報復一.
アーク日本支部の加藤支部長は、執務室に三宅副支部長を呼び出した。
部屋の中には、無機質な空気が漂っていた。装飾品は一切なく、置かれているのは、事務用のデスクと椅子、そしてシンプルなノートPCのみ。まるで、感情というものが排除された、無機質な空間だった。
加藤支部長と三宅副支部長は、部屋の中央に置かれたテーブルを挟み、向かい合って腰を下ろした。テーブルの上には、書類はおろか、コーヒーカップ一つ置かれていない。
「警察に奪われた二台の転送装置の代替品を、至急手配しているが、完成品がないため、納品にはしばらく時間がかかるそうだ。二台だけでも、間引きを実行できないわけではないが、その範囲は極端に狭くなるからな…」
加藤支部長は、いつものように、感情の起伏を感じさせない、抑揚のない声で話し始めた。
「私はこれから、奪われた転送装置を取り返しに行く。アークの恐ろしさを、奴らに骨の髄まで味あわせなければ、今後も同じようなことが起こるだろう。無駄な時間を費やさないためにも、ここで徹底的に報復し、連中に恐怖を植え付けてやる必要がある」
「承知しました。私は、何をすれば?」
三宅副支部長は、加藤支部長の言葉を遮ることなく、冷静に尋ねた。
「君には、北海道へ行ってもらう」
「北海道、ですか?」
「ああ。青島孝と関森由紀が、北海道に現れたという情報が入った。なかなか所在を掴めなかったが、たまたま、現地のホテルに設置されていた監視カメラが、彼らの姿を捉えていた。やはり、情報網を各地に張り巡らせておいて正解だったな。それと、林田も同じホテルにいるという情報も入っている。林田は、状況次第では殺しても構わないが、青島と関森は、殺すな。多少痛めつけても構わないが、口がきける状態にしておくように。私が明日の朝までには帰ってくる予定だから、出発はそれからでいい。それまでは、基地の指揮を執っていてくれ」
「はい、承知いたしました」
三宅副支部長は、短く返事をすると、無表情のまま立ち上がった。
「以上だ。何かあれば、直接私に連絡するように」
加藤支部長の言葉に、三宅副支部長は再び「はい」と答え、足早に部屋を出て行った。
三宅副支部長が部屋を出ていくと、加藤支部長はゆっくりと立ち上がり、執務室を出て駐車場へと向かった。その表情は、先ほどまでと変わらず無表情だったが、彼の心の中には、抑えきれない興奮と高揚感が渦巻いていた。
「ふ… やはり、この感覚はたまらないな…!」
彼の脳の大部分は、すでに電脳化されている。しかし、まだわずかに残っている、人間だった頃の脳細胞が、この暴力的な衝動に反応しているのだろうか。彼は、この感覚を、心の底から楽しんでいた。