嵐の前 伍
蓮は王宮から遠く離れた田舎に両親と三人で暮らしていた。
中津国民の大半は、濃淡(のうたん)の差はあれど栗色の髪、栗色の目の民族である。子は母の色を受け継ぐため、異国人(いこくじん)を妻にしない限り他の色は生まれない。
栗色の髪をした両親。
物心ついた時から、髪色から母と血の繋がりがないことを知っていたが、まさか父とも、何の繋がりもないとは知らずにいた。小さい村では、蓮の白銀の髪はとても目立ったため、噂を聞いた隣りの村人が見に来たり、同じ村人の中の大人や子供たちからも遠巻きにされていた。
まだ見られているだけだから害はないけれど、大人になったら周囲の反応はどうなるのか。
蓮が七歳になった時に、年々美しく成長していく息子を心配した両親が王都の親戚を頼ったことで漠円公と出会うこととなる。
漠円公のところへ行く前夜。家族と最後に過ごす日だからと王都の中にある宿に泊まり別れを惜しんでいると、寡黙(かもく)な父親が重い口を開いた。
「おまえは異国の旅人から預かったんだよ。彼は、砂鉄(サテツ)という名だったが、幼子のおまえを連れて村に辿りついたときには、とても疲れ果てていて、いまにも倒れてしまいそうだった。だからおまえの面倒は妻がみて、砂鉄には隣の納屋を貸して身体を休ませていたんだがな。二日後に様子を見に行ったら彼は消えていた」
「・・・・その話が本当なら、父さん達もその男みたいに置いていくの? 家族は父さんと母さんだけだよ。知らない人のところになんか行きたくない。一緒に村に帰ろうよ!」
すがりつく息子の手を両手で包み、母は首を振る。
「蓮、よく聞いてちょうだい。おまえのその容姿はとても目立つの。私たちが元気なうちは良いけれど、いつまでもおまえを守れるわけではないのよ。王都で生きる術(すべ)を学んで強くなりなさい」
「いつか本当の親が、砂鉄がおまえに会いに来るかもしれない。
そしたら言ってやれ!立派に成長したと!それから一発ぶん殴ってやればいい!」
「一発だけ?」
こてんと首を傾げる息子に、父も母も大笑いしながら抱きしめる。
「気のすむまで何発でも」
いつか迎えが来たら、恨みごとの一つや二つ言って、頬をひっぱたくだけで許してやろうと思った。
漠円公のもとで使い走り程度の簡単なことから始め、1年経ち、2年経ち、気づけば10年。すっかり『本当の父親』のことは忘れていた。
ひと月前に後宮内で自由に動き回れる官職をもらい、李羅たちと親しくなり、これから大仕事という時であった。
砂鉄という名の嵐が、やってきたのは。