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8.顔面ブルーレイって何年前のギャグなんですか?

 放課後の保健室。

 清潔な白いカーテンの奥で、包帯まみれの紅玉クラスのホープ――ラファエルは、恐縮のあまりベッドの上で直立不動(寝たまま)になっていた。


「こ、皇女殿下が……! わざわざ私ごときのお見舞いに来てくださるとは……!」


 ラファエルは震えていた。全身打撲の痛みに震えているのではない。皇女であるアレクシアが、わざわざ足を運んでくれたという事実に感動して、震えているのだ。その純粋すぎる反応に、後ろに控えていたイースランはそっと視線を逸らした。


(自分をブッ飛ばした相手にここまで感謝できるなんて、聖人か? それとも頭の打ち所が悪かったのか?)


 割と人でなしの感想である。

 死んだ目のイースランには構わず、アレクシアはベッドの脇に立つと静かに口を開いた。


「ラインハルト先生から伺いましたわ。貴方は紅玉クラスの期待の星……演習の魔獣討伐でも、目覚ましい戦果を挙げておられるとか」

「い、いえ!そのような事は!身に余るお言葉です!」

「素晴らしいですわ。帝国の未来を守る、尊い力……」


 アレクシアは心からの称賛を口にした。

 だが、その直後。彼女の脳裏に、ある重大な事実がフラッシュバックした。

 ―― 自分は、そんな国の宝を、出会い頭に核弾頭(魔力)で吹き飛ばしてしまったのだと。


(……やってしまいましたわ……)


 サーッ……。

 ようやく自分が何をしたかを察したアレクシアの顔色が変わった。元々、透き通るように白かった肌が、瞬く間に血の気を失い、鮮やかな青紫色へと変色していく。へー、顔面ブルーレイじゃん。人でなしのイースランはそう思った。


「わたくし、なんてことを……! 未来の将軍候補を、あわや星屑にするところでしたわ……!!」


 絶叫と共に、アレクシアの顔面が青黒くなった。表情筋が死んでいるため、表情自体は変わらない。ただ色だけが、深海魚のように青くなった能面の美女。これにはラファエルもギョッとした。


「あ、あの、殿下……? お顔の色が、その……」

「申し訳ございません、ラファエル様……ッ! このような有望な方を、わたくしは……ッ!!」


 アレクシアは深く頭を下げた。その謝罪の姿勢は美しかったが、顔色がホラーすぎて、ラファエルは「呪いをかけられているのでは?」と別の意味で心配になった。


「い、いえ! お気になさらないでください! 私の修行不足です!」

「いいえ、わたくしの不徳の致すところです……!」


 押し問答が続く中、ふと、アレクシアの視線がベッドの脇に置かれた荷物に留まった。  ラファエルの通学鞄や、剣帯などの私物だ。それらはどれも、使い込まれ、擦り切れ、一部はツギハギが当てられていた。侯爵家の子息が持つには、あまりにも質素で――はっきり言えば、ボロボロだった。


(……あら?)


 アレクシアは記憶の糸を手繰り寄せた。 職員室での説教タイムのあと、ラインハルトは確かに言っていた。

『彼は由緒ある侯爵家の息子なのだが……その、なんだ。色々と、家庭の事情があってな……』

 言葉を濁した教師の苦虫を噛み潰したような顔。普通なら「没落」や「冷遇」といった言葉を連想するだろう。

 だが、アレクシアは違った。


(まあ……! なんてことでしょう!)


 アレクシアの瞳が、カッ!と見開かれた。


(侯爵家という恵まれた立場にありながら、これほどまでに物を大切にされているなんて……!  新しいものを次々と買うのではなく、一つの道具を修理しながら愛着を持って使い続ける……まさに騎士の鑑! 清貧の精神ですわ!!)


 ―― 素晴らしい!

 アレクシアの中で、ラファエルの評価が「ホープ」から「生き神様」くらいに爆上がりした。

 そして同時に、閃いたのだ。

 彼への謝罪と、この素晴らしい精神への敬意を表すための、最高の「誠意」を。


(決めましたわ! わたくしの誠意は、これしかありません!)


 アレクシアの顔色が、ブルーレイから通常の白磁色に戻る。彼女は満足げに頷くと、ラファエルに向き直った。

 

「ラファエル様。わたくしの謝罪の気持ちは、後日改めて『形』にしてお届けさせていただきます」

「えっ!? い、いえ、そのようなお気遣いは無用で――」

「いいえ、これはわたくしからの誠意だと思って頂きたいのです。今回の件は、本当に申し訳ございませんでした。謝っても、謝りきれません。ですから、どうか、わたくしを許すためと思って、形あるものを受け取っていただきたいのです」


 はたから見ているだけなら凛としたアレクシアの言(実際には、表情筋が死んでいるだけなのだが…)に、ラファエルは目の奥が熱くなった。

 こんな、「取るに足らない」自分のために、最も尊き血筋の御方が礼を尽くしてくださっている。それならば、固辞する方が、きっと失礼にあたる。


「で、殿下―― 」


 ラファエルは激痛を抑え込み、体を起こそうとした。礼をとらねばと思った。この公正で慈悲深い皇女殿下にだけ、頭を下げさせるなど、騎士の名折れだ。

 だが。


「ラファエル様。どうか、そのままで」


 白魚のような御手が、ラファエルの頬に触れた。屈んだアレクシアのかんばせが、触れられるほどの距離にいる。ラファエルの頬が、瞬間、紅潮した。見られたくはないと思うのに、ラファエルは、アレクシアの菫色の瞳から目が放せなかった。


「殿下、私のような、下賤なものに」

「まあ、何をおっしゃるの!ラファエル様は、わたくしの愛する帝国に、なくてはならない方なのです。どうか、わたくしの粗相をお許し下さい」


お読みいただき本当にありがとうございます!

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