なきゃ、とか言うからさ! わたしのせいじゃないよ!? ちゃんと毎晩抵抗した上でのベッド使用なんだからね!?


 という、わたしのもっともなツッコミと自己弁護をシュウさんは聞こえないふりでスルーして言葉を続けた。



 「あなたも気付いているでしょうが、ラディッシュさまはこの国の王子です。使いの者がくれば王城へ戻り国王になる可能性もあるお方です」


 「みたいですね」


 「本来ならあなたが関われるお方ではありません」


 「でしょうね。わたし、一般市民ですし」


 「それが分かっているのに何故あの家に居座るんです?」


 「え?」



 深緑のフードの下からシュウさんの鋭い視線が向けられた。ずいぶんマシになった気がしてたんだけど、やっぱりまだ警戒されていたらしい。騎士さまとしては身元も分からない女を王子さまの近くに置いておきたくはないよねー、やっぱり。そう簡単には警戒も解いてくれない、か。



 「わたしもラディの素直さはちょっと王子さまとしてどうかと思いますけど。ラディがわたしを信じてくれてるのはありがたいんです」



 普通「異世界からきました!」なんて言われたら問答無用で外に放り出すと思うんだけど。ラディは詳しいことをなにも聞かずわたしを保護してくれた。服も与えてくれるし、食べ物もくれる。困らないようにと知識も与えてくれている。物語によくあるご都合主義的展開は、わたしにとってはとてもありがたいことだ。



 「ラディが出ていけ、と言うならまた考えますけど。ラディがわたしを家に置いておこうと思っている間はわたし居座りますよ? シュウさんからすれば胡散臭い上に図々しい女かもしれませんけど、わたしは命がかかっているんです。迷惑にならないように、なんてラディの庇護の下を出たりしたらすぐに野垂れ死にます」



 理の違うこの世界で、たった一人投げ出されてしまったらわたしは生きていけない。連絡手段は手紙よりもっぱらケータイで、移動手段は電車か車で歩くこともあまりないという現代日本から来た普通の女子高生なのだ。言葉が通じない世界で生き残れるなんて思えない。何も知らない娘がその身一つで生きていけるほど世の中が甘いとも思っていない。



 「もし、わたしがここであなたを斬り殺すと言ったら?」



 シュウさんの手が腰の剣に伸びる。町に出るからかあの派手な剣はささっていない。実戦用の剣一本だけ。マーサ町では珍しかったその姿もイーザ町ではあまり珍しいものではない。商人らしき人がぶらさげているのも見たし、アメリカでは拳銃が護身用のようにこの国でも剣を持つことは当たり前のことなのかもしれなかった。



 「まあ、わたしは明らかに不審人物でしょうから騎士であるシュウさんがわたしを殺すのは仕方ないとは思いますけど」



 ラディに危険が及ぶと分かったらシュウさんは躊躇いなくわたしを殺すだろう。その腰の剣ですっぱりと迷うことなく。そんなことは容易に想像がつく。初対面のわたしに一瞬の間もなく剣を突き付けてきたくらいだ。シュウさんにとってラディの命より大事なものはないことくらい分かっている。この世界においてわたしの命とラディの命は決して同等ではない。生きとし生けるものみな同じ価値の命であると教えられてきたわたしには分からない感覚だけれど。



 「わたし、まだ生きていたいので殺さないでいただけると嬉しいです」

ずぞぞ、とミックスジュースを吸うわたしにシュウさんはしばらく石化した。それから少し首を傾けて、くっと笑みのようなものを零した。


 「ラディッシュさまが保護するとおっしゃた以上、わたしにあなたを殺す権利はありません。あなたがラディッシュさまに剣を向けるというなら別ですが」


 「え? いや、わたし普通の女子高生ですから。剣とか持ったことありませんよ」



 その言葉にシュウさんがすうと目を細めた気がした。まるで訝しむように。わたしの言葉の奥に潜む意味を見極めようとするかのように。いや、フードに隠れてるからよくは見えないから勘違いかもしれないんだけどさ。ただなんとなくシュウさんの纏う空気が剣呑なものに変わる。



 「……これも前々から聞こうと思っていたんですが」


 「はい」


 「あなたのいたその異世界はどのようなところだったんですか。剣も扱えない、王族への敬意も窺えない。信仰している神がないとも言っていましたね」


 「どのようなところ、ですか?」



 うーん、難しい質問だなあ。普通に生きていてここがどのようなところかなんて考えることはないし。


 よく考えて言葉を紡いだ。



 「平和なところです。マオセリンが今どういう状態なのかは知りませんけど、今までのお勉強から考えるに軍隊はあるんですよね?」


 「青薔薇第一騎士団を筆頭に第九騎士団まで存在しますね」



 どうやらこの世界、女神の人数にちなんで九という数字が神聖数字とされているらしい。騎士団も九つ、たしか神殿内の部署も九つだったはずだ。そんなに小分けにして何をしているのかさっぱり分からないんだけど、ラディに聞いても「そうだねえ、なんでだろうねえ」と微笑まれてしまったのであまり意味を求めないことにした。



 「わたしのいた国、日本っていうんですけど、日本に軍隊は存在しません。あ、自衛隊っていうのはあるんですけど他国を攻撃することはできません。あくまで防衛専門です」



 政経の授業でやった知識を総動員しているんだけど、すでにネタが尽きそうだ。もっと真面目に勉強しておくんだったなあ。暗記科目はあまり得意じゃなかったから頭に残っていないのだ。台本の台詞はすんなり入ってくるんだけど。やっぱりやる気の問題だろうか。法学部に通う棗ならきっと上手に説明できると思うんだけど。



 「軍隊がない……、どこかの国の属国なのですか?」


 「違いますよ。戦争を放棄してるんです。昔って言っても六十年ちょっとくらい前なんですけど、大きな戦争がありまして。日本は大敗したんです。それから戦争はしないことにしたんですね。ちゃんと憲法で定められています。他の国では戦争がありますから世界全体が平和ってわけではないんですけど、現代日本はとても平和なところです」



 徴兵もなかったし、なにより日常的に剣を腰に差している人はいなかった。初対面の人にいきなり剣を突き付けることも、ただ怪しいからというだけで殺意を向けられることもなかった。……ほんとに平和だったんだなあ。



 「……想像がつきませんね」


 「そうですか?」


 「この世界には十数の国がありますが、交戦権を放棄している国は一つもありません。どんな小国も島国も程度の差こそあれ軍隊をもっています」


 「わたしたちの世界でも日本は特殊ですよ」



 日本以外に戦争しないって決めてる国はないんじゃなかったかな、たしか。ほんと曖昧な知識しかないんだけど。それを考えるとこの世界のことを教えてくれているラディはすごいな、と思う。魔の森に捨てられた王子さまとはいえ帝王学とかそういうのを学んだんだろうか。



 「軍隊なしでどのように外交を? 対等な立場で交渉はできるのですか?」


 「外交、ですか。わたしは学生なので詳しいことはさっぱりなんですが」


 「かまいません。ただ興味があるだけですから」



 シュウさんに促されてまた知識を引っ張りだした。ああ、ほんとにもうちょっと真面目に勉強しておくんだった!



 「ええっと、わたしたちの国は小さな島国です。人口も一億ちょっといるくらいの小さな国で、なっそ公国よりまだ小さな国です」


 「ナッソよりですか?」


 「はい」



 地図で見たなっそ公国は島国とはいえオーストラリアを一回り大きくしたくらいの大きさはあった。あれでも小さな国だというから驚いたのをよく覚えている。この世界基準でいくと日本って人が住める大きさじゃなくね?



 「でも植民地になったことは一度もありません。小さな国ですが経済的には世界有数の国なんです。日本人というのは手先が器用な人種でして。鉱物はあまりとれませんし、小さな国なので農地もあまり広くないんですが輸入してきた原料を加工して輸出することで経済を発展させてきました」



 今度は日本史の知識をフル活用だ。ええっと、あのおじいちゃん先生はなんて言ってたかな……。すぐに話がずれていってしまうおじいちゃん先生はゆったりとしていて遅刻にもうるさくなかったから人気のある先生だったんだけど、テストで点になる授業だったかと言われればそんなことはなかった。ずれてく話はおもしろいんだけど教科書の内容にほとんど触れずに授業が終わることもしょっちゅうだったからテストの結果はなかなか悲惨なものだった。



「とりあえず日本が破産すれば世界的に影響があることはたしかだと思います」


「……すごい国なのですね、ニホンは」



 ほうとシュウさんが感心のため息を吐く。うう、こんな簡単な説明しかできなくてすみません。棗なら、もしくは進学校に通う幼馴染(女)ならもっと上手に詳しく説明できるんだけど!



 「あと、この国との違いは……ああ、王さまはいません」


 「いない?」


 「いません。天皇陛下はいますけど国の象徴ですから、政治を行うことはできません。だから、王さまへの敬意とかってあまり縁がないんですけど。天皇陛下だってテレビで見たことがある程度ですし。代わりに総理大臣っていう人が政治をまとめています。あ、詳しいことは聞かないでくださいね。わたしもよく分からないんで」


 「自分の国の政治なのに分からないのですか」



 呆れたようなシュウさんの言葉にうぐと身をひく。勉強は嫌いだったんだよー。



 「分からないですよ。わたしは一介の高校生ですし。だいたい学生なんてそんなものだと思いますけど」



 ちょっと開き直ってみると、シュウさんにも心当たりはあるのか軽く頷いていた。うん、世界が変わっても学生なんてそんなもんだよね!



 「そういえば、学生と言っていますけどあなたは貴族かなにかなのですか」


 「え? あ、違いますよ! ええっと、わたしの国では一定の年齢を満たしている子どもはみんな教育を受けないといけないんです。教育を受ける権利っていうのが憲法で決められているんです。九年間は絶対に学校に通わなくてはなりません。今は十二年間とか十六年間、学生をやっている人がほとんどですけど」


 「そんなにですか」


 「はい。ええっと、マオセリンでは貴族しか教育は受けられないんですか?」


 「教育を受けるにもお金がかかりますから。学院は建前上誰にでも開かれていますがその学費故に庶民が入学することはほとんどありえませんね。貴族の子弟がほとんどです」


 「へえ、わたしたちは九年間は無料で教育を受けられますよ」


 「無料で九年間も? ……すごいですね」


 「それが普通でしたから、違和感はないんですが……。日本は身分制度がない国なんです。他の国に比べれば貧富の差ってほど大きな差もありません。将来就く職業も自分の能力に合わせて選べますし」



 生まれたときからそうだったし、おじいちゃん先生に「昔は今のように学ぶことも贅沢だったんだねえ」と言われてもそうなんだ、くらいにしか思わなかった。何もかもが当たり前。失ってから気付くとはまさにこのことだ。日本ってほんとに恵まれた国だったんだなあ。もし元の世界に帰れるならちゃんと勉強しよう、と心に決める。……うん、決心が変わらないうちに帰れるといいな。



 「身分制度も、ないのですか」


 「はい。敬うべきは年上の人って感じですかね? 昔はあったんですけど、今はみんな平等です。差別的な観念も薄い国だと思います。色に関する決まりごとも厳しくないです。死色、でしったけ? そういう色はあるんですが、普段身に付けてはいけない色っていうのはないですね」


 「……その国は、」


 「はい?」



 それまでスラスラと質問してきていたシュウさんが躊躇うように間を開けた。戸惑いを感じさせるその間が少し不自然でわたしは首を傾げた。



 「あなたの世界では、鉄の箱が空を飛び、地を走りますか」


 「はい?」


 「そんなことありえませんよね、それならいい「いえ、それが普通ですけど」


 「……はい?」


 「鉄の箱っていうか飛行機とか車とかそういう名前なんですけど、日常的に空を飛んでいますし地を走っていますよ? わたしたちの移動手段はもっぱらそれですから。よく知ってましたね。この国にもあるんですか?」



 ラディがここにわたしを送ってくれたように(あれを送ったというのかどうかという疑問は後回しにしよう)、魔法が遠距離移動の方法なのだと思っていたけどシュウさんがそんなことを聞くってことはここにもそんな便利道具があるんだろうか。少しの期待を込めて聞くとシュウさんはゆっくりと首を振った。



 「いいえ」



 なぜか感極まったように声を震わせて。



 「いいえ、この国に動く鉄はありません」



 わたしが初めて聞く、シュウさんのとても嬉しそうな声だった。





ワケありシュウさん。



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