第13章 虚無感に襲われた
第13章 虚無感に襲われた
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週末、麻布台にある瑠美奈の新居で食事をしていた時、伊藤は時折彼女の顔を見上げた。
「何を見ているの?」瑠美奈がその視線に気づいた。
「あなたの十五歳の頃の姿を思い出していたの。」
瑠美奈は自分の顔に触れた。「私が老けたとでも言いたいの?」
「まさか。瑠美奈はいつまでも完璧よ。」
「今日のあなた、少し変ね。」
「ごめんなさい。このところ忙しすぎたのかも。こうしてあなたや新海と一緒に食事をして、お喋りする穏やかな時間は、本当に貴重だわ。」
「そんなに無理をしないでっていつも言っているのに。あなたはなんでも自分でやりたがるんだから。」
伊藤は微笑んだ。「私は貧しい家庭で育ったから。安定した収入が何よりも優先されるの。これは遺伝子に刻まれた呪いみたいなものね。でも最近、呪いだと分かっているなら、そこから飛び出してみるべきじゃないかって考えているの。」
「遺伝子に刻まれているなら、飛び出せるわけがないわ。余計なことは考えずに、夜景を見にいらっしゃい。私はこの空中楼閣のような感覚がとても好きなの。」
伊藤は瑠美奈に続いて掃き出し窓のそばへ寄った。六十三階からの景色は視界が開けていて、心が晴れやかになる。
「桐原の屋敷は、もう売ってしまってもいいかもしれないわね。あんな宮殿のような古い建物より、私はここが好き。今は私たち三人だけだし、四百平米もあれば十分。管理も行き届いているし、家にたくさんの使用人を置かなくて済むから、雰囲気も良くなるわ。」
「でも、凛空様が退院されたら……」
「彼はもう戻ってこられないでしょう。お医者様から電話があったわ。昏睡状態に陥っていて、いつ亡くなってもおかしくないって。」
「まだ、あんなに彼を憎んでいるの?」
「当然よ。」瑠美奈は伊藤を見た。「私のことを薄情だと思う?」
「あんなに暗く残忍な経験をした人なら、誰だってこれくらい薄情になるべきよ。」
瑠美奈は彼女を軽く抱きしめ、真摯な眼差しで見つめた。「ありがとう。あの時あなたに出会えていなければ、私はもうこの世にいなかったかもしれないわ。」
彼女の目は大きく、キラキラと輝いていて、まるで純真な子供のようだった。
そんな顔をして平然と嘘をつく彼女を見て、伊藤の心はますます沈んでいった。
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その日から、伊藤は仕事の忙しさを理由に、瑠美奈と会う回数を減らしていった。週に二、三回だったのが、週に一度、そして二週間に一度へと。
時間がある時、彼女は黒田成美だった頃に行っていた場所を車で巡った。長い月日が流れ、多くの場所が様変わりしていた。彼女には過去がない。今やその思い出の地さえ失われつつあり、伊藤は得も言われぬ虚無感に襲われた。
それに加えて最近知った事実が、彼女の精神的支えを失わせ、呆然とさせる日々が続いていた。
「あら、伊藤院長じゃありませんか? こんにちは。」
その声が伊藤の虚ろな思考を遮った。彼女は慌てて気を取り直して応えた。「清原さんでしたか。こんなところでどうされたんですか?」
清原有美は、パリンプセスト・メディカル・ラボの新しい顧客だった。彼女はもともと、仕事もうまくいかず恋人もできず、両親からも疎まれていた「負け組」の三十代女性だった。しかし、数年の雌伏の末に書き上げたデビュー小説『女たちの悲観的世界』が大ヒット。注目を浴びて有名バラエティ番組に出演すると、深く毒のあるコメントスタイルで一躍人気者となった。その後、同じ番組の女性タレントの紹介でスキンケアのために来院するようになったのだ。
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「伊藤社長が、こんな庶民的なショッピングモールにもいらっしゃるんですか?」清原が大袈裟に尋ねた。
「清原さんこそ。今や売れっ子じゃないですか。」
「はは、でも出演料なんて微々たるものですよ。今、テレビ局と交渉中なんです。そうしないと、パリンプセストの会費も払えなくなっちゃう。」
伊藤はどう答えていいか分からず、「ふふっ」と笑うしかなかった。
「行きましょう。地下二階の中華料理が最高に美味しいんです。私が奢りますよ。」
伊藤は知っていた。そこは以前、彼女と青山がよく通っていた店だ。十数年経っても、あの老舗が残っているのが不思議だった。彼女は微笑んで言った。「ご一緒するのはいいですが、私に奢らせてください。」
「じゃあ、食後のコーヒーは私持ちね。」
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料理人は変わっていないようだった。味は昔のままで、伊藤は涙がこぼれないよう必死に感情を抑えた。
「どうです、美味しいでしょう?」
「……とても、美味しいです。」
「ビール、飲みます?」
「いえ、車ですから。」
「代行を呼びましょうよ。ここの紅焼獅子頭(大きな肉団子の醤油煮)を食べてビールを飲まないなんて、野暮ですよ。」
確かに、その通りだった。
「わかりました。」
「すみませーん、生二つ!」
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二人は楽しげに料理の味について語り合っていたが、不意に客の一人が清原に気づき、写真をせがんだ。彼女は快くそれに応じた。
席に戻ると、清原は少し得意げだった。「私にもこんな栄光の日が来るとはね、はは。そうだ、急に思い出しました。院長、玉城秀人をご存知ですか? 少し前に薬物で捕まった。彼もパリンプセストの顧客だったと聞きましたけど。」
伊藤は頷いた。「ええ、顧客でした。でも、あの事件以来、いらしていません。」
「私、一昨日彼に会ったんですよ。」清原は声を潜めた。「一昨日、局でスタッフと台本の打ち合わせをしていたら、彼が監督を訪ねてきたんです。古い友人らしくて。彼は監督に『一瞬でもいいから出演させてくれないか』と頼んでいました。もちろん監督は断りましたよ。薬物スキャンダルなんてそう簡単に許されませんから。彼は『嵌められたんだ』と弁解していました。地下カジノで少し遊んだのは事実だが、誰かが自分の水筒に薬物を入れたんだ、って。もちろん監督もそんな話は信じられず、もう少し待てと宥めるしかありませんでしたけどね。」
伊藤は理解を示すように頷いた。
「玉城さんはもともと落ち目でしたけど、こんなことになっては再起は難しいでしょうね。本当にもったいない。」
「そうですね……。」伊藤は玉城に良い印象を持っていたので、彼を気の毒に思った。
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数日後、清原がスキン管理のために来院した。終わった後、彼女はオフィスで伊藤と話し、今夜番組に出演すると言った。
「社長、もし夜にお時間があったら見てくださいな。今夜は今一番旬な男性アイドルをぶった斬る予定ですから。」
「やはり台本があるのですね?」
「ありますよ。枠組みはあります。でも個々の発言まで決められているわけじゃありません。現場の空気に合わせて即興でやるのが、私の真骨頂なんです。」
伊藤は彼女の自信に満ちた姿を称賛し、必ず見ると約束した。
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生放送での清原の立て板に水のトークは、伊藤に「素晴らしい」と思わせるほどだった。手に持った赤ワインまで美味しく感じられた。
その後も彼女が出演する番組を何度か見た。テレビ界を席巻していくのだろうと思っていたが、間もなく彼女は予想に反して一時引退を発表した。第二作目の執筆に専念するためだという。その決断力には感服させられた。
「残りの会費、返金してもらえるかしら?」清原は笑顔でオフィスに入ってきた。
「もちろんです。」伊藤はすぐにスタッフに手続きを指示した。「隠居して執筆に専念されるのですか?」
「隠居というほどじゃありませんが、千葉の田舎に家を借りたので、そこで書こうと思っています。でもその前に、私と旅行に行きませんか? 半年か一年は会えなくなるかもしれませんから。」
「いいですね。どこへ行きたいですか?」
「軽井沢にしましょう。暑くなってきたし、避暑には最高だわ。」
「では、軽井沢に決まりですね。」
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