18.悲報「勘違いだからw」
アレクシアから剣を賜った、幸せな放課後の翌々日。ラファエルは、強張った顔で職員室の扉をノックした。
呼び出しを受けたのだ。相手は担任ではなく、なぜか生徒指導主任のラインハルトでもなく――「特別講師」を名乗る人物からだった。
「おーー。入っていいぞ」
ぞんざいな返事を聞き、扉を開ける。
そこにいたのは、教官用のデスクに足を投げ出し、行儀悪く座っている青年だった。
整った顔立ちだが、その青い瞳には人を食ったようなニヤけ色が浮かんでいる。
「失礼します。……あの、貴方は?」
「よお、ラファエル君だっけ? 俺はシグルド。シグルド・フォン・ヴァイセンだ。ま、一応皇族の端くれだな」
シグルドは、まるで今日の天気の話でもするかのように自分の身分を明かす。
ラファエルは硬直した。ヴァイセン公爵家。現皇帝の甥。つまり、目の前のこの軽薄そうな男は、アレクシア殿下の従兄にあたる雲の上の存在だ。
「はッ……! し、失礼いたしました! お目にかかれて光栄で――」
「あー、いい、いい。そういう堅苦しいのはナシだ。俺は今日、個人的な趣味……じゃねえや、視察に来ただけだからな」
シグルドはヒラヒラと手を振ると、ニヤリと笑って一枚の羊皮紙を突きつけた。
それは、二学年に上がる際の、昇級試験におけるラファエルの成績表だった。
「剣術実技、満点。座学も優秀。魔力量はそこそこだが、制御のセンスがいい。……お前、いい素材だな」
「は……恐縮です」
「で、だ。聞いたぜ? お前、アレックスから剣を貰ったんだって?」
心臓が跳ねた。
ラファエルは顔を真っ赤にして、直立不動の姿勢をとった。
「は、はい! 殿下より賜ったこの身に余る光栄……! この剣に誓って、生涯殿下にお仕えする所存です!」
「うんうん、熱いねぇ。……で、お前まさか、『プロポーズされた』とか思ってねえよな?」
空気が凍った。
ラファエルの表情が、赤から白へ、そして青へと変わっていく。
「え……?」
「いやぁ、イースランのやつから話を聞いてな」
「イースラン…殿、ですか?」
「そ~。アレックスの『従者』な!あいつも常識が欠如しててねえ……まぁ、話聞いた時は笑ったよなあ!」
シグルドは腹を抱えて笑い出した。
「あれはな、単なる『お詫びの品』だ。お前を校門で吹き飛ばしたことへの賠償と、ボロボロの剣を使ってたお前への恵み。それ以上でも以下でもねえよ。つーか、常識で考えろよ。皇女が、平民上がりの貴族の次男坊に、校舎裏で求婚するか? 普通」
「あ……、あぁ……」
ラファエルの膝から力が抜けた。
薄々は気づいていた。いや、気づかないふりをしていた。「ワンチャンあるか?」という淡い期待は、皇族から、常識という名のハンマーで粉々に砕かれた。
恥ずかしい。穴があったら入りたい。いや、今すぐ舌を噛み切って死にたい。ラファエルは日に焼けた肌を赤く染め、うつむいてぷるぷるした。アレクシアが見たら、『まあ、ラファエル様の頭にワンちゃんの耳が見えますわ!?』と言うような、哀れを誘う光景であった。
「ま、そう落ち込むなよ。アレックスがお前を気に入ってるのは本当だぜ? 『お友達』としてな」
シグルドは、崩れ落ちそうになるラファエルの肩をガシリと掴んだ。
その瞳から、先ほどまでのふざけた色が消え、鋭い剣気が放たれる。
「勘違いは終わりだ。だが、才能まで終わったわけじゃねえ。お前、ただの騎士で終わるつもりか? それとも――『魔剣士』を目指してみる気はあるか?」
「……魔剣士、ですか?」
「ああ。剣に魔法を乗せて戦う、攻防一体の技術だ。お前の魔力制御のセンスと剣技があれば、化けるかもしれねえぞ」
シグルドはラファエルの目を真っ直ぐに見据えた。
「アレックスの隣に立ちたいなら、普通の騎士じゃ力不足だ。あいつは『災害』だからな。守るにしても、並大抵の力じゃ吹き飛ばされるぜ」
「……ッ」
その言葉は、失恋(勘違い)のショックで空っぽになったラファエルの胸に、新たな火を灯した。
そうだ。プロポーズではなかった。でも、友人として認めてくれた。
ならば、その友人に相応しい男になればいい。彼女を守れる、最強の盾に。
「……御言葉、まことにありがたく。ご指導を賜れるのなら、この上ない名誉でございます」
「いい返事だ。ま、俺は気まぐれだから、気が向いた時しか教えねえけどな」
シグルドはニカっと笑った。
こうして、ラファエルの「青春の勘違い」は幕を閉じ、新たに「魔剣士への道(地獄のシゴキ)」が幕を開けたのである。
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