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2.夢見る最強皇女

「どうしましょう! 学園に通えるなんて、夢みたいですわ!」


 ところ変わって、王宮の最奥。皇女たちに割り当てられた離宮の一つで、笑い声が弾けた。窓から差し込む陽を浴びて、流れるような銀髪が輝きを放つ。

 それは美の女神が、最高の銀と硝子を用いて造形した「生ける彫像」のようだった。

 ただそこに佇んでいるだけで、周囲の空気がピンと張り詰める。研ぎ澄まされた刃のような、触れれば切れるほどの美貌。


 鏡の前でくるりとターンを決めている少女こそが、第五皇女アレクシアである。

 頬を紅潮させ、うっとりと鏡の中の自分――ではなく、未来の学園生活に想いを馳せながら、彼女は両手を合わせる。


「イースランってば、あの不機嫌そうなお顔で、教科書をめくったりしちゃうのかしら?『フン、千年前にやった術式だぜ…』とか言っちゃって!

 あ~~~、そんなの絶対、面白すぎますわ!ツッコミが追いつかないのですわ~~!」


 声は楽しげに弾んでいる。しかし、鏡に映るアレクシアの顔は、ピクリとも動いていなかった。菫色の瞳は冷徹に澄み渡り、口元は真一文字に結ばれている。まるで、次の瞬間に処刑宣告を下す絶対零度の女王のように。


 どうしてこう、独創性のある妄想をなさるのかしら……。

 背後で控える専属侍女のモニカが目頭を揉んだ。そのまま、困り果てたような溜息をつく。


「アレクシア様……。イースラン様は、我が帝国きっての天才と名高いお方……それを、なんと申しますか、その……便利な小間使いのように連れ歩くなど……」


 モニカは言葉を濁したが、その目は「あの人が可哀想だと思わないのですか」と訴えている。 アレクシアはキョトンとしてから、ビッカビカに瞳を輝かせた。つめたい菫色の虹彩が、世界観を超越し、ネオ・トーキョーのネオンの如くに輝いた。


「あらモニカ。あなた、イースランのことを過小評価しています」


 アレクシアは、自らの腕にはまった、複雑な文様が刻まれた「腕輪」を愛おしそうに撫でた。


「わたくしの体が溢れる魔力で爆発しそうだった時、誰もが諦めたのに、イースランだけがこの腕輪を作って救ってくれたの。忘れもしないわ。七年前、わたくしが……」

「殿下。大丈夫です。そのお話は、覚えている限りで千回以上お聞かせ頂いています。持ち歌か?ってぐらい一字一句諳んじる事ができます。大丈夫です」


 モニカはもう一度、大丈夫です、と繰り返し、ちらりとアレクシアの顔を見る。

 まごう事なき鉄面皮がそこにはあった。

 ……聞いてないな?

 アレクシアの表情は全く動いていなかったが、全幅の信頼と、疑いようのない尊敬に満ちていた。


「死の淵から私を救い出したイースランに、不可能なことなんてありません!」

「……」


 結局のところ。殿下は、イースランの事を、道具ではなく「万能の神」か何かだと思っている、とモニカは理解した。 父親をスーパーマンだと信じている幼子のように、「イースランなら何でもできる」と信じて疑っていない。


(ああ、これは道具扱いされるよりタチが悪い……)


 モニカは静かに天を仰いだ。あの常に不機嫌で、目の下に隈を作っている青年の、胃に穴が開く音が聞こえた気がした。


「あ~~~~!明日まで待ちきれないわ!私、ちょっと出てきます!」

「――ア、アレックス様!……お待ちください!」


 イースラン様の胃が消滅しますよ……!


 その声は、アレクシアに届くことはなかった。

 アレクシアは雛鳥が親鳥を呼ぶような足取りで、意気揚々と部屋を飛び出した。

 その背中には、目に見えない翼が広がっている。イースランが「授けてしまった」、彼女を世界へと羽ばたかせる翼であった。


◇◇◇


「……はぁ~~~~~」


 謁見の間を出たイースランは、重い足取りで裏口へと向かった。

 表の回廊を通れば、間違いなくアレクシアに見つかる。あのお姫様の「イースラン検知能力」は、野生の獣か、あるいは伝説の探知魔法レベルで鋭い。真っ直ぐ帰るのは自殺行為だ。


「ここは遠回りだが、近衛騎士団の『第三訓練場』を抜けるか……」


 汗臭い筋肉だるまの騎士たちがシゴかれている場所など通りたくはないが、あの「災害」に捕まるよりはマシだ。イースランは自分の判断を自画自賛し、人目を避けるように裏ルートへと足を向けた。


 石畳を叩くかかとの音が響く。 静かな廊下を抜け、訓練場の重い鉄扉の前に立つ。ここを抜ければ、魔塔への裏口はすぐそこだ。


「よし……これで今日の平和は守られ――」


 イースランが重い扉を、ギギギ……と押し開けた、その時だった。


「ほら… 怖くない……」


 そこには、元気に八本足の聖獣(仔馬)を手名付ける銀髪の少女の姿が!!


「もおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 喉を掻きむしる絶叫を放ち、イースランは即座に陣を展開した。

 常日頃からアレクシアの奇行に付き合わされている彼の、涙なしには語れない反射神経の賜物である。空間を捻じ曲げ、精神世界(アストラルサイド)から魔法陣の「元型(アーキタイプ)」を引っ張り出してくるこの”荒業”は、長きにわたる帝国の歴史の中でも、使える人間が片手に収まるほどの高度な魔術なのだ。

 何しろ、鋳型である。魔法の「元型」に流された魔力は、”絶対に失敗しない”という特性を持っている。

 イースランはそれを惜しげもなく放った。身をめぐる魔力が六割方蝕まれる。


『―― ”疾く還りたまえ”!』


 展開されたのは、「帰還」の術式だ。

 それによって、アレクシアの手の中でうっとりと目を閉じていた仔馬は跡形もなく消え去った。


「――――ーっ…、、、 ~~、、……!!」


 もはや言葉もない。夕暮れにきらめく粒子が、仔馬が精霊界へと帰還した証である。スレイプニルとかいう伝説の聖獣の名前をイースランは知らない。最も速く走る軍馬なんて知らない。今、記憶から消したから。そんな聖獣はいないのだ。いないからノーカンなのだ。


「まあっ、イースラン!わたくし、あなたを探して――」

「―― アレックス」


 ぴたりと足を止めた少女―― アレクシアは、ゴクリと喉を鳴らした。

 こめかみに一筋の汗が流れる。

 そこには、「この世の終わり」を体現した男が立っていた。


「ひぃっ!!」


 イースランは無言だった。 だが、その鋭い八重歯はギリギリと鳴り、死んだ魚のような瞳には、地獄の業火が灯っていた。背後にはドス黒いオーラが見える。


 アレクシアの顔が、劇画調になった。

 言葉はなくとも、伝わる。今、目の前の男は、アレクシアを八つ裂きにするレベルで怒り狂っているのだと……


「ごめんなさい」


 アレクシアは土下座した。

 鋼鉄の帝国の、異能の第五皇女の土下座は安かった。


「今のはなんだ」

「そ、そのぉ~…茂みの中がぴかっと光ったような気がして、覗き込んだらあの子がいて…」


 イースランの目から黒い炎がほどばしった。


「安易に!動物を!……拾ってくるなと言っただろうがーーーーーーッ!!」

「ひ~~~ッ!!ごめなさい!!もうしません!もうしませんからあ~~ッ!!」

「禁止項目第五条に抵触したなッ!!今回は……」


 アレクシアは耳を塞いだ。


「”魔力供給ハムスターハウスの刑”だ!!早く来いッ!!向こう一か月分の魔力を搾り取ってやる!!キリキリ歩けッ!!」

「いたたたたッ!!イースラン、ステイ!ステイですわ!ほら怖くない!」

「お前以上に怖い物なんざ存在しねえんだよ!!」


 魔力供給ハムスターハウス。

 魔塔に存在する、アレクシアのための反省装置である。

 巨大な回し車の中で、アレクシアが反省しながら(あるいは号泣しながら)極限まで身体強化をかけて走る事で、莫大な魔力を貯めることができる画期的な装置なのである。

 魔力制御の腕輪のおかげで、絶好調になったアレクシアが東宮を吹っ飛ばした時に制作され、以降、何かにつけて王宮のインフラに必要な魔力を潤す事になったのだった。


 無表情のまま左耳をねじられ、大騒ぎで引っ立てられていくアレクシアを呆然と見送る騎士団の面々が、ぽつりと呟いた。


「なあ…… あのお二人がいる限り、騎士団とかいらないんじゃ……」

「…… お前、バカだなあ」


 遠い目をした同僚の騎士が零す。


「ゴブリン相手に核弾頭なんか打ち込んだら、村どころか国ごと滅びるだろ……」

「ああ……」



お読みいただき本当にありがとうございます。

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