われもこう
「これを、貰ってください」
そう言って、年下の許婚がさしだしたのは、一輪の彼岸花。
幽霊花、死人花、など不吉な呼び名が付きまとう真っ赤な花だが、わたしは曼珠沙華と言う呼び名が気に入っていた。
「幸助くん」
「わたしの気持ちです」
そう言って、7歳年下の許婚は微笑んだ。
わたしの名は、篠塚秋穂。25歳。職業はなんだろう。世間的には画家と言われている父のマネージャーと言ったところか。
わたしに彼岸花をくれた7歳下の許婚は、峰守幸助。18歳。この4月に大学生になったばかり。
彼とわたしは、いわゆる幼なじみで、しりあったきかっけは、お互いの父親が悪友同士だったから。結婚してすぐにわたしが生まれた母と違い、峰守のおばさまは、なかなか子供に恵まれず、結婚10年にしてようやく授かったのが幸助くんだ。そのせいもあってか、峰守のご夫妻は、わたしのことをとても可愛がってくれていた。特に。母が、急な病で他界してからはいっそう。
母が死んだ時。わたしは、高校に入学直後だった。母を手伝って家事はそこそこできたが、当時、画家としての地位を確立していた父のマネジメントをどうするかで、散々、頭を悩ませたおかげで、入学直後に行われた実力テストの点数は、人生初の50点台をたたき出してしまったのも、今ではいい思い出だ。
幸いなことに、高校の先生方は、「急に母を亡くしたショックだろう」と良いほうに解釈してくれていたので、まさか「父親のマネジメントで悩んでいます」などと、可愛げのない理由で点数がとれなかったなどとは、口が裂けてもいえなかった。
なんせ父ときたらいったん芸術スイッチが入ってしまうと(それが絵であろうが彫刻であろうが)、
極端に視野が狭くなるタイプの人間だ。絵の具まみれの上下でなにやらぶつぶつ言いつつ、庭を夜中に徘徊しているのを7晩連続で見てしまった日には、正直、高校を辞めなければならないかと覚悟したものである。
そんなわたしたち父娘を救ってくれたのは、峰守のご夫婦だった。とくにおばさまは、「幸助が小学校に上がって手が離れたから」と言うとてもありがたい理由で、父のマネジメントをかってでてきてくださり、幸助くんも小学校からは自宅より我が家の方が近かったため、ランドセルを背負ったまままっすぐに我が家に帰ってきて、おじさまも会社から我が家によって、我が家で夕食を食べてから親子3人で帰宅すると言う日々を送っていた。
幸助くんが、最初にわたしに「お嫁さんになって」と言ったのは、彼が小学校に上がってすぐ。
それから毎年のように、求婚し続け、去年「結婚できる年齢になったから」と言って、高校にあがってからFXとかを初めて得た収入で買ってきた指輪を取り出されたときには、正直困り果てた。
彼のことは嫌いじゃない。むしろひとりの男性として、好ましいと思っている。だが、7歳の歳の差はとても大きい。なにせ、おしめを変えてあげた相手からの本気の求婚だ。彼のご両親に相談してみても、おじさまもおばさまも喜ぶだけ。父ときたら「オレもゲットされたからな。親父もそうだった。あきらめろ」としか言わない。
確かに、父と母の年齢も離れていたし、祖父母もそうだ。我が家は代々、年下の異性にゲットされる遺伝子でも持っているのではないのかと本気で疑ったくらい、先祖代々、いけいけどんどんな歳の離れた女性にモノされている、このパターンにわたしもはまっているようだ。
とは言っても、男女の年齢差が逆転しているため、わたしの場合、微妙にこのパターンからはずれている。
ようするに、ネックになっているのはわたしと彼の年齢だけ。周囲も祝福してくれているし、わたし自身、彼のことをひとりの男性として心から想っている。気にしているのは、わたしだけ。彼も、彼の御両親も、わたしと彼の歳の差なんて気にも留めない。でも、どうしたって、心のどこかでひっかかって仕方ないのだ。わたしと彼との歳の差が。彼には、もっと、歳の近い女の子が相応しいのはないのか。年上だとしても1歳や2歳くらいの歳の差の相手がいるのではないのか。
大学に進学して、彼の周囲には華やかな同年代の女性が増えた。その姿を見るたびに、わたしの心の何処かで7歳も年上の女なんていつか飽きて来るのではないのかという疑心暗鬼が生じている。
幸助くんを信じたいのに。
彼の気持ちが信じきれない自分が嫌だ。
そんな時に、彼からもらった一輪の彼岸花。
まだ母が元気だったころ。毎年のように秋になると、皆でお弁当を持って出かけた田舎のあぜ道には、いつだって、炎のように真っ赤なこの花が咲き乱れていた。
「『わたしの気持ちです』」
幸助くんの言葉を繰り返す。
「一体、どういう意味なんだろう」
バラなら「愛しています」とかなんだろうけれど、生憎、彼岸花の花言葉なんて、わたしは知らない。
彼からもらった彼岸花を父の作った陶器の一輪挿しに生けて、机に飾ってみる。年頃の女の部屋にしては殺風景だとよく言われるモノトーンで纏めた室内に、この花の赤はとても映えた。
「秋穂ー、居るー?」
庭先からわたしを呼ぶ友人の声に、わたしは彼女との約束があったことを思い出す。
「居るわ! あがって!!」
「はーい」
小学校からの友人である田辺美鈴は、何故か、玄関からくることはない。彼女のお気に入りの大きな椿の植わっている庭から、毎回、やってくるのだ。
「何時も言っているけど、縁側から上がってくるのは止めたら? 遠回りでしょ」
「いいじゃない。あの椿がお気に入りなんだもん」
ブーツと格闘しながら、美鈴は舌を出す。
「よし、脱げた!!」
「よくもまあ、履くのにも脱ぐのにも時間がかかる靴なんて、履いてくるわね。彼氏に逢うわけでもないのに」
毎回毎回、美鈴は変わった靴を履いて遊びに来る。我が家の縁側に座って、靴と格闘するのだ。
「いいじゃない。デートの時に、履いてみてどうなのか試しているんだから」
「意味ないと思うのだけど」
デートの予行演習のために靴を試し履きしても、我が家みたいに日本家屋なところでデートすることなんてまずないと思う。と言うか、「脱ぐ」のを前提にしているあたり、美鈴は一体彼とどんなデートをしているのだろう。
「今度さ、アイツ、つれてきてもいいかな」
「柳瀬さん? 別にいいと思うけど、なんだって幼なじみの家に彼氏を連れてくるの?」
幸助くんとばったり逢って、勘違いからもめないといいのだが。
「多聞にとって、秋穂が一番のライバルだからよ」
あのガキンチョにとって、あたしが一番のライバルのように、ね。
そう茶化していった美鈴だけど、幸助くんは確かに、昔から美鈴をライバル視していた。それは、大人になった今でも変わらない。むしろ、美鈴がわたしに男性を逢わせるたびに、彼は荒れるのだ。
「幸助くんが絶対に来ない日を選んで…」
「それって、遠まわしに逢えませんって言ってるのと同じよ」
「自分で言ってそう思った」
幸助くんは、この家に年中入り浸っているのだ。とまっていくコトだって、しょっちゅう。だから、彼が「絶対に来ない日」なんて、自然発生に期待してはいけない。
「峰守のおじさまたちも呼ぼうか。美鈴に結婚を前提にしている彼が居るって聞いて、逢いたがっていたし」
「そうすりゃ、アイツもあたしにけんか、売れないよね」
「おばさまのお説教、聴きたくないだろうし」
子供のころから、幸助くんは口が達者な子だった。年上の子や、教師たちだって、舌先三寸で丸め込むことが可能だったのに、何故か、美鈴にだけは敵わない。毎回、口げんかを売っては、コテンパンにやられるので、父や峰守のおじさまたちには、おもしろがられている。
「うわあ、何これ。彼岸花じゃない」
「幸助くんがくれたの」
わたしの言葉に、美鈴はイキナリ笑い出した。
「きっざー」
「え?」
「どーせ、あの子のことだから、自分の気持ちだとかなんだとか言って渡したんでしょ」
「よくわかったわね」
美鈴は、鼻を鳴らした。
「秋穂、彼岸花の花言葉って知ってる?」
「ううん。知らない」
「彼岸花の花言葉はね」
美鈴の言葉に、わたしは胸を押さえた。
想うは あなたひとり
美鈴が帰って、わたしは、彼からもらった彼岸花をそっと、胸に抱いた。
「幸助くん」
彼だって、悩んだはずだ。わたしにずっと、「弟」として見られていたことに。
「弟なんかじゃないわ」
7歳の歳の差はどうしたって埋まらない。でも。彼はずっと、わたしのことを想っていてくれた。だったら、今度はわたしが答える番。
わたしは庭に出て、吾亦紅を摘んだ。これが、彼にたいするわたしの心だ。
「秋穂さん」
「幸助くん」
わたしは、彼に吾亦紅を差し出した。
「これがわたしの答え。幸助くん。この花の名前、知っている?」
「吾亦紅、ですよね。それが何か…」
「吾亦紅って、『吾も亦紅なり』って書くの。でもね。『紅』の字を、別の字に変換してみて」
「『こう』を…ですか」
幸助くんは、少しの間黙り込んだ。
「『こう』と言う漢字は色々ありますが」
ゆっくりと、幸助くんはわたしの投げかけた謎かけの答えを口にした。
「うぬぼれて、いいんですか? 後悔、しませんか?」
「後悔はしないわ。幸助くんこそ、わたしでいいの?」
「秋穂さん以外、俺には必要ないんです」
「わたしもよ。曼珠沙華の花言葉のとおり、わたしが想うのはあなただけ」
「俺もそうです」
吾亦紅の花を握り締め幸助くんは、晴れ晴れと笑った。
「『吾も亦恋う』、ですよ。秋穂さん」
そう。
わたしの彼への返事を兼ねた謎かけの答えはそれ。
『吾もまた恋う』
わたしもあなたを恋うています、という、一種の言葉遊びだ。
でも。言葉遊びでも、その中に秘めた思いはわたしの真実。
わたしを抱きしめて「幸せだ」と呟く幸助くん。そのあたたかな腕の中でわたしも呟く。わたしも幸せだと。「われもまた幸なり」…と。




