3.割と重い過去と軽すぎる現在
既に夜も更けたころ。へろへろになりながらも、なんとか罪を償ったアレクシアは帰還の魔法陣の上に立っていた。魔塔からアレクシアの部屋への一方通行だ。双方向にする事は、イースランにより断固として阻止された。
「……反省しているか?」
「ごめんなさい。肝に銘じますわ…。わたくしの力は、みだりに使わない。誰かを守るために使うと……」
アレックスはしょんぼりと肩を落とす。その手首には、古い銀の腕輪が鈍く光っていた。複雑な魔術回路が刻まれたその装飾品が、魔力燈の光を鈍く弾いている。
七年前。魔力過多症で死にかけていた彼女を救うために、イースランが不眠不休で作った制御の腕輪。 あの日、彼女は誓ったのだ。 『この命は、イースランが救ってくれた命。だからわたくし、この溢れる力で、みんなを幸せにしますわ!』
その誓いは本物だ。純粋で、尊いものだ。
ただ、ちょっとだけ「加減」と「常識」が欠落しているだけで。
(……もう、七年か)
彼がまだ十八歳のみぎり、史上最年少で魔塔の階位を駆け上がっていた頃。 初めて会った八歳のアレクシアは、今のような「歩く災害」ではなかった。 魔力過多症に蝕まれ、ベッドの上で青白い顔をして、ただ静かに消えるのを待っているだけの、儚い硝子細工のような少女だった。
『母親譲りの魔力に体が耐えきれない。余命は半年もないだろう』
そう匙を投げた大人たちに反発し、イースランと彼の「友人」は寝食を惜しんで研究に没頭した。 そうして完成したのが、この腕輪だ。平易な道のりではなかった。
アレクシアの魔力過多は異常だった。この世界においてはよく知られた、「単なる魔力過多」ではなかったのだ。
この世にあまねく存在する「魔術」が彼女の魔力を愛し、鳴らされたがった結果、常に魔力を放出し続ける状態になってしまったのである。莫大な魔力を常に消費させられているアレクシアは、いずれすべてを”魔術”に明け渡して死ぬしかなかった。
―― 大いなる魔女の、呪いともいえる魔力。
それをイースラン達は根気よく紐解き、親和し、時には自らの体を実験台として、力の懐柔に努めた。アレクシアの命を繋ぎながらの研究という、無理と無茶を重ねた研究を経て、三年の歳月をかけて腕輪は完成した。
初めてそれを着けた十一の歳。アレクシアの頬に赤みが差し、瞳に光が宿った瞬間を、イースランは今でも覚えている。 あの日、彼は確かに思ったのだ。「ああ、間に合ってよかった」と。
表情筋は間に合わなかった。尊い犠牲だと思っていただきたい。
「お前は、ほんッとうに……」
イースランは小さく息を吐いた。 諦めにも似た感情と共に、怒気が霧散していく。
「……次は気をつけろよ。俺の胃が持たん」
「はいっ! ……ところでイースラン」
アレックスがパッと顔を上げる。 その瞳には、懲りない輝きが宿っている。
「あのですね、ハムちゃんハウスで練り上げた魔力を飴にして、学園で配ったらどうかしら?わたくしの魔力で、皆さんの力を底上げすることができたりしないかしら?」
「魔力を飴にしてってどう言う発想だよ……。口に入れた瞬間、ドンパッチどころの騒ぎじゃねえからやめとけよ……」
イースランのツッコミが、夕空に虚しく響いた。
最強の皇女と、最苦労人の従僕。二人の「国民を幸せにする(ための破壊と謝罪の)」物語は、ここから始まるのである。
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