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 巡回中の警備員たちは、角を曲がったところで、信じられない光景を目にした。小柄な女性が、ドアの脇に立ち、耳を澄ませている。警報は鳴っていない。セキュリティシステムのセンサーも、監視カメラも、すべてが役に立っていない。彼らは、目の前の女性が、いかにしてここまで侵入できたのか、理解できなかった。


「まさか… こんな小娘が…?」


 油断、というわけではなかった。ただ、会長があれほど繰り返した「見た目に惑わされるな」という言葉が、彼らの脳裏から抜け落ちていた。警戒心が薄れていたのは確かだ。


 しかし、たとえ万全の態勢で臨んでいたとしても、結果は同じだっただろう。


 それは、一瞬の出来事だった。十メートルほどの距離から、女性は信じられない速度で接近し、三人の男たちをいとも容易く昏倒させた。


 女性――林田未結は、反転してドアに戻ると、それを開け放ち、部屋の中に踏み込んだ。


 部屋の中央には、巨大なスクリーンが設置されていた。そこに映っていたのは、青島孝、関森由紀、そして見知らぬ男女の姿。録音された会話が、室内に響き渡っている。


「しまった…!」


 林田は背後から冷たい気配を感じ、咄嗟にドアへ駆け戻ろうとした。しかし、時すでに遅し。ドアは、彼女の侵入と同時に閉鎖されていた。


体当たりを繰り返しても、スチールドアは微動だにしない。窓もない。天井も、床も、壁も、容赦なく冷たいコンクリートで覆われている。


「くそっ…!」


 林田は、小型の通信機を取り出した。携帯電話よりもさらに小型で、高性能な通信機。しかし、どれだけ操作しても、ノイズが響くだけで、桐生との通信は確立しない。


「やられた…! まんまと嵌められた…!」


 彼女は唇を噛み締め、悔しげに呟いた。


 モニターを見ながら青島孝はかすかな笑みを浮かべた。


「第一ラウンドは成功のようだね。予定通り、神経ガスを注入してくれ」


 孝は、冷静な声で、傍に立つ警備責任者に指示を出した。


「本当に、よろしいのですか? 人間であれば、確実に死に至る量ですが…」


 警備責任者は、わずかに躊躇する表情で孝を見た。


「問題ない。ただの麻酔ガスでは、彼女には通用しない。信じられないだろうが、彼女は普通の人間ではない。強化人間だ。並の毒物では、びくともしない」


 孝の声は、氷のように冷たかった。


 部屋に閉じ込められた林田未結は、脱出を諦めず、必死に脱出口を探していた。天井、床、壁。くまなく弱い所がないか探っていたが、その努力も虚しく、彼女の意識は徐々に薄れていった。


「これは… 神経ガス…!」


 彼女はようやく気づいた。全身が痺れ、立っているのがやっとだ。本能的に、ガスの噴出口から遠ざかろうとするが、焼け石に水だった。


 やがて、彼女の身体から力が抜け、床に崩れ落ちた。意識は朦朧とし、視界が歪む。


 どれほどの時間が経っただろうか。重い足音が近づき、ドアが開いた。ガスの影響を受けない特殊な装備を身につけた者たちが、数人入ってくる。


 彼らは、意識を失った林田未結を、手際よく拘束した。細く、しかし非常に強靭なワイヤーロープで、全身をぐるぐる巻きにする。身動き一つできない状態にされた彼女を、彼らはまるで荷物のように部屋に残し、静かに立ち去った。


 部屋には、林田未結の浅い呼吸音だけが響いていた。彼女の瞳に宿っていた、あの獰猛な光は、今はもう、どこにもなかった。

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