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27.鉄理の審判

 特異選抜クラス『虹彩(アイリス)』の設立という、衝撃の発表の翌日。

 指定された教室には、アレクシアを除いた面子が集合していた。


 そう。イースラン、ギルバート、ラファエル、テオドール―― そして、シグルドだ。

 シグルドはどうやら担任扱いにされているらしい。イースランはシグルドの顔を見た瞬間に踵を返して逃げ去ろうとしたが、シグルドに首根っこを掴まれて教室に引きずり込まれた。

 そして、今に至る。


「シグルド卿!卿が、我々をご指名下さったのですか?」

「いや?俺はなんにもしてねえよ。マクシミリアン”効率厨”陛下の人選だ」


 足を投げ出して、学園には不釣り合いな豪華な椅子に、だらしなく座っているシグルド。対して、興奮して直立不動で礼を取るのはラファエルだ。何しろ学年の異なるアレクシアと、共に学べるというのである。

 夢見心地を通り越して、精神世界に半分足を突っ込んでいるような状況だった。


 ラファエルは発表があった後、ずっとふわふわしていた。


 家では玄関フロアの階段を踏み外してギルバートを巻き込み、食事の際にはグラスを倒してギルバートのメインディッシュを台無しにし、深夜に『これは現実でしょうか?』とギルバートの部屋に押しかけて盛大にキレ散らかされるというふわふわムーブをキメていたのである。


 げんなり顔のギルバートの横で、震えているのはテオドールだ。


「場違いだ……!これは何かの間違い……!あの、お腹が痛いので、早退してもいいですか!?」

「却下」

「ぐああああああ!!あんまりだぁぁぁぁあ!!!」

「どいつもこいつも、落ち着けッ!まだ何も始まっていないのだぞ!鬱陶しい、みだりに騒ぐんじゃないッ!」


 そう頭を抱えて騒ぎ始めるテオドールに、昨夜からの鬱憤がたまりまくっていたギルバートが吠える。

 ギルバートの寝不足の所為で血走った目を見て、イースランは少しほっこりした。同類がいる。そう感じたのだ。


「―― マクシミリアン殿下が、何をお考えになられて『虹彩』を設立されたのか、卿はご存じなのですか?」

「いーや、知らん。俺、適当だからさあ。多分教えたら碌な事にならんと思われてると思うぜ」

「失礼しました。考えずともわかる事でした」

「あっ、お前なあ!不敬だぞ、不敬!」


 シグルドに毒づくギルバートを見て、イースランはニコッ……とした。毒舌が過ぎる兄を見て、ラファエルはオロオロしている。テオドールは一人、虚空を見つめてブツブツと現実逃避していた。


「ところで、イースラン殿。アレクシア殿下はいずこに?」

「腹が痛ぇっつうから、べ」

「し、し、失礼致しましたッ!」


 慌てて頭を下げるラファエルの後ろで、音を立てて教室の扉が開いた。

 ようやく主役のおでましか、とイースランが振り返る。

 ―― だが、そこにいたのはアレクシアではなかった。


「どなたですか……?」「誰だお前?」「だっ、誰ですか?」「お前呼んでねえんだけど」


 四重奏で好き勝手に言われた少年は、冷え冷えとした目で舌打ちした。


「―― ベルンシュタインの腰巾着か。ここに何の用だ?お前の主人の席はここにはないぞ」

「…… 凡夫が減らず口を。我が主からの託を持ってきたまでだ」


 ギルバートを睥睨し、室内に歩みを進めた少年は、懐から一通の書簡を取り出す。

 そして、それを思い切り机にたたきつけた。


「……ひッ!? な、なな、なんですぅぅ!?」


 そう。「テオドールの机」にである。

 机をたたかれた衝撃に、脂汗を流しながらテオドールが跳び上がる。

 床に落ちた書簡には、翡翠階級を象徴する深緑の蝋封。

 侮蔑するような視線をテオドールに向け、物も言わずに去っていく少年を醒めた目で見送ったイースランが、その書簡を拾い上げる。


「なになに……『テオドール殿。……貴殿の如き姓も持たぬ者が虹彩クラスへ編入されることは、帝国の伝統に対する冒涜である。よって、我ら翡翠クラスの総意として、貴殿に学園法第百二十一条に基づく鉄理の審判を申し込む。 ―― 翡翠クラス代表、アルフォンス・ベルンシュタイン』 だとよ」

「え?」


 嫌そうな顔でイースランは便箋をひらひらと振った。

 そう。帝立学園において最も神聖かつ、一度記録されれば歴史の正解として刻まれる残酷な儀式。お互いの正当性を決闘で決める、所謂「決闘裁判」の招待状が、「テオドール」へ送られてきたのである。


「…………え??」


 静寂。

 次の瞬間、テオドールの四枚目の眼鏡が、パキリと音を立ててひび割れた。


「あ、ありえない! ありえませんよ!! これじゃあ……まるで帝国歴三百三十年、『石英の悪夢』の再来じゃないですかぁぁぁッ!!」

鉄理(アイゼン)の審判(オーディール)だぁ?ま~た埃臭ぇモン引っ張り出してきやがって。しかも、テオドール相手に!」


 腕を組み、イースランの後ろから書簡をのぞき込んでいたシグルドが、喉を鳴らして笑い出した。だが、その瞳はどこかつまらなそうに歪んでいる。


「ま、お貴族様の考えそうな事だ。あのクソ法がま~だ存在してたとはねえ」

「シグルド卿! 笑い事ではありません!」


 ラファエルがガタリと立ち上がった。その端正な顔には、仲間を案じる騎士としての誠実さと、それ以上に「殿下の友人候補が侮辱された」ことへの隠しきれない怒りが滲んでいる。


「テオドールは非戦闘員だ! 理由もなく決闘を申し込むなど、騎士道にも、学園の理念にも反する卑劣な行為だ。決闘裁判は、このような時に使われるものではない!……テオドール、安心してくれ。俺が代わりに――」

「……ラファエル。口を慎め」


 低い声がそれを遮った。

 ギルバートは、思案気に顎を撫でている。


「ですが、兄上!このままでは、命の危険もありえます!」

「……翡翠の連中が何を狙っているか、それすら見えないのなら、お前の力はいつか殿下を傷つけることになるぞ。奴らは狙っているのだ、お前が出てくることを」

「――…俺が出ていくことを、ですか?」


「ああ。そして、こう言うだろう。決闘を人に押し付ける卑怯者を、『虹彩』に選んだのは誰か……とな」

「なッ……!」

「親世代が皇太子殿下を引き摺り下ろす口実になる。それだけは、阻止せねばならん」


 ギルバートの視線は、震えが止まらずに机の下でガタガタと膝を打ち鳴らしているテオドールを、冷たく射抜いていた。


「テオドールが出ても出なくても、結果は一緒なのだ。出なければ誇りを失い、臆病者として退学になり、皇太子殿下の瑕疵となる。出ればまあ、誇りは守られるが―― 物理的に死ぬ。同じ事だ」

「あああああ!!僕が何をしたって言うんだああああ!!!僕はただ、実家の為に!窯の性能を少しでも上げられないかと!!それだけでよかったのに!!」


 号泣するテオドールである。

 シグルドは頬杖をつき、つまらなそうに顔を背けている。

 ラファエルはすっかり困り果てた顔で「どうすれば……」と呟き、ギルバートは考えの見えない顔で斜め下を見つめている。


「……? 皆様、何をそんなに騒いでいらっしゃいますの?」


 そこへ、お花畑を歩むような足取りでアレクシアがやってきた。

 彼女はテオドールの机にある、見るからに禍々しい決闘状をひょいとつまみ上げる。


「まあ! アルフォンス様からテオドールさんにお手紙?パンのご注文かし…… んんん??」

「い、いやぁぁ……殿下、これ、決闘なんですぅぅ……。パンじゃなくて、僕という人間が、歴史の教科書から修正液で消されちゃうんですぅぅ!!」

「……おかしいですわね。どうして、テオドール様なのです? 決闘といえば、一番強い方、つまりわたくしやラファエル様に申し込むのが筋ではありませんの?」


 アレクシアが小首を傾げる。

 イースランが深くため息をついた。

 彼は懐から胃薬の小瓶を取り出し、水もなしにそれを数錠口に放り込む。バリバリと嚙み砕きながら、げっそりした顔で説明するのだ。


「マクシミリアン殿下への嫌がらせだ」

「―― まあっ!!お兄様への!?」

「きなくせぇとは思ってたが、こういう手段に出てくるとはなァ。俺は嫌いじゃねえぞ、こう言うの。結局は、相手の裏をかいた奴が勝つ。邪法は予測して防げねえ方が阿呆なんだよ」


 それを聞いたテオドールは白目を剥いて泡を吹き始める。

 イースランは毒づきながらも、その三白眼の奥で、テオドールの「壊れかけのオーブン」と、アルフォンスの「完璧すぎる構文」を天秤にかけ始めていた。

 だが。


「……テオドール様が勝てば何の問題もない、という事ですわね?」


 ぴくりとシグルドの耳が動いた。

 突拍子もないアレクシアの言に、ラファエルが目を見開く。

 ギルバートは―― にこりと笑った。


「そういうことになります、アレクシア殿下」

「兄上!気でも違ったのですか!?」

「―― 面白れぇ。よう、ギルバート。そこまで言うんなら、何か考えってのがあっての事なんだろうな?集団戦は勿論ナシだ。あくまでテオドール自身が戦うんだぜ」


 猫のように瞳を光らせたシグルドが、目を眇めてギルバートを見やった。

 これ以上ないほどの貴族的な笑みで視線を受け止めると、ギルバートは顎を引く。


「アルフォンスは炎の魔術師として名高い、ベルンシュタイン家の嫡男です。絶対に炎を使用してくるでしょう」

「で、どうする?こいつの汗じゃあ炎は消えないぞ」

「パン焼き窯です」

「――は?」


「パン焼き窯ですよ、シグルド卿。テオドールと言えば、パン屋の息子です。古の『鉄理の審判』において、その身を立てるための『職具』の持ち込みを制限する項目はありません。パン焼き窯ぐらいは持ち込ませてもらえるでしょう」


「……成程。お前、さては性格悪いな?」

「あなたには言われたくありません、イースラン殿」


「テオドール。……立て。パン屋の看板を背負って、そのガラクタと一緒にリングに上がれ。お前の道具を、あいつらを焼き払うための導火線にしてやるよ」

「ひいいいい! 結局戦うんですかぁぁぁ!!」


 絶望するパン屋。微笑む門番。そして、胃薬を飲み干す隠蔽術師。

 アイゼングラードの歴史を塗り替えるための、作戦会議が始まろうとしていた。


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