5.お節介は死の香り
「いだぁあーーーーーーーいっ!!な、な、な、何なのよこれ~~~~~~ッ!!」
地獄の光景だ。この国で最も高貴な血の女性の横で、巨大な闇の茨檻が今もうごめき、どうやら中の「虫」を食らいつくそうとしているらしい。
「…… イースラン?」
アレクシアは死んだ表情筋のまま横目でイースランを睨む。
イースランも死んだ魚の目で、あくびを噛み殺した。
「距離が近すぎた。勢いが良すぎた。暗殺者のタックルだ。”影”の技術だぞ」
「…… まあ!影の技術……!?わたくしを狙って……!?」
ちげーよ。
野次馬の脳内が一つになりツッコミが炸裂した。ありとあらゆる声の「ちげーよ」が校門前に満ちるようだった。(ただし、あまりにも恐ろしい光景に、全員口に出すことは叶わなかった)
その間も、黒い茨はブシュッ!グシュッ!と聞いてはいけない感じの音を響かせている。
「大方、野次馬の殺到を見越しての仕込みだろ。天下の帝立学園に、『いっけなーい、遅刻遅刻☆』……みてぇな世迷い事をかます奴が、紛れ込む筈はねぇからなあ?」
イースランは顎に手を当て、したり顔で宣う。ギロリと周囲を睥睨する目には底知れぬ熾火が燻っていた。
◇◇◇
―― アイゼングラード帝立学園。
それは、鉄の帝国がその覇道を永遠のものとするために築き上げた、大陸最高峰の『エリート育成機関』である。
広大な敷地内には、帝国の頭脳となる文官から、大陸最強と謳われる帝国騎士の雛鳥まで、数千人の若き異才たちが集う。だが、ここは単なる学び舎ではない。その内部には、帝国の階級構造をそのまま反映した残酷なまでの四つの序列が存在していた。
高位貴族が集い、帝国の『脳』を担う特権階級クラス『翡翠』。
騎士の家系が研鑽を積み、帝国の『牙』となる実力者クラス『紅玉』。
実務と経済を学び、帝国の『内臓』を支える実務家クラス『黄玉』。
そして、稀有な才を持ちながらも血筋に恵まれぬ者たちが、帝国の『手足』として甘んじる『石英』。
これら四つの石は、卒業後の人生を決定づける絶対的な境界線だ。
本来であれば、ここは『遅刻遅刻☆』などという浮ついたロマンスなど、塵ほども存在しないはずの ―― 鉄の規律と血統が支配する、帝国最大の聖域なのであった。
野次馬は察した。これは、この先、皇女に害意を見せた者はこうなるという、この従僕流のパフォーマンスなのだと。今にも墓に帰りそうな顔色をしている癖に……。
◇◇◇
だが、恐怖に慄く野次馬達とは裏腹に、アレクシアの目はキラキラと輝いていた。
「まあっ、イースラン!今の、もう一度言ってくださいまし!」
「……は?」
「ほら!『いっけな~~い、遅刻遅刻☆』って仰いましたわよね?」
「…………は??」
「あのイースランが!!こんなにかわいらしいことを!!わたくし、勿論録音致しました!!」
目を輝かせたアレクシアがどこからともなく取り出したのは、イースラン作の魔具、『断末魔の蒐集箱』。 本来、拷問相手の自白を何一つ聞き逃さないために作られたその漆黒の小箱から、先ほどのイースランの裏返った声が、この上なく鮮明な音質で再生された。
『いっけな~~い、遅刻遅刻☆』
「(声を出さずに爆笑している)」
「消せッッ!! 今すぐそれをへし折って灰にしろ!!!」
「嫌です! 絶対に嫌です!!」
アレクシアは魔具を胸に抱きしめ、ぶんぶんと首を振った。イースランのこめかみに青筋が浮かぶ。口頭での説得が不可能だと悟った彼は、あろうことか魔力を行使した。
「よこせェェェェッ!!」
イースランの指先から放たれたのは、無詠唱による『物質引き寄せ』。だが、アレクシアは引かなかった。
「渡しませんッ!! これは私の命、魂、そう、対イースランの切り札ですわッ!!」
案外こすい計算を原動力にした魔素がアレクシアの全身から黄金のオーラとなって噴き上がる!
黒い魔力と金の魔力がショートし、行き場を失ったエネルギーの奔流がとぐろを巻く。そこかしこで炸裂音が響いた。そのあまりに危険な光景に、一人の正義感あふれる男子生徒が声を上げた。
「お、おい! 君たち、校門前で魔力を行使するのは危険だぞ! 一旦落ち着いて――」
茨に捕まったピンク色の女子生徒(…?)を助けようと駆け寄ってきた彼は、運悪く、暴走する二人の魔力の射程圏内に踏み込んでしまったのだ。
二人の視線が交錯した。
((……あ、ヤベ))
思った時には遅かった。臨界点を超えた魔力の塊は、二人の手元から弾け飛び――最も近い「動く標的」へと殺到した。
「――え?」
男子生徒の視界が、まばゆい閃光に塗りつぶされる。
「ちょ、まっ、―――――うわああぁぁあああぁあああッ!!」
ズドオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!
学園の正門付近で、局地的な爆発が発生した。 爆風の中心、哀れな生徒が、美しい放物線を描いて空の彼方へと吸い込まれていく。 キラン、と空の端っこで星がまたたいた。
あとに残されたのは、抉れた地面と、静まり返った校門前。茨の檻の中で「助かった……の?」と目を白黒させている、ピンク色の物体。
そして。
「「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」」
頭を抱えて絶叫する、最強の皇女と筆頭魔術師の姿だけであった。
お読みいただき本当にありがとうございました。
面白いと思って頂けましたら、ブックマークや評価をいただけますと、大変嬉しいです。




