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30.決着!翡翠の正典VSパン屋の息子

「わーーーーーッッッ!! あ、熱い、熱いいいいいッッッ!!」


 灼熱の気配に我に返ったテオドールが、絶叫と共にオーブンの吸気弁を全開にした。

 ―― 瞬間。

 螺旋を描く『炎の槍』が、吸引力の変わらないただ一つのパン焼き窯の中へ、轟音を立てながら吸い込まれる。テオドールはブルブル震えながら、弁を占める。その目は血走っていた。


「なっ……!? ボクの古代語魔法が、パン屋のガラクタに……収納された……!?」


 アルフォンスの顔が驚愕に歪む。彼は即座に魔剣を抜き放ち、肉薄した。


「魔法が効かぬなら、その不格好な盾ごと塵にしてくれる!」


 完璧な踏み込み。彼が最後の一歩を踏み出そうとした、その時。

 アルフォンスの右足が踏み込んだ石畳が、僅かに沈んだ。


◇◇◇


「……アルフォンスの過去の受講状況から、踏み込むポイントを計算しました。中間考査の実技試験からすると、このあたりの筈です。沈ませるのは、僅かだけでいいでしょう。彼のような自尊心の塊は、その僅かな狂いで、脳内の完璧な剣筋が崩壊するでしょうから」


 ギルバートが月明かりの下で石畳に細工をしていた。

 まさか、帝国の騎士ともあろうものが、盤上に細工をするなど誰も思わない。

 また、平民がこんな真夜中に、学園に残っている訳はない。

 アルフォンスたちが少しでも警戒していれば、ギルバートの工作は成せなかった筈だ。

 全ては、すでに勝った気でいる彼らの油断が招いたことだ。


「お前、マジでマクシミリアンに似てきたな…… 性格わっる」

「あなた『だけ』には言われたくない。シグルド卿」


◇◇◇


 現実世界に話を戻そう。

 ―― 沈んだ石畳に、まんまと平衡感覚を狂わされたアルフォンスがいた。


「……え?」


 ぐらりと体が揺らぐ。魔剣は空を切り、無防備になった顔面に――


「もうどうにでもなれーーーーーッッ!!!!」


 二千度の熱暴走を起こし、真っ赤に発光したテオドールのオーブンが直撃した。


 (―― よくやった、テオドール!)


 イースランが術式開放の為に指を鳴らした瞬間、アルフォンス自身が放った熱量が弾け、炎を纏った鉄の弾丸をまき散らした。

 轟音と衝撃波と共に、鉄のパン焼き窯が無数の破片となって飛び散る。


 本来ならば、イースランが指向性を与えたその破片はすべて敗者であるアルフォンスへと向かうはずだった。

 だが。

 そのうちの一つ、鋭利に尖った真っ赤な鉄屑が、物理法則を無視するように不自然なカーブを描き、観覧席のアレクシアの喉元を目掛けて超高速で飛来する!


「――…… まあっ!」

「不敬なり」


 拳に魔力を流したアレクシアの前に、黄金の鬣が翻った。

 鼓膜を劈くような硬質な音が響く。

 ラファエルの長剣が、正確無比な一閃でその鉄屑を叩き落としていた。


「……ッ、どこだ!?」


 ラファエルは即座に剣を構え直し、殺気の源泉を探して観客席を鋭く射抜く。しかし、そこには混乱する生徒たちの騒ぎがあるだけで、巧妙に隠蔽された悪意の気配は、霧が晴れるように掻き消えていた。

 演習場に残ったのは。


 今見たことが信じられないとばかりに、真っ青な顔をしている翡翠。

 強張った顔で俯く紅玉。

 ただただ呆気にとられている黄玉。

 そして――


「ラファエル様ッ!!」

「――……ッ!」


 警戒し、周囲を見回していたラファエルは、反応が遅れた。


「で、殿下……!」


 アレクシアがラファエルの左手を、両手で握りしめていたのである。


「わたくしってば、今のアクシデントをパンチで弾き返そうなんて思ってしまって……申し訳ございません!また、はしたない姿を見せてしまうところでしたわ」

「で、殿下、その、手、手、手を……」


 振り払うこともできずに固まるラファエルである。

 アレクシアの手を握る力が強くなるにつれ、ラファエルの口からは魂がはみ出していく。パステルカラーのキラキラとした気体が天に向かって昇っていく。(おこり)のように震えだしたラファエルを見て、何を思ったのか、アレクシアはにこりと笑った。


「ラファエル様。守って下さり、ありがとうございました」


 雲間から除く月のような、はかない微笑みだった。


「———……」

「あら?ラファエル様?どうされたんですの?ラファエル様?」

「———……」

「い…… 息をしておられませんわ……!!」


◇◇◇


 一方、ラファエルが弾き飛ばした破片は、唸りを上げて観客席の最前列へと突き刺さった。


「きゃっ……!?」


 不自然なほど可愛らしい悲鳴が上がる。

 観客席の最前列。そこに座っていた桃色の髪の少女の、まさにすぐ隣。椅子の手すりへ、焼けた鉄の塊が音を立てて深々と突き刺さり、至近距離で爆ぜたのだ。


「あ、あつ……っ、ちょ、……あ、、ありえない……」


 鼻先をかすめた二千度の熱量と、耳元で炸裂した衝撃。

 少女はそのまま白目を剥いて座席から崩れ落ちた。


◇◇◇


 演習場の中央では、煤だらけで倒れるアルフォンスの横で、テオドールが「眼鏡が……最後の一枚がぁぁ!」と泣き崩れている。

 観覧席の最上段で見守る皇太子マクシミリアンの、満足気な微笑み。

 それを仰ぎ見たイースランは、ギリ、と歯を噛み締めた。


(―― ふん。あんたの望みは叶ったか?面倒ごとを寄越してきやがって)


 皇太子がぶらりと学園に立ち寄る事など不可能だ。

 こうなる事を予想していたとしか思えない根回しの良さ。

 この先、彼が何を企んでいるのかを想像し、イースランは舌打ちをするのだった。


お読みいただき、本当にありがとうございました!

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