報復二.
その警察署は、建て替えられてからまだ三年しか経っていない、まだまだ真新しい建物だった。玄関をくぐると、広々としたロビーが広がり、その先に、清潔感のあるカウンターが設置されている。カウンターの中では、数名の署員が、忙しそうに業務にあたっていた。
アークが人間の「間引き」計画を公表して以来、社会は大混乱に陥り、治安は著しく悪化していた。そのため、多くの署員が街頭に出ており、署内は普段よりも閑散としていた。
その警察署に、一人の男が現れた。
角張った顔に、広い肩幅。威圧感を与えるほどではないが、がっしりとした体躯の持ち主だ。濃紺のスーツをきちんと着こなし、落ち着いた足取りで、まっすぐにカウンターへと歩いていく。カウンターの前まで来ると、男は感情の起伏を感じさせない、抑揚のない声で、カウンター内の署員に尋ねた。
「私は、加藤という者だ。そちらが押収した、アークのトラックが二台あるはずだが、そのトラックはどこにある? 誰が押収したのか教えてほしい」
カウンターにいた署員は、男の言葉に驚き、顔色を変えた。
「一体、誰からその話を聞いたんですか? あなたは何者ですか?」
「私は、アーク日本支部の支部長、加藤だ」
「何だって…! アークの支部長だと…?」
署員は、彼の言葉を信じられないといった表情で、声を荒げた。
「トラックはどこにある? 押収したのは誰だ?」
加藤は、相変わらず抑揚のない声で、冷静に問い詰めた。
「ふざけるな! アークの支部長だなんて…!」
署員のただならぬ様子に気づき、近くにいた五人の署員が、カウンターに駆け寄ってきた。
「知らないのか?」
加藤は、彼らの反応に、わずかに眉をひそめた。
「その事を誰から聞いた?」
署員は不審に思った。まだ、公表してない事を目の前の男が知っているのだ。
「誰から聞いただと?部下の報告だ。トラックがどこにあるか知らないなら、あんたに用はない」
そう言うと、加藤は突然、信じられない行動に出た。彼は、カウンターを乗り越え、対応をしていた署員の胸ぐらを掴むと、容赦なく顔面を殴りつけたのだ。
「ぐちゃり…」
鈍い音と共に、署員の顔面は見るも無残に陥没し、彼は絶命した。
あまりの出来事に、その場にいた全員が唖然とした。一瞬の静寂の後、他の署員たちが我に返り、加藤を取り押さえようと飛びかかった。しかし、彼らの攻撃は、加藤には全く通用しない。いとも簡単に相手の命を奪っていく。
「ぐしゃっ…!」「ばきっ…!」「ずるり…」
鈍い音と共に、署員の体が次々と力なく崩れ落ちていく。
最後に残った署員は、恐怖に駆られ、悲鳴を上げながら応援を求めに走り出した。
騒ぎに気づいた他の署員たちが、武器を手に駆けつけた時、そこに広がっていたのは、目を覆いたくなるような光景だった。
「…!?」
真新しい警察署のロビーは、変わり果てていた。床は血の海と化し、壁や天井には無数の血が飛び散っている。そして、その中心には、濃紺のスーツを着た男が、まるで悪魔のように仁王立ちしていた。
「…動くな! 警告する! さもなくば、発砲するぞ!」
署員が震える声で警告し、拳銃を構えた。
加藤は怯むことなく署員たちの方へ歩き出した。
銃声が響くとすぐに、
「…カキンッ!」
銃弾は加藤の体に当たり金属音がし、何かに弾かれたように跳ね返された。加藤は平然とした様子で、自分のスーツを見下ろすと、
「…まったく、勘弁してくれ。せっかくのスーツに、穴が開いてしまうじゃないか…」
彼は、呟くと、ゆっくりと周りを見回した。その瞳には、人間に対する憐れみや怒りといった感情は一切ない。ただ、冷酷な光が宿っていた。
かつては、清潔で機能的だった警察署は、今や、血と破壊の爪痕が生々しく残る、地獄絵図と化していた。
第三部終了です。
三部作でいこうと思ってましたが、四部までいきます。