サイボーグ
三宅副支部長は自室に戻り、自分のデスクを前にして、椅子に浅く腰掛け、背凭れに背中を預け上を向いて、何となく無機質な天井を見ていた。
三宅副支部長の属するライトマシンクラスの脳はハイブリッドだ。かつて人間だった脳と、高度な電脳を融合させた存在。いわゆるサイボーグである。
三宅副支部長はゆっくりと目を閉じた。時々、人間だった時の記憶が思い出される。人間だった頃は、沢山の友達とよく遊んだ。一番、楽しかった思い出だ。ひ弱な人間から、ライトマシンクラスのボディーに変わる時に、仲がよかった友達とは、別れることになった。同じライトマシンクラスになった友達もいたが、アーク日本支部の副支部長に就任し、忙しく働いているうちに、疎遠になってしまった。
三宅副支部長は以前のような、楽しい日々を取り戻したかった。格差社会を壊したかった。この地球も、自分がいた地球も、格差社会だ。
サイボーグとなった今でも、人間の脳は過去の夢を追い続ける。そして最近、その夢は電脳領域にまで侵食し始めていた。論理と効率を追求するはずの電脳に、かつての感情が芽生え始めたのだ。喜怒哀楽。それは、彼が長い間押し殺してきた、人間だけのもの。
「このままでは、私が私でなくなってしまう…」
電脳をリセットし、純粋な演算機械として生きることも可能だった。だが、今の彼はそれを拒んでいた。人間としての心を捨てたくはなかった。
同じマシンクラスではあるが、ヘビーマシンクラスに属する者達の脳はほとんどが電脳であり、わずかに人間の時の脳があると言われている。それは、完全なマシンとなる事を拒むことであった。しかし、実体はアンドロイドそのものである。
不意に、無機質な電子音が部屋に響き渡った。内線電話の着信音。三宅は瞬時に待機モードを解除し、通常モードへと意識を切り替えた。
「こちら、三宅」
電話の向こうから、部下の報告が聞こえてきた。青島孝と関森由紀が搭乗した飛行機の目的地が判明したという。
「すぐさま支部長に連絡を。九州の部隊を追跡に向かわせろ」
三宅は冷静に指示を出し、電話を切った。報告を待つ間、彼は立ち上がり、巨大な基地の中枢部へと歩き出した。
無機質な通路を歩きながら、三宅は様々な思いを巡らせていた。アークの目的、石の力、そして、自分が追い求める未来。彼の胸の奥深くでは、人間としての心と、サイボーグとしての論理が、激しく火花を散らしていた。