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多目的少女!  作者: 遊楽
第一章 災厄の王子
14/24

日頃の行いは大切です



 と意気込んだのはよかったんだけど。


 すっかり忘れてたよね、ラディがいないと言葉も通じないって事実を。さっきまでラディの神力のおかげで意思疎通できてたんだった。現在のわたしの語彙力は三歳児にも満たない。「おはよう」と「ありがとう」くらいしかバリエーションがないもん。おかげで今とても困っています。



 「シュウさんどこ」





 あれから今日のお買い物はマーサ町より少し遠いイーザン町で行こうという話になった。最近イーザン町に都の行商が来ているらしくイーザン町の方が品揃えがいいらしい。マーサ町に比べ徒歩で行くには遠いから、とラディが神力を使って瞬間移動的なことをさせてくれることになった。うん、ここまではいい。問題はここからだ。どうやら瞬間移動的神力は術をかける人の座標指定が確実で、尚且つ移動する本人がその場所を正確に思い浮かべられることが第一条件だったらしく。もっと簡単に言うと神力で移動する場合、移動先を想像することが必要だったというわけで。おなかの中身を持っていかれるような気持ち悪さの中、ラディが「あ、カズには無理だね」と呟いたのを最後に世界は暗転した。


 まあ何が言いたいのかというとイーザン町を正確に想像するなんて芸当ができなかったわたしは、よく分からない場所に落っこちた。この場合、悪いのはラディであり、わたしじゃないと思う。……だよね?


 着地に失敗して前のめりに地面をごあいさつしたせいでラディから借りた深緑のフード付きローブは砂まみれ、ついでに膝を擦りむいた。まあ、歩けないほどのものじゃないのでとりあえず放置。


 フードの砂を払ってからかぶりなおし、辺りを見回す。当然のことながら見覚えはない。こっちに来てからの行動範囲はマーサ町だけだったし、マーサ町も隅々まで知っているわけじゃないから仕方ない。人通りはなく、やけに静か。遠くの方でざわめきが聞こえるからたぶん町には近いんだろう。それがイーザン町かどうかは不明だけど。昼間だというのに薄暗く埃っぽいけど、道なき道って感じではないから一応は人の手が加えられた場所なんだろう。マーサ町と同じく砂っぽいテントもぽつりぽつりとあるけれど人の気配はない。シャッター街っぽい雰囲気もあるし、廃れた町なのかもしれない。



 「どうしようかなー」



 迷子のときはそこを動くなと言うけれど、この場合動かないとどうにもならない気がする。シュウさんがわたしの場所を把握しているとは思えないし、どうせ動こうが動かまいが迷子である状況は改善されない。


 少し考えて、とりあえずざわめきの方向へ歩いてみることにした。



 「にしても人気がないなあ」



 舗装されていない道にはまだ慣れないけれど、この違和感はそれだけじゃない気がする。だいたい昼間なのに薄暗いってどういうことさ。太陽は仕事をしていないのか、と空を見上げると灰色がかった雲がお出迎え。今日は曇りでしたか。それにしても暗いけど。


 森小屋的なラディ宅にいると外の天気が分からないのが難点だ。特殊な材木でも使っているのか外の音は完全に遮断されてしまっているし、窓の外はこれまたなんの仕掛けがあるのか晴れの青空と満点の星空を時間通り交互にしか移しださないのだ。この前買い物に行こうと外に出たら土砂降りでビビった。ものすごく不便だと思う。



 「嫌な予感がするなあ」



 これは覚えのある嫌な予感だ。それもごく最近感じた上に、見事的中した記憶がある。



 「悪の組織が出てきそうだよね、この不気味なまでの人気のなさは」



 なんて呟いたのがいけなかったのか。チャキリ、と首元に殺気を感じた。



 「……ああ、やっぱり」



 これはまさしくふぃぬら・がらしぃと遭遇したときと同じ嫌な予感だ。ついでに首元の殺気にもデジャヴが……。


 わたしってばこの短期間にほんといろんな経験をしてるなあ。こんなにいろんなことをスルーできるスキルがあるともうなにも怖くない気がするね。お母さん、わたしは立派な先端恐怖症になって帰ります! 



 「****!」



 背後から鋭く叫ばれるけど残念ながら解読不能。


 でも、睨まれてることからしてたぶんいい状況じゃないだろうなあ。いや、出会い頭に剣突きつけられてる時点でいい状況のはずないんだけど。「なにやつ!」とか「怪しいやつ!」とかそんなところだろう。


 敵意がないことを示そうと振り向かないままゆっくり手を挙げるわたしに、新たな疑問符が投げかけられる。



 「カーグ?」


 「いえ、違いますけど」



 かーぐはさっき聞いたばかりの単語だ。<裏切りの民>って意味で、……っておい。


 魔物の次は<裏切りの民>ってどういうことだ。なんで間違える対象がそんな世間一般から距離を置かれているようなものばかりなんだ。日頃の行いか? わたしが悪いのか?


 突き付けられている剣をこの際気にしないことにして後ろを振り返った。



 「……異世界にいるのはみんな美形と相場は決まっているのかなあ」



 思わず呟いてしまった。


 今のところわたし的異世界人美形ランキング第三位のお顔立ちをしていらっしゃる。まあ異世界人の知り合いは今のところ三人目なので最下位ってわけだけど。平均よりは綺麗な顔をしていらっしゃるんじゃなかろうか。ちなみに第一位はラディで第二位はシュウさんだ。


 彼の格好はシュウさんに近かった。白の騎士服に胸元には銀のユニコーンに金の薔薇が巻き付いたエンブレム。肩から腰にかけてぶら下がる紐の色は金が一筋入っている以外全て白。たしかシュウさんは青のグラデーションだったはずだから少し違う。腰には一本ごてごてした剣がささっている。若干シュウさんより豪華っぽい。ってことはシュウさんより身分が高いのかな。ちなみに実戦用の剣はわたしの首を狙ったままだ。



 「……ってあれ、金のエンブレム? 金って<祝福の子>しか身に付けられない色じゃなかったけ?」



 さっきラディが言っていた。金と青と白が聖色。その中でも金は別格で<祝福の子>しか身に付けることを許されていないとかなんとか。


 改めてランキング第三位のおにいさんを観察してみる。髪は淡い紫、瞳はそれを少し濃くしたような紫。全体的に色が薄いから身分の高い人で間違いはなさそう。まあ、髪や目の色について言及するのはやめておこう。なかなか奇抜な色だけど。目はともかくとして髪の色とかどんな色素だよ、と思うけど。ともかく金、青、白共に生まれながらに持っている様子はない。もしかしたら血が青いのかもしれないけど、そんな宇宙人みたいな血の色を見て平静を保てる気は微塵もしないので確かめるのはやめておこう。第一、剣を持っている人相手に傷を負わせる技術もなければ度胸もない。


 見る限り金を持っていないということはこの人は<祝福の子>ではない。そういえばラディはここ最近<祝福の子>は生まれていないって言っていた。つまり金を身に付けられる人はいないってことだ。でもこの人のエンブレムは金。……うーん、その辺の基準は曖昧なのかな。



 「****?」


 「違います。人間です人間」



 なにを言われてるかはわからないけど、剣先が動かないことからして不審人物である疑いは晴れていない。むしろ、わたしが人物であると認識しているかすら危うい。


 はて、人間とはなんて言うんだったか。わたしは人間です、なんて自己紹介することないと思ってたから覚えてない。



 「……あー、アイムヒューマン。おーけー?」


 「ひゅーまん?」


 「そうそう、人間。ふつーの人間ですよー」



 どうせ伝わってないんだろうけど、とにかく人間であることは伝えたい。ほんと、疑うのはいいからせめて不審者扱いにしてください。あまり物騒じゃない程度に疑ってください。



 「****?」


 「はい?なんて?」



 伝わったのか伝わってないのか、とりあえず剣先が少し逸らされ、色素の薄い美青年は眉を寄せている。うん、危険物じゃないことはわかってもらえたんだろう、たぶん。


 しかし相変わらず意味が分からない言語に黙れば、忌々しげに舌打ちされた。仕方ないじゃん、まだ勉強始めたとこなんだから!



 「****」


 「は?」



 もうわたしの返事を待つのはやめたらしい。荒々しく剣を腰におさめ、わたしの腕を掴んだ。



 「痛い、痛いっ!」



 女の子の腕を持つとは思えない力の強さだ。迷子の中会えた貴重な人だしそう簡単には逃げないって。騎士服着てるってことは騎士さまってことだろうし、ついていって危険はないだろう。うまくいけばシュウさんと連絡とってもらえるかもしれないし。魔または<裏切りの民>として処刑されなければの話だけど。



 「ちょっ、痛いって! こんなんでも女の子なんだからね! 花も恥じらうお年頃だぞ! もっと優しくしてよ!」


 「チレ!」


 「は? 散れ?」



 いきなりなんだ。わたしは桜じゃないぞ。それともあれか、潔く命を散らせって意味か。


 意味分からんとフードの下から胡乱な眼で見上げたら、見えはしなくても何か感じ取ったのか盛大な舌打ちをくださった。失礼な奴だな。



 「チレ」


 「散れ?」


 「……******」



 どうしてだろう。意味は分からないけど完全に呆れられたことはすごく伝わってくるんだけど。ていうか、シュウさんもよくこんな感じに諦める。ラディはそれを見ながら声を殺して笑っている。隠しているつもりみたいだけど肩が震えてるからね。あれ完全に大爆笑してるよ。シュウさんが疲れきっているのを見るのがよほど楽しいらしい。ラディは普段は温厚な好青年なのにシュウさんに対しては小悪魔だ。


 無言のまま連れてこられたのはありがたいことに人通りのある場所だった。町、だと思う。マーサ町より大きいみたいだ。人も倍近くいるし、店先に並べられた商品の品数がまるで違う。



 「****」


 「はい?」


 「****」



 分からないんだって。


 これ以上呆れられるのは嫌なので大人しく首を傾げてみる。



 「フィート」


 「ふぃーと?」


 「シィ」



 ランキング第三位の彼は勝手に納得したのか頷く。そうして自分の胸を親指で指してゆっくりと発音した。



 「タキハ・カミュ・セルヴァ」


 「たきは……?」



 覚えきれない言葉の羅列に眉を寄せれば、もう一度根気よく繰り返してくれた。


 たぶん名前、なんだと思う。なんちゃらかんちゃらセルヴァさん。セルヴァって呼べばいいのかな。



 「セルヴァ?」


 「シィ」


 「セルヴァ、カズサ」



 セルヴァと同じように自分の胸を親指で指して名前を告げる。



 「カァサ?」


 「カズサ」


 「キャズシャ?」


 「あー、カズ」



 ラディと同じく発音しづらいようなので妥協。そういえばシュウさんはちゃんと「カズサ」と発音できていたな。



 「カズ」


 「そう、カズ」



 今度はちゃんと発音できたセルヴァさんに頷いてみせる。



 「イーザン」



 セルヴァさんは自己紹介を終えると、ようやくわたしに言葉が通じないことが分かったのか身ぶり手ぶりで意思疎通をはかってくれた。



 「いーざん?」


 「メラ」



 ゆっくり発音して地面を指す。



 「イーザン」


 「いーざん!」



 ここはイーザン町ってことじゃないだろうか! なんだ近場にいたんだね! よかった、よかった。国境越えてたらどうしようもなかったもんなあ。



 「セルヴァ、シュウ」


 「シュウ?」



 それならシュウさんのことを聞いてみようと思ったんだけど。シュウさんの本名ってなんだったっけ? 長かったからよく覚えてないんだよなあ。



 「あー、シュウヤ? 違うな、シュウタ? これも違うなあ、……シュウラ? ああ、シュウラ!」



 なんちゃらかんちゃらシュウラだったはず!


 シュウラ、シュウラと連呼するわたしにセルヴァさんは眉を寄せた。



 「シュウラ、……********?」



 なにやら長い単語が出てきた。シュウラしか聞き取れなかった。よく分からないけどシュウさんってそんな長ったらしい名前だったっけ? そう言われてみればそんな気もするけど。



 「カズ、シュウラ、イーザン?」


 「あーっと、」



 たった三つの単語の羅列からできるだけ意味を推測してみる。


 カズ、これはわたしの名前。シュウラ、はシュウさんのこと。イーザンはこの場所のこと。えぇっと、つまり、シュウさんがここにいるのか、ってことかな。そういえば、今日はいつもと同じようにラディのぶかぶかローブ姿だ。ここでもマーサ町にいたときみたいに小さく見られてるとしたら、シュウさんとはぐれちゃった幼児に見えてる、のかもしれない。そして、この人はシュウさんを探そうとしてくれてると。おお、これ正解じゃない?



 「シュウラ、イーザン!」



 うん、と大きく頷いてみせる。


 そうだよ、シュウさんと一緒にイーザンに来てるんだよ、知り合いなら連絡とってください、と訴えるわたしになにやら難しい顔でセルヴァさんが口を開いたときだった。



 「タキハ・カミュ・セルヴァ!」


 「シュウさん!」



 噂をすればなんとやら。通りの向こうのほうからこちらへ駆け寄って来たのはシュウさんだった。いいね、こういうご都合主義的展開。これで実は悪者だったセルヴァさんに騙されて売り飛ばされるとか最悪展開だし。都合良くお話が進むってとっても素敵だ。



 「カズサ?」


 「カズサです!」



 わたしを上から下までまじまじと見てシュウさんははあと息を吐く。なんだかとても疲れたような溜息だった。


 呆れてる? いやでもわたしのせいじゃないよね。それもこれも全部ラディの不注意のせいだよね!



 「シュウさん、うぃーにぃ」



 呆れられているとしてもお礼は大事。きっと探してくれたんだろうし。それがたとえ不審人物が目の届かないところにいるのは危険だという理由であったにせよ。


 わたしのお礼の言葉にシュウさんは微妙な顔つきになって目を泳がせる。


 この前から思ってたんだけど、どうしてシュウさんってお礼を言われる度に微妙な顔するんだろう。ちょっと困ったような、戸惑ったような顔。「うぃーにぃ」がありがとうって意味じゃないとか? いや、でもラディに「勉強教えてくれてありがとう」って頭下げたときは驚かれはしたけど微妙な顔はされなかったしな。驚かれたのはマオセリンでは頭を下げてお礼を言う習慣がないからだ。頭を下げるのは自分が臣下であることを示すことだから目上の人に対してならいざ知らず、対等な相手や臣下には普通頭を下げないんだとか。ラディは王子さまなんだし、むしろ率先して下げるべきだと思うんだけど「え? 友達でしょう?」なんてサラリと言われちゃったら「うん、友達だね!」って答えるしかないよね。決してわたしの意志が弱いとかそういうんじゃないから。ないったらないんだから。


 それはともかくラディは何も言っていなかったし「うぃーにぃ」がありがとうであることに間違いはない。ならどうしてそんな戸惑いを前面に押し出したような顔をするんだろう。


 うーん、と考え込むわたしの頭上ではわたしの存在を気にする風もなく会話が交わされている。



 「****?」


 「******」



 結論から言うと何を言っているやらさっぱり分からない。でもセルヴァさんはあまりシュウさんのことをよく思っていないらしいことは伝わってきた。言葉の端々からこう嫌悪感が出てる、気がする。


 シュウさんって冷静キャラに見えて思ったことはすぐ口に出しちゃう猪タイプだから職場の人間関係はぎくしゃくしてるんだろうな、とは思っていたけどここまで予想通りだといっそ憐れだ。シュウさんずばずば言うもんなあ。言ってることはたしかに正論なんだけど、せめてオブラートに包んで言ってほしいものだ。ぎくしゃくした職場で働くなんてわたしだったら嫌だけどなあ。



 「******?」


 「**。****」


 「**」



 それまでまるでわたしに関係なさそうな会話(内容は分からないけどそんな雰囲気)だったのにいきなりセルヴァさんがわたしの頭を掴んだ。触れたとかそういうレベルじゃなく、引っ掴んだ。ぐわし、と。



 「痛い、痛いって! あんたさっきからなんなの! 力加減を知らないわけ!?」


 「チレ」


 「だから意味分かんないって、……あ」



 額に手を当て訳の分からない呪文を唱えだすセルヴァさん。これはもしやラディと同じアレだろうか。記憶を書き換える気持ち悪さに眉を寄せる。



 「はじめまして、異国のお嬢さん」



 そうして皮肉っぽい口調で浴びせられたのは心のこもらない初対面の挨拶だった。




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