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多目的少女!  作者: 遊楽
第一章 災厄の王子
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選ぶ未来と少女の行く末(R)


ラディ視点です。






 ふつりと糸が切れたようにベッドに倒れこんだカズを見つめる。


 『愛してる』と彼女は言った。まるで絞り出すように苦しげに。何度も、何度も。あれは愛の告白というより懺悔に近かった。黒い瞳が泣いていたのだ。涙で瞳を潤ませて、吸い込まれそうなほど澄んだ瞳が悲しみを湛え揺れていた。『愛してる』と囁きながらその感情を悔いているようにも見えた。



 「大丈夫ですか、ラディッシュさま」



 剣を鞘におさめオレの首元に目をやるシュウラに頷いてみせる。



 「オレは大丈夫。それよりカズが……」


 「何者なんです、この娘」



 シュウラの冷たい視線がカズに向いた。用心深すぎるほど用心深いシュウラはまだこの少女を疑っているらしい。



 「……シュウラ、あの日何があったの」



 カズが眠り続けてもう三日になる。今のあれは目覚めたうちに入らないだろう。ひどく魔力が不安定だったから、制御しきれなかったんだと思う。神力が強い幼子にはよくあることだ。力を制御しきれず、我をなくす。魔力にも違いはない。カズは力が強い分その暴走も大きかったんだろう。


 三日前、シュウラは血まみれのカズを抱きかかえて帰って来た。色を隠すために貸していたオレのローブがどす黒く染まり、そこにいるだけで吐き気を催すほどの血のにおいをさせていた。最初魔物に襲われたのだと思ったのだ。この森は魔物の巣窟だ。襲われることだって頻繁にある。魔物に襲われシュウラが切り殺し、それにショックを受けたカズが気絶したのだと。けれどシュウラにはほとんど血がついていなかった。カズを抱きかかえたときについた程度の量だ。汚れているのはカズだけ。その上、カズに傷はなくそれが返り血であることは明白だった。



 「カズは誰を殺した《・・・》の」



 それはつまりカズが誰か――もしくはナニか――を殺したということだ。


 カズのことをよく知っているわけじゃない。知っているのは名前と〈来訪者〉であることくらいだ。まだ出会って四日しか経っていない。それでも彼女に人が殺せるとは思えなかった。


 彼女はとても奇麗だった。水仕事をしていたのか手は少しかさついていたけれど、記憶に残る城の下女の方がもっとかさついた手をしていたし、肩のあたりで切りそろえられた髪は農耕で生計を立てる農民たちとは比べようもないほど手入れがされているようだった。きっと裕福な家の子だったんだろう。なんの苦労も知らず疑いもなく、明日を待てるような。慈しみ、愛され生きてきたんだろう。オレに剣を向けられたときも、シュウラに剣を向けられたときも息を止め、顔を青くさせて怯えていた。死の恐怖にすら触れたことがないのだと容易に想像がついた。だからこそ警戒を解いた。縛られる恐れのある真名も教えた。彼女に悪意がないことが分かったから。


 人に愛され、人を愛して生きてきた異界の少女。そんな子が人を殺せるとはどうしても思えないのだ。



 「……あのときの娘は明らかに異常でした。たしかにこの娘に人殺しは無理でしょう。育ちの良さが滲みでています。人を恨んだこともないのでしょう。憎しみという感情があることすら知らないようなお人よしの娘。その認識は間違っていないと思います。しかし、」



 シュウラは今度は戸惑いの目をカズに向けた。さっきまでオレの首に手をかけていたとは思えぬほど安らかな寝顔にシュウラは戸惑いを深める。



 「…………カズは人を殺したんだね?」


 「…………、……はい」



 躊躇うように視線を彷徨わせて、けれどシュウラははっきり頷いた。



 「あの日、帰り道で神人かみびとに襲われました。フィヌラ・ガーレンの使い魔を連れていました」


 「使い魔を連れた神人? 第九神殿の第二部署か? 神殿にとってここは〈穢れの地〉だろう? どうしてこんなところにわざわざ……、ああオレが狙いか」



 白を聖色とする神殿は黒を持つ魔物を穢れとし、魔物の生息地付近には絶対に近づかない。どうしても近付く必要のあるときは聖水で目を清め、瘴気を払う魔除けの石を身に付け、神力で自らの魂とその地の瘴気が触れ合わぬよう結界を張る。魔物退治のために編成された青薔薇第二騎士団すら蛮人と蔑み忌避するほど徹底した潔癖主義なのだ。そんな彼らがわざわざ面倒な手間をかけてまでいて〈穢れの地〉に足を向ける理由など一つしか考えられない。


 第一王子の突然の崩御、王弟であるアレイウスさまに次期王権が移ることは間違いないだろう。シュウラの話を聞く限りアレイウスさまを推す者は多い。もちろん神殿もアレイウスさま側についているだろう。そうなれば大半の貴族がアレイウスさま派に移る。


 おぼろげに覚えているアレイウスさまはいつも穏やかに微笑んでいたように思う。現王ナビュレーさまの即位に荒波が立ったという話は聞いたことがないから、きっとアレイウスさまはうまく兄をたてたのだろう。我を押し通すのではなく、人をたてることのできるお人だ。たしかに王の器ではない。けれど頭が切れることもたしかだった。南で頻発する反乱を一滴も血を流さずに鎮めた。犠牲を払って治めるより、双方が納得した形で落ち着く方が長期の安定を望める。理想論のようだが、それを実践できる頭脳と能力を持った方。そういう方なのだ、アレイウスさまは。


 けれど今国内では聖戦と銘打った侵略を進めるターグルに対する危機感が高まっている。いつ戦争を仕掛けてくるか分からない緊張状態が続いている。アレイウスさまではターグルと対等に渡り合えないと考える連中も少なからずいる。血を流さず、なんて綺麗事を言っていられる状態ではない。


 そんな中で神殿はオレを連れ戻そうとする動きがあることを恐れているのだ。忌色に対する恐怖はもはや迷信に近い。たしかカディアさまには今年二つになるご子息さまがいたはずだ。そのご子息さまが即位できる歳になるまでの三、四年を凌げるお飾りがほしい輩は大量にいるのだろう。そしてできればお飾りは動かしやすい人形である方がいい。へたに頭がいいと反抗するおそれがある。ならば自分たちに逆らえぬような立場の王子を国王に祭り上げればいい。



 「ラディッシュさまが生きていらっしゃることを神殿は勘付いております。神殿はラディッシュさまが城にお戻りになることを危惧しているようです。色が云々というより、自らの保身のためでしょう。第二王子殿下を亡き者にしようとしたなど国民に知られては信用問題に関わりますから」


 「だろうね。……それでそのレ・カーンは?」



 その問いにいつも無表情を崩さないシュウラが顔を歪めた。



 「……わたしですら戦慄を覚えるほど冷酷で残酷でした。腕を切り落とし神力の根源を断ち、使い魔を強制的に開放。怒り狂った使い魔が肉を裂き、骨を砕き、内臓を引きずり出しました。…………それを娘は、」



 そこで言葉を切った。吐き気を呑む込むかのようにゆっくりと息を吸い、目を閉じた。



 「……それをこの娘は笑って見ていたのです。飛び散る脳漿≪のうしょう≫や原形を留めていない内臓、噴き出る血を一身に浴びながらそれは楽しそうに」



 シュウラは細く息を吐き出す。青薔薇第二騎士団団長であるシュウラですら残酷だったというのだ。よほどひどい有様だったのだろう。


 先ほどのカズの様子を思い出す。


 躊躇いなくオレの首に伸ばされた手。明白な殺意をもって伸ばされたそれを避けなかったのではない。避けられなかったのだ。オレだって自分の身を守る程度の護身術は身に付けている。急所である首に伸ばされた手は、少し後ろにさがるだけで避けられたはずだ。しかし、それができなかった。あまりに素早く隙のない動きに対応できなかった。


 神力はこの世界に生きる者全てが持つ力だ。命の根源とも言える。心臓とは違い腕に息づくその力は腕を切り落とせば体に回らなくなり、やがて死ぬ。現在この国では禁止されている拷問方法だ。言葉も喋れないカズがそれを知っていたとは思えない。恐らくは本能なのだろう。やすやすと殺すのではなくいたぶって殺す、その方法を本能が知っている。


 カズに目を向けた。今までよりずいぶん顔色がよくなった。さっきの暴走で魔力が安定してきているのだろう。時々苦しげに呻きはするが今までよりずっと穏やかだ。


 この少女が。おそらく人の死に触れたこともないであろうこの少女が躊躇いなく人を殺した。「ラディ」と怯えることなくオレを呼んでくれるこの子が。信じがたい。けれど……。



 「この娘は危険です。どれだけ人畜無害な顔をしていてもそれは仮面でしかない。その下には獰猛な肉食獣が潜んでいます」


 「だから殺すって? 殺せるの、シュウラ? この子を躊躇いもなく殺せる?」



 それでもこの子は普通の少女なのだ。異界から迷い込んだお客人。殺意を感じたこともないような幸せな子。


 オレを見て笑った、その顔は偽りではない。「ラディ」と呼んでくれる彼女の真っ直ぐな視線は偽りではない。どんなに獰猛な獣が潜んでいようと彼女は普通の少女だ。


 ぐ、と言葉に詰まるシュウラもそう思っているのだろう。あくまでオレの身の安全を第一に考えるシュウラに苦笑がこぼれた。


 ……オレに、そこまでする義理などこの男にはないというのに。



 「……カズは保護するよ。シュウラ、おまえがなんと言おうとね」


 「ですがラディッシュさま! 先ほどのように暴走することがあったらどうなさるのです!? 恥ずかしながら、わたしにあの状態の娘を止められる自信はありません。不可能です。格がまるで違う」


 「暴走しなければいいんだろう?」



 三日前に帰ってきて、安定しないカズの魔力を感じたときから心は決まっていた。



 「シュウラ、使いが来次第オレは城に上がるよ」


 「ラディッシュさま……、」



 シュウラが気遣わしげに眉を寄せる。国王になることが得策でないことくらいオレにも分かっている。けれどそれしか方法はない。



 「国王にでもお飾りにでもなんだってなってやるさ。その代わりカズも連れて行く」


 「この娘も、ですか?」


 「そうだ。トュトスさまなら何か分かるかもしれないし、どちらにせよ城でないとちゃんとした力の扱い方は学べない」



 力の不安定による暴走は力を有する者にも多少なりとも影響を与える。今のカズの状態がそうだ。極限まで高まり暴走した後はバランスを保つかのように力は微弱になる。神力も魔力も生き物の命の根源であることに違いはない。魔力が微弱になればその分体も弱るのだ。扱い方を学ばねば危険だ。制御しきれず暴走する度に破壊し殺すのでは、傷つくのはカズだ。彼女をこれ以上死に触れさせてはいけない。

会ってたった四日。何を愚かな、と自分でも思う。そこまでこの少女にする必要がないと理解してもいる。けれど、見捨てることなどできなかった。……初めてだったのだ。なんの思惑もなく、なんのしがらみもなく、オレのことを「ラディ」と呼び微笑んでくれた人は。



 「魔力の扱い方を教えられる者が城にいるとは思えませんが」


 「文献はあるし、使い魔もいる。少なくともここよりはずっと環境はいいよ」


 「この娘のためにお戻りになると?」


 「そうだ」



 シュウラが深くため息をついた。付き合いの長いシュウラにはオレが一度決めたらその意見を変える気がないことを分かっているのだろう。それ以上は反論せず目を閉じた。



 「傀儡となるご覚悟がある、と?」



 ズバリと言うシュウラに苦笑した。誰に対しても丁寧な物腰は崩さないシュウラだが、辛辣な言葉もズバズバ言うのだ。それが的を射ているから反論できない。きっと王城でも敵が多いのだろうな、と思う。こういうタイプは部下には慕われるけれど、同僚や上司には嫌われる。



 「分かっていて行くんだよ。帝王学をさして学んでいないオレに国王が務まるとも思えないからね。せいぜい従順な傀儡を演じてみせるさ」



 国のために働く気など毛頭ない。ただこの小さな少女のために狭い世界へ戻るのだ。自由を投げ出しだっていい。オレを見て笑ってくれたこの少女の笑顔をなくしたくなかった。




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