嵐の前 壱
後宮へと続く回廊を歩いていくと、やがて一つの大門に行き着く。
別名赤門(セキモン)と呼ばれるこの門は、後宮と外界を繋ぐ唯一の扉である。そのため護りも固く、常時赤い甲冑姿の屈強な武官達が脇に控えている。
開門は一日に一度、その間は後宮内で何が起ころうとも扉が開かれることはない。
そのため、どのような事態にも対処出来るよう、武芸に秀でた、あるいは医療に秀でた女官らが後宮内にいる。
門に近づくと武官二人が片手に持つ棍棒を振るう。
ブゥンと空気が震え、思わず蓮の足が止まる。
昨日と同じことをやらないといけないのかなぁ。
「通行の証を」
「我らに」
棍棒を構えたままの二人に、首から下げていた通行の証を見せる。
「私は、この世で唯一の至高の存在、天帝殿下に任を拝命つかまつった蓮劉(レンリョウ)と申す。此度は後宮内において、畏れ多くも妃殿下さま方に拙い芸を披露したく参った次第。
漠円公の名の元に、開門を命ずる!」
「是」
「これより解錠を始める」
「開門!!」
低い地鳴りのような音をさせながら門が開ききると、後宮内の世界が姿を現す。
中津国最大の雅な住まい、静琵殿(セイビデン)。
視界に入りきらないほど広い庭園が後宮の入り口。中に踏み込むと、地面に敷き詰められた白い石が、しゃりと音をたてる。
庭園には優美な白い木が中央に植えられ、池を囲む見事な形をした岩の上には尾の長い雌雄の鳥が身を寄せあって羽を休めていた。人の手で作られた小さな滝からは、爽やかな匂いが沸き立つ。
何度来ても爽快な気持ちになるなぁ。まさに桃源郷とはこのことだよね。
後方の大門が閉まりきると同時に、四方から女官らが集まってきた。
「蓮さま!! お会いしたかったです!」
まだ幼い顔立ちの少女がいち早く飛びついてきた。
「李羅(リラ)、はしたない真似はおやめ!」
すぐさま年配の女官に引き離されるが、蓮が笑って許すと集まった女官八名がその場で優雅な礼をする。
全員が正妃付きの女官であり、一番気を許せるので蓮としては彼女達が出迎えてくれるのを嬉しく思っていた。日替わりで出迎えが変わるのだが、第二側妃さま方の女官はこの倍の人数で待ち構えていて、全員華美な装いと化粧をしていて怖い思いをしたことがあった。
なので、李羅のような少女を見ると本当に癒される。