竜くんのおとうさん
今日は待ちに待った我が子が生まれる日だ。
愛する妻、ドラゴンのユリシアとオレの初めての子。
10日ほど前にユリシアが産み落としたタマゴを、今代我が子を祀ることになる南の神殿に預けていたのだが、その子が今日――満月の日に孵るのだ。
我が子の誕生を祝う人々が続々と南の神殿前の広場に集まっている。皆でごちそうを食べ、飲み、歌い、南の地を守る神竜となる我が子がお披露目される夜明けまで、ここで待つのだ。
ここはドラゴンと共生――気性の荒いドラゴンと、か弱いヒト族が互いに助け合って生きる国――ユーレリア。
その昔、ドラゴンは気性が激しすぎ、種族間で争ったあげく自然を破壊、個体数が激減してしまったという。
だが、あるときヒトと暮らしたドラゴンがいた。成長期にヒトからage(エイジ)をもらうことでやさしくおだやかになれることがわかり、ドラゴンとヒトは相利共生していくことになったのだ。
「age(エイジ)」とはヒトが老いるとともに蓄積されるものであるが、これがなぜかドラゴンにおいては精神を沈静化させる作用があるのだ。本来、自然の力を引き出し、豊饒を約束してくれるドラゴンと共に生きることにより、少しだけ長生きができるようになったヒト族。現在ではお互いに持ちつ持たれつのよい関係を築いているのである。
よって、ドラゴンの孵化では年齢を経たヒト族の男女を複数、神殿に待機させておく。そしてその中から伴侶を選ばせるのが通例である。
孵化したばかりのドラゴンには、食事と大量のage(エイジ)が必要になる。そのためその場に集まったヒト族からage(エイジ)をもらい、与えたヒト族は少しだけ若返る。
なので近隣の町や村から大勢のお年寄りや少しでも若返りたい人々が集まり、お祭り騒ぎとなるのだ。
また伴侶もその中から選ばれる。伴侶は生まれたばかりのドラゴンの「母」となり、子の成長のためにより多くのage(エイジ)を与えることになる。そのため一層若返り、これからの長い時――ドラゴンの寿命およそ1000年――を共に生きる。
神竜となるドラゴンは「生みの母」と「育ての母 =(イコール)伴侶」を持つのだ。
選ばれたヒト族の性別によって、生まれた子の雌雄もわかる。ヒト族の男性を選べば子は雌、女性を選べば雄、という具合だ。
オレも今から300年前――ヒトとして天寿を全うせんとする185歳のとき、何かに呼ばれるように訪れた東の神殿で、その地の神竜、ユリシアの「母」となり「伴侶」となった。
そして、今日。オレとユリシアの初めての子が生まれようとしているのだ。
男か女か、容姿はどうなのだろうか。ああ、ユリシアに似た女の子だといいなぁ。
人間の出産とはあまりに違うため、タマゴをみたときにはあまり感じなかったが、これから孵化するのだと思うとなんだか落ち着かなくなってくる。
「どうしたの?ケント」
今は人化し、金の髪に翡翠色の瞳をした妻、ユリシアに声をかけられ我に返る。
「生まれてくる子が、君に似た女の子だといいなぁと思ってさ」
「あら、わたしはあなたに似た紅い髪の男の子がよいわ。きっと、とってもやさしい良い子に育つわ」
お互いに顔を見合わせてほほ笑む。ああ、幸せだなぁ。願わくば、我が子にも同じように幸せになってほしいと思う。
「まあ。そろそろ夜が明けるわ。さあパパ、ちびちゃんのお迎え、お願いね」
神殿の奥、タマゴを祀った部屋へと通じる転移の間へ向かう。かの部屋は孵化の負担を減らすためのまじないがされており、ドラゴンを本来の姿に戻してしまう。ユリシアが入ると、部屋が小さすぎて壊してしまうだろう。あんなに愛らしいユリシアも、竜体のときは美しくもとても大きいのだ。
そのため、伴侶である自分――ヒト族であるケント――が我が子を迎えにいくことになっていた。
神官と騎士を従え、転移の間へとすすむ。10日前にタマゴを祀るときも同じように通った。
「お子様に会われましたら、こちらの布で目隠しをなさってからお連れください」
神官に言われ、うなずく。
広場に集まった伴侶候補に会わせる前に、この場にいるヒトと顔を合わせることがないようにするための配慮だ。ドラゴンの子も他の生き物同様、最初に見たものを「育ての母 =(イコール)伴侶」とみなしてしまうことが多いためだ。
「では行ってくる」
転移陣の上に乗り目をつぶる。神官が何やら唱えると、陣が輝きだす。目を閉じていてもわかる光量だ。一瞬、身体が浮いたかと思うと、足が床についた感覚が戻ってきた。
やっと愛しい我が子に会えるのだという喜びで目を開けたオレの目の前に空の台座が広がり、慌てる。
辺りを見回すと、我が子と思しき金色のドラゴンと、どこから入り込んだのかその子を抱え、食べ物を与えている女がいた。