プロローグ
大陸の中央に位置する中津国(ナカツコク)には、百花繚乱咲き誇る後宮が存在する。
総勢300人の後宮の住人の責任を預かるのは、わずか17歳の若い官であった。
私のことなんだけどね。
私のような男が後宮に立ち入るなんてありえないことである。
王以外の男が足を踏み入れようものなら即刻首を落とされる。それが常識。
「蓮(レン)。だいぶ板についてきたようだねぇ」
その常識をぶち壊す命を出したのが、王さえ頭が上がらないこの男。
漠円公(バクエンコウ)。
国の政治を担う3公の一人である。
彼の後ろに控えていた官達が、連に丁寧に頭を下げる。
それに礼を返すと、漠円公が面白そうな表情を浮かべていた。
「なんです」
「わしのことを無視するのはお主くらいなものよ。わしより官達に礼をとるか」
「お言葉ですが、礼に礼を返しただけです。出会いがしらに人をおちょくるような発言をなさる方は知りません!」
「おちょくりなどせんよ。若いのに落ち着きがあり凛々しくて何よりその容姿!
白銀の髪の者などこの中津国ではめったにおらぬからのぉ。思慮深げな碧色の瞳で見つめられたら堪らないと評判よ。まったく、あの後宮の化け物どももお主の前では猫を被って大人しくしておる」
「それが狙いですか?正妃殿下の御子がお生まれになられるまでの布石になれと」
声を低く落とす。
漠円公がちらりと官達に視線を向けると、彼らは一礼してその場を去っていく。
最後の一人が回廊の先を曲がり気配が消えると漠円公は困ったように笑う。
「いくらここが王宮の片隅であっても、いくらでも耳がおる。場をわきまえて発言せい」
「はい」
やはり、一時的な官職らしい。無事に一年を乗り切れば良い。
そう、思っていた。
自分自身が拉致されるまでは。