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9.パパのビッグバン

 ―― あれ。何?この空気?


 ぼうっとしていたイースランが反応した時には、保健室の中はとんでもないお祭り騒ぎになっていた。

 どこからか、めちゃくちゃいい感じの音楽が聞こえてくる。

 人の恋路が異常に好きな小精霊たちが踊り狂っている。

 雪花のきらめきにも似たエフェクトが周囲を覆っていた。


 そう。少女漫画でよく使われる、ああいう感じのアレだ!


 話聞いとけよ。お前殿下の護衛だろ?というツッコミは、ラファエルのような人間には刺さるだろう。だが、悲しいかな。そこは、青春をドブに捨ててきた男。

 イースランに求めるには高すぎるハードルであった。


「わたくし、きっと、ラファエル様にご満足いただくものを持ってまいります。その時にはラファエル様―― わたくしを許してくださいますか?」

「―― 勿論です!殿下……!」

「ふふ。殿下ではなく『アレックス』と、そう呼んでもいいと思って頂けるような物をお持ちします」 


 アレクシアは凍てついたままの顔で不敵に言い放つと、颯爽と踵を返した。その背中からは、「完璧な計画を思いついた私、天才!」というウキウキとしたオーラが噴き出している。

 その背に続くイースランは、振り返る事が出来なかった。

 異常な熱量が、保健室の中に渦巻いていたからだった。


◇◇◇


 保健室を出て、廊下を歩く二人。 上機嫌なアレクシアの後ろで、イースランは胃のあたりをさすりながら、言いようのない悪寒を感じていた。


「……おい。何をするつもりだ」

「あら、イースラン。野暮な質問はなしですわ。わたくし、彼にふさわしい『最高の贈り物』を思いついただけですもの」


 自信満々に胸を張る皇女。イースランは天を仰いだ。長年の付き合いが告げている。

 ―― これは、確実にロクなことにならないパターンだ、と。


◇◇◇


「お父様~~~! ただいま戻りましたわ~~~!!」

「おおお! アレクシア! 愛しの我が娘よ!!パパの宇宙! パパの銀河! パパのビッグバン!!」


 皇宮の玄関である大広間。

 帰宅したアレクシアを出迎えたのは、この国の頂点、皇帝ゲオルギウス・フォン・アイゼングラードその人だった。 老いて尚、巌のような体をした皇帝が、長身のアレクシアを軽々と抱き上げ、プロペラのようにくるくると回る。ブンブンという風切り音が聞こえてきそうな勢いだ。皇帝はこの場にいる、誰よりも堂々たる体躯をしている。そう、禁軍を預かる大将軍よりもだ。鉄の皇帝の名は伊達ではなかった。


(……宇宙ってなんだ? それに、今、軍法会議の最中じゃなかったか?)


 その背後で荷物持ちをしているイースランは、冷めた目でその光景を見ていた。皇帝の後ろには、会議を放り出された将軍や宰相たちがズラリと並び、死んだ目で天井を見上げている。慣れているのだ。


「それでお父様! 聞いてくださいまし! 私、ラファエル様に怪我をさせてしまって……」


 アレクシアが今日の惨劇(事故)を報告すると、ゲオルギウスは一転して滝のような涙を流した。


「なんと……! 自分の過ちを認め、謝罪しようとするとは……!  アレクシアよ! そなたはなんと慈悲深く、優しく成長したのだ! 父は嬉しいぞおおお!!」

「ええ、お父様! 私、誠意を見せたいのです!」


 皇帝は感動のあまり、背後に控える宰相に怒鳴った。


「おい宰相! ラファエルとやらに褒美を取らせろ!  そうだな、こないだ併合した小国があったろう? アレを一つ――」

「却下だ却下ッ!!」


 食い気味にイースランの絶叫が響いた。今止めなければ地図が書き換わる。


「たかが学生同士の接触事故で、領土割譲するバカがどこにいますかッ! 国際問題で戦争になりますよッ!」

「むぅ……。では、公爵位を……」

「雨後の筍みてぇに特権階級を増やすな!!」


 イースランの剣幕に、皇帝はシュンと小さくなった。アレクシアは真顔のまま、突然よぼよぼしだした父の手を握りしめる。


「そうですわお父様。国の資産を使っては、私の『誠意』になりません。  ここは、私の個人資産から賄いますわ」

「おぉっ……!」


 その言葉に、後ろにいた将軍たちが色めき立った。

「あのアレクシア様が、なんと道理の通ったことを……! 」

「これもイースラン殿の教育の賜物か!」


 ―― いやこれ、イースランがいなくなった瞬間、この国終わるな?


 皇帝だけならいい。アレクシアが絡んでいないときの彼はまともなのだ。むしろ非情で冷酷で計算高い「鉄の皇帝」なのである。アレクシアが絡んでいる時だけ、ボケ老人になってしまうだけで……。

 彼らが遠い目をしている最中、アレクシアは深く頷くと堂々と宣言した。


「私の大事な宝物を贈ります。それが一番の誠意ですもの!」

「おぉ。学生のプレゼントの域に収まるモンにしとくんだぞ」


 その時のイースランは、まだ油断していた。まさか彼女の「個人資産」の定義が、あんなものだとは思いもしなかったのだ。


お読みいただき本当にありがとうございました。

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