激高
「蓮花の君!」
新人兵士が涙ぐみながら敬礼する。
それに頷き、倒れていた兵士たちの脈をはかる。失神してるだけだと分かると、隻(セキ)に頼んで彼らを運ぶよう指示してもらった。
さて、次は。
群衆が固唾をのんで見守る中、蓮は呆(ほう)けた表情で自分を見上げる男の前に立った。
「・・・・蓮?」
しゃがれた声がわずかに震えていた。
先ほどまでの暴れようが嘘のようにおとなしくなり、周囲が静まりかえる。
基本的に争いごとが嫌いだが、こんな騒動を起こして真面目に働いている人たちに迷惑をかけたのだからこれくらい良いはずだ。
おもいきり手を振りあげる。
「これが私の挨拶です!」
ぱんと頬を打ち鳴らした。
これで私のことなど、どうでも良いと思ってくれたらちょうどいい。
今は正妃さまとその御子をお守りするために『清佳人』を成功させなければならないのだ。他のことに気を取られている場合ではない。たとえ、本当の父親だとしても。
大事なのは中津国での平和である。
第一御子の誕生が、この国の行く末を決める。
この国の次代の王を守ることは、この私を受け入れてくれた両親や、漠円公や、李羅たちのためになる。
突如、大男の体が震えたかと思うと、雄たけびを上げて縄を引きちぎり、そう易々(やすやす)と切れるはずのない縄がまるで紙のように四散(しさん)した。
凶暴な獣の気配がゆらりと立ちのぼる。
「威勢がいいのは気に入った。 こんな軟弱な国で育って大丈夫かと危惧したもんさ」
「・・・・ご心配にはおよびません。私に用があるなら、ちゃんと手形を発行して正規の方法で会いに来ればいい!」
「俺はこの国の民じゃない。従う理由もないな。それに蓮、おまえもそうだ。おまえは本当は」
「ちょっと、おっさん」
蓮を後ろに庇い、隻がにやりと笑う。
「父親だかなんだか知らないけど、この子は大事な後宮の花なんだから、変なちょっかいは止めろよ」
「隻!!」
「・・・・後宮だと」
男の目の色が変わる。
「そう!静琵殿(セイビデン)で蓮花の君と呼び名の高い」
「おい!後宮とは、女の住処(すみか)だろ」
「そうだけど」
「王が女を抱きに来る場所だよな」
その言葉に蓮は赤くなる。
「・・・・もっと品のある言い方をしてください」
その様子になにをどう勘違いしたのか、男が憤慨して信じられない叫びをあげる。
「な、なんてことだ。蓮が、後宮で、王に愛されてるだと!?そんなことあってたまるか!すぐにでもこんな国を出る!今すぐ!すぐにだ!」
なぜそうなる~!?
蓮も隻も男の勘違いに唖然としていると、次の瞬間、隻の体が橋の欄干(らんかん)に叩きつけられていた。
そして、蓮の視界は暗転する。