20.怪物 VS 筆頭魔術師
そして、翡翠クラスの「魔術・剣術合同特別授業」の日。
訓練場はいつもと空気が違った。
女子生徒たちの熱気が、物理的な温度を上昇させているのだ。
要因としては二つ。
「ア、アレックス殿下―― ともに学べる光栄に感謝申し上げます」
「まあっ、ラファエル様!こちらこそ、先輩であるラファエル様と一緒に授業を受けられるなんて、とっても光栄ですわ!」
そこには、なぜか一学年上である筈のラファエルの姿があった。
恭しくアレクシアに膝を折るラファエルの姿に、にわかに女子生徒たちが熱狂を帯びる。蜂蜜色の髪を耳にかけ、騎士然としたラファエルは、思春期の女子にとっては眩いばかりの憧れである。
そして、もう一人。女子生徒達の視線をとらえて離さない人物がいた。
「……あの方が、ヴァイセン公爵家のシグルド様?」
「なんて凛々しいお姿……! 白銀の髪が陽光に映えて、まるで物語の騎士様のようだわ」
「しかも独身で、婚約者もいらっしゃらないとか……」
「キャーッ! 目が合った気がしますわ!」
訓練場の中央。そこに立っているのは、模擬刀を肩に担ぎ、気だるげに佇むシグルドだった。見上げるような長身に、鍛え上げられた肉体。乱れた白銀の髪は野性味を帯び、鮮やかな青い瞳は見る者を射抜くような魔力を秘めている。
黙っていれば、完璧な「高貴なる騎士様」だ。
現皇帝の甥であり、公爵家の嫡男。地位、名誉、実力、そして美貌。全てを兼ね備えたスーパー優良物件である彼に、学園の令嬢たちが色めき立つのも無理はない。
(……ケッ。騙されやがって)
その光景を、列の最後尾で眺めている男がいた。
勿論、イースランである。
彼は知っている。あのキラキラした皮の中に、「タカリ魔」で「性格破綻者」で「人の不幸を肴に酒を飲む害獣」が詰まっていることを。
「あいつの正体を知ったら、全員卒倒するぞ……」
イースランがボソリと呟くと、隣にいたアレクシアが不思議そうに首を傾げた。
「イースラン? どういたしましたの?」
「あの男を見るだけで、重たい風邪の諸症状に見舞われるんですよ。あいつは菌です」
「菌? お兄様が?」
「ええ。帝国を滅ぼす悪魔みてぇな病原体です」
イースランが呪詛を吐いていると、中央のシグルドがパンと手を叩いた。
「よーし、注目。今日の講師を担当するシグルドだ」
一見爽やかな声が響き、女子生徒たちが「はふぅ……」とため息をつく。
シグルドはニカっと笑い、白い歯を輝かせた。
「今日のテーマは実戦形式の防御演習だ。 俺が魔法を撃つから、それを防ぐなり避けるなりしてみろ。……じゃあ、手本を見せてもらおうか」
シグルドの青い瞳が、獲物を見つけた猛禽類のように細められ―― 生徒の列の最後尾で、気配を消していた少年を捉えた。
「イースラン君。前に出ろ」
「……断る」
「単位やらねえぞ?」
イースランは盛大に舌打ちをし、よろよろと前に出た。
周囲の生徒たちは心配そうに見守っている。「あんな不健康そうな子が、特別講師の相手なんて……」「死ぬんじゃないか?」というヒソヒソ声が聞こえる。
「じゃあ行くぞ~。ちゃんと防げよ~?」
シグルドがニヤリと笑い、軽く剣を振った、その瞬間だった。
「死ね」
俯いていたイースランがボソリと呟くと、彼の足元からドス黒い魔法陣が展開した!
『―― 術式解放・重力崩壊』
防御ではない。
回避でもない。
―― それは、純粋な殺意を込めた、超級の殲滅魔法だった。
「えっ!?」
生徒たちが絶句する間もなく、訓練場の空間が歪み、シグルドを中心とした一帯に超重力が叩きつけられた。
地面が陥没し、衝撃波が訓練場を揺らす。「自称」病弱な少年の手から放たれたとは思えない一撃である。
「……おおっと、危ねえな」
だが。
砂煙が晴れたあと、シグルドは涼しい顔で立っていた。
彼の周囲だけ、重力の影響を受けていないかのように地面が平らなままだ。
手にした模擬刀には、魔術を切り裂いた痕跡である青白い雷光が纏わりついていた。
「イースランく~ん? 『防御』演習だって言ったよね? なんで初手から殺しに来てんだ? しかも無詠唱で」
「手が滑った。病弱だから……」
「嘘をつけ! 殺意満々だっただろうが!」
「黙れ害虫!羽音がうるせえ!てめえを見ただけで、その日は一日暗い気分になるんだよ!!―― 死ね!!」
虚空が輝き、美しい陣形が現れる。
この国の筆頭魔術師が紡ぐ、密度の濃すぎる魔法陣だ。炎の槍、氷の刃、真空の鎌。それら全てが、「授業中の事故」を装った致命的な一撃を狙っていた。高等魔術のバーゲンセール、歳末大売出しの大博覧会である。
イースランの三白眼はぎらつき、剝き出しのギザ歯がぎりぎりと軋る。ざらついた殺意が砂嵐となって湿度を奪う。ガチのマジでシグルドを殺しにかかっていた。
何人かの生徒が哀れにも爆風に巻き込まれるが、怪我を負った様子はない。矢継ぎ早に出される攻撃に呆然としたまま尻もちをついている。
「―― よぉ、どうした特別講師! 生徒のうっかりを捌けねえのか!?」
「ハッ! 元気がいいなァ重病人! ―― それじゃあ俺も、指導してやるよ!」
シグルドが獣のような笑みを浮かべた。
とん、と地面を蹴ると、襲い来る炎の蛇を切り裂き ―― 刀身に纏わりつかせた!
「―― お前の魔法、そのまま返してやるぜ!」
蛇の色が白く変化する。
―― 一閃。
雷蛇と化した魔力が唸った。筆頭魔術師であるイースランの魔素を喰らい、上書きしたのだ。シグルドもまた、形容しがたい化け物の一角なのである。銀光が螺旋を描いて一直線にイースランを飲み込もうと走り――
「フン。てめえの魔力に呑まれるかよ!」
手をかざす事もない。腕を組んだままのイースランの目前で、雷蛇は霧散した。
子供の喧嘩であった。しかし、帝国最強レベルの剣士と魔術師の喧嘩でもある。
その凄まじさは、十五歳の少年少女に理解できる範疇を超えていた。
――そう。十五歳の、少年少女である。
シグルドは剣を肩に担ぐと、にこやかにイースランへと語りかけた。
「イースランく~ん。もうここらへんにしておいた方がいいと思うんだよね」
「あ!?止める訳ねえだろうが!」
「そうじゃなくてさあ。周り見てみ?」
圧倒的な静寂が演習場を包んでいる。
全員が、化け物を見るような目でイースランを見ていた。
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