19.有能な奴は性格が悪い
ラファエルを見送ったシグルドが、伸びをしながら廊下に出た時だった。
向こうから、銀髪の美少女と、その背後霊のような陰気な少年が歩いてくるのが見えた。
「お? 噂をすれば」
シグルドの視線が、少年に釘付けになる。
土気色の肌。頬はこけ、目の下には、まるで墨を塗ったかのようなドス黒い隈が刻まれている。
猫背で、今にも地面にめり込んで消えそうなその姿は、病弱というより「埋葬待ちの死体」に近い。
学園潜入用に幻術で変装した、イースランの姿だった。
「…………ぶっ」
シグルドは吹き出した。 最初は小さな笑いだったが、すぐに堰を切ったように爆発した。
「ぶはっ……! げほっ、ごほっ……! な、なんだそのツラは……!?」
「…… シグルドお兄様?」
アレクシアがキョトンとして立ち止まる。黙っていれば相変わらずの美少女だ。
その横で、イースランの死んだ魚のような目が、あまりの驚愕に見開かれた。
「ぎゃっはっは!!待て待て待て、最高すぎるだろ!!そうだよなあ、お前、そんな感じだったよなァ!!」
シグルドは壁に手をつき、呼吸困難になるほど笑い転げた。
十五の頃のイースラン。もう十年前にはなるだろうか。それを思い返して爆笑しているのだ。イースランの血管が、ぶちぶちと切れていく音がした。
「お前、どう見ても職質されるレベルの不審者じゃねえか!!しかもよぉ、その目つき!殺意ダダ漏れなんだって!―― 待て、まじで無理だって!何目指してんだよ!!」
涙を拭いながら、ゼーゼーと息をするシグルド。
イースランのこめかみに……否、全身に青筋が浮かんだ。
「…… てめえ、なんでこんなとこにいる」
地獄の底から響くような怨嗟の声。これには通りがかった桃色髪の女生徒も「ヒッ」と悲鳴を上げて逃げ出した。
「言ったろ? 俺は今日からここの『特別講師』だ。剣術と魔術の応用クラスを担当することになった。よろしくな~、イースラン君? ……っぷ、くくく!」
「―――― はあぁぁぁぁぁ!?」
イースランが絶叫した。
学園という、ただでさえ胃痛を加速させる場所に、最大の汚染源が投下されたのだ。
「まあ! シグルドお兄様が先生に!? 素敵ですわ!」
「だろ? 任せとけアレックス。俺が来たからには、学園生活を百倍面白くしてやるよ」
「阿呆か!! 帰れ!! 今すぐ辞表を書け!!!」
イースランが叫ぶが、シグルドは全く聞く耳を持っていなかった。小指で耳をほじりながら、面倒くさそうに答える。
「そうカリカリすんなって。お前らがいなくて寂しかったんだよ」
「嘘をつくんじゃねえよ!お前 、今頃は北の山脈で、結界補修中に現れた魔獣討伐の指揮を執ってるはずだろ!?なんでここにいられるんだよッ!」
イースランが顔を赤黒くして詰め寄る。シグルドは帝国屈指の魔剣士であり、現在は北方の重要任務に就いているはずだった。それを放り出してここにいるとなれば、軍法会議モノだ。
「ああ、あれな」
シグルドは事もなげに言った。
「学園の講師するからって、全部部下に丸投げしてきたわ」
「―― は?」
「大丈夫だって。あいつら優秀だし。万が一ヤバくなったら、俺のポータルでお前を連れて現地へ飛ぶから」
「ふざけるなァァァァァッ!!!」
イースランの怒号が廊下に響いた。
「俺を巻き込むんじゃねェッ! 俺は学生だぞ(偽装中だが)! 部下に丸投げ!? 職務放棄だろ!?」
「いやぁ、俺もそう思ったんだけどさ。親父殿に『可愛いアレックスの身辺警護も兼ねて、学園に行きたいなぁ(チラッ)』って言ったら、二つ返事でOK出たんだよ」
「あの親バカがァァァァァァ!!!」
イースランが頭を抱えた。どうなってんだ……。この国もうダメだろ……。とはっきり顔に書かれている。
笑いが止まらない。苦労が似合うやつっているよな、とシグルドは思った。
だから、絶望に打ちひしがれるイースランの耳元に顔を寄せ、そっと囁くのだ。
「ま、そう怒るなって。……ほら、お前が胃を痛めてた『ラファエルの勘違い』、俺がこっそり解いておいてやったからさ」
「……は?」
イースランが顔を上げる。シグルドは唇を微かに歪ませ、肩をすくめてみせた。
「あいつ、真っ白に燃え尽きてたけど、ちゃんと『あれはプロポーズじゃねえ』って理解したぜ。感謝しろよ?」
「……は?……え?」
「まー、皇族の俺が言うのが一番角がたたねえと思ってさ。そう言う訳だから」
びきっと音がして、イースランが完全に硬直する。
シグルドにはイースランの考えている事が手に取るように分かった。
煩悶するイースランを見て、シグルドは満足し、『貸し一つな』と唇の動きだけで宣った。
「おまッ……、このッ……!!~~~~~~~……!!!」
「イ、イースラン、あなたの影、凄いことになっていますわ!角が…!?え…!?まだ生えますの……!?」
アレクシアの驚愕の声が聞こえる。一体何が見えているのだろうか。
一方、イースランは百面相をしていた。
怒り。呆れ。感謝。殺意。
相反する感情が脳内でカクテルされ、情緒が滅茶苦茶になっているのだろう。わなわなと震えるイースランの肩をぽんぽんと叩くと、シグルドは高笑いしながら廊下を進むのだった。
「あああああッ!!殺す!!!三万回殺す!!!!」
「イースラン!そうなると、シグルドお兄様は三万回蘇ってしまう事になりますわ!」
「わかった、一回でいい!あいつは封印が必要だ!!魔王封印する壺持ってこい!!」
―― こうして、新たな火種が学園に定着し、イースランの胃薬の消費量は倍増することが確定したのである。
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作者がコミュ障でテンプレートのあとがきばかりでなんともはやですが、
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