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4.出会い頭のロマンスとは?

 帝立学園へと向かう皇家専用馬車の中。

 そこには、この世の春を謳歌する皇女と、今しがた墓から蘇ってきたような顔の少年がいた。


「素晴らしいですわ……! 本当に素晴らしいですわ、イースラン!!」


 アレクシアは、向かいの席に座るイースランの顔を覗き込み、うっとりと頬を染めて絶賛した。全くの無表情ではあるが、喜びが爆発しているのが伝わってくる。

 現在のイースランは、幻術によって姿を変えている。

 本来の鋭い眼光とふてぶてしい態度は鳴りを潜め、そこにいるのは栄養失調気味で、肌は透けるほど白く、制服の中で体が泳いでいる貧相な十五歳の少年だった。


「見てください、この折れそうな手首! 浮き出た鎖骨!

 まるで雨に打たれて震える捨て猫のような、あるいは森で親にはぐれたばかりの小鹿のような……!あなた、概念ですわ!『庇護欲』という概念が服を着て座っておりますわ!!」


 アレクシアは感極まって、イースランの細い手首(幻術)を両手で包み込んだ。


「キャーッ、尊い!!」


 対するイースランは、わなわなと震えていた。

 怯えているのではない。ブチ切れているのだ。


「……おい」

「はい!お腹が空いたのですか? 」

「ふざッッッ……けんじゃねえぞ……!!」


 少年の姿のイースランは、ドスの利いた低音で唸った。


「誰が捨て猫だ! 誰が小鹿だ!!誰が概念だ!!!

 俺は魔塔の筆頭魔術師だぞ!? なんでこんな『デコピン一発で死にそう』な見た目にしなきゃなんねえんだよ!!」

「だって、目立たないように平民に偽装すると言ったのはあなたでしょう?」

「『目立たない』と『今にも餓死しそう』はイコールじゃねえ!!」

「あら、でもとっても似合っています! 思わず剥製にして飾りたいくらい」

「サイコパス発言はやめろ!!」


 イースランは怒りでダンッ!と壁を殴ろうとしたが、アレクシアが「まあっ! 手が折れてしまいます!」と悲鳴を上げて止めたため、行き場のない拳をわななかせた。


「それにね、イースラン」

「あ?」


 アレクシアは眩しそうに眼を細めた。


「私、今でも昨日のように思い出すんです。今の姿のあなたが、私の為に、ドス黒い顔でこの腕輪を持ってきてくれた時の事……」

「ドス黒い顔」

「死んだ魚を三回ぐらい陰干ししたような目をしていたわ」

「死んだ魚を三回ぐらい陰干し」

「濁った沼みたいな色の唇を震わせて、私の名前を呼んでくれた。あれからあなたは、私の唯一無二のヒーローなのです」

「濁った沼の色をした唇」

「イースラン。また、あなたに会えて嬉しいです……」


 死んだ魚を三回ぐらい陰干ししたような目つきの「従僕」は、それっきりブツブツと良く分からない単語を呟き、アレクシアの言葉には反応しなかった。


 高名な呪術師が聞けば判っただろう。イースランがつぶやいていたのは、かの高名なドルイドであるファサリ・ハラーがその生涯をかけて紡ぎあげた、弱体呪術理論(全十五巻)であった事に……。


◇◇◇


 二人を乗せた馬車が到着した時、校門前は異様な雰囲気に包まれていた。

 皇帝の”秘された魔晶”として噂をされている第五皇女を一目見ようと、多くの貴族の子弟たちが、門の前で待ち構えていたからだ。


 何しろ、『第五皇女は病弱である』として、アレクシアは今まで社交の場にも出たことがなかった。そのせいか、口さがない者は「王宮の地下で魔力を吸われ続ける人柱らしい」)と面白おかしく噂し、ある者は「いや、魔力が高すぎて全身が発光している怪物らしい」と恐れおののく。


 ある意味、間違っていないのがこう、なんというか、”アレ”だ。

 話を戻そう。アレクシアの評判は、皇女であるにも関わらず、決して好意的なものではなかったのだ。


 悪意あるひそひそ話で校門前が埋め尽くされる中。

 ―― 馬車から降り立ったのは、硬質な輝きを放つ美貌の少女だった。


「……ッ……」


 誰かが息を呑む音が響く。靴底が石畳を叩く硬質な音。すらりと伸びた長い手足、風を切り裂く流麗な銀髪。

 長身である。

 まだ体のできていない男子よりも上背が高い。皇帝の血を引く事があきらかなその肢体は、学園の制服を纏っていても隠しきれない「支配者」の風格を漂わせている。群衆を見下ろす菫色の瞳は、氷河のように冷たく、美しく澄んでいた。


(わあ~! 皆様が見てくださっていますわ! 嬉しい!)


 モノローグが表情とは真逆にすぎる。

 アレクシアは内心ではしゃぎながら、満面の笑みを向けた――つもりだった。

 しかし、その整いすぎた美貌と、表情筋が死んでいる事が災いした。

 生徒たちの目には、それが「愚民どもを憐れむ、氷の女王の冷笑」として映ったのである。


「ひッ……め、目が合った……石にされる……!」

「なんて冷たい瞳なんだ……美しいけれど、心臓が凍りそうだ……」


 ――そして。  その聖女の隣に、「異物」がいた。


「……なんだ、あれは?」

「殿下の従者か? ……おい、大丈夫か? 今にも土に還りそうだが」

「顔色が……青を通り越して透明に近いぞ……」

「ヒッ…… 透けている……!?」


 アレクシアの輝きが強ければ強いほど、その影にいるイースランの死相が際立った。 光と闇。女神と死体。あまりのコントラストに、生徒たちの間ですぐさま新たな解釈が爆誕した。


「あれは何かの罰ではないのか……?まるで見世物のようだ」

「毒殺された死体って、あんな色してるよな……」

「き、気をつけなきゃ…… 目が合っただけで、投獄されてしまうかも……!」


(……誰が見世物だ。誰が毒殺された死体だ)


 ひそひそ話は、地獄耳のイースランには筒抜けだった。 彼は胃のあたりを押さえながら、虚ろな目で遠くを見る。 注目を浴びないために変装したはずが、逆に「可哀想な下男」として注目を浴びている。計算違いも甚だしい。


「さあイースラン! 皆様が歓迎してくれていますわ! 手を振りましょう!」

「……やめろ。俺に関わるな。俺はただの背景だ……」


 アレクシアが満面の笑み(※無表情)で手を振り、イースランが影のように縮こまる。いっそのこと普段はアレクシアの影の中に住むか?とイースランの思考がグニャり始めた、まさにその時だった。


「どいてどいてぇ~~~!!」


 氷の女王降臨の厳かな空気を、間の抜けた叫び声が切り裂いた。

 優雅な足取りで歩いていたアレクシアの真横を、すさまじいスピードで通り抜けようとしたピンク色の ――


「遅刻、ちこ……ギャアアアアアァァアアアアッ!!」

「ワアアアアアアアッ!!!!!!」


 ピンク色の影は絶叫した。ついでに野次馬も絶叫した。

 影がアレクシアの真横を通り過ぎようとした瞬間。学園の石畳を引き裂いて、漆黒の茨が”爆ぜ”た。ぶわりと花開いた荊棘の奔流が、ピンク色の影を一息に飲み込み引き絞ったのだ!


お読みいただき本当にありがとうございました。

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