16.青春をドブに捨てた罪:罰
その日の深夜。
魔塔の最上階に近いイースランの自室。
普段は静寂に包まれているはずのその部屋に、無遠慮な足音が響いた。
「よお、イースラン。開けるぞ」
ノックもそこそこに、分厚い扉が蹴破られるような勢いで開く。
入ってきたのは、彫像のような青年だった。
長身のイースランをさらに頭一つ超える鍛え上げられた長躯。乱れた白銀の癖っ毛に、鮮やかな青い瞳。
恐ろしいほど整った顔立ちをしているが、その口元には人を小馬鹿にしたようなニヤけ面が張り付いており、ガラが悪いことこの上ない。
彼こそはシグルド・フォン・ヴァイセン。
現皇帝の甥であり、アレクシアの従兄にあたる、正真正銘の皇族である。
……まあ、本人の素行は皇族のそれとは程遠いが。
「……チッ。最悪のタイミングで最悪の害獣が来やがった」
ソファに深々と沈み込んでいたイースランは、入ってきた闖入者を見るなり露骨に顔をしかめ、盛大に舌打ちをした。
ギルバートは逃走し、ラファエルが勝ち、丸く収まった。剣も渡せたし、これでラファエルも学園内における護衛として役に立つだろう。
今日の仕事を終え、ようやく安息の時間を得たところだったのに、その平和は脆くも崩れ去った。
「お疲れさ~ん、筆頭魔術師どの! ……おっ、いい酒飲んでんじゃねーの」
シグルドはずかずかと部屋に入り込むと、イースランの手からエールの瓶をひったくり、勝手にラッパ飲みした。
「ぷはぁっ! 上物だな。さすが魔塔の予算を食いつぶしてるだけはある」
「てめぇ……俺の秘蔵のエールを……。タカりに来たなら帰れ。警備兵を呼ぶぞ」
「つれねえなぁ。従妹の教育係殿を慰労しに来てやったってのによぉ」
シグルドは悪びれもせず、ソファの空いているスペースにドカッと座り込んだ。皇族という立場を笠に着て、魔塔に入り浸る迷惑極まりないタカリ魔だ。
彼は魔術だけでなく剣技にも優れた魔剣士だが、その才能のほとんどを「いかに楽をして成果を上げるか」に費やしている。能力は高いが勤務態度は最悪。イースランにとっては「関わりたくない人間ランキング」の不動の上位ランカーである。
「で? 聞いたぜ、今日の一件。……アレックスが、ラファエルとかいう坊主に剣を贈ったんだって?」
シグルドがニヤニヤしながら切り出した。
その青い瞳が、獲物を甚振る猛禽類のように細められる。
「……ああ。俺が街で見繕ってやったやつな。あいつが竜殺しなんて国宝を贈ろうとしてやがったから、実用的なモンを贈れっつって……」
イースランが吐き捨てるように答えると、シグルドの目が見開かれ、そして――盛大に吹き出した。
「ぶふぉッ!! おま……ッ、マジかよ!?」
「あ? なんだよ汚ねぇな。カーペットが汚れたら請求書をお前の実家に回すからな」
「くくッ……あーーーはははははッ! 傑作だ! お前、まさか知らねえのか!?」
シグルドは腹を抱えて笑い転げた。イースランの眉間に深い皺が刻まれる。こいつと話していると寿命が縮む気がする。
「何がおかしい。さっさと帰れ」
「いやいやいや! 帰るわけねえだろ、こんな面白いネタ! お前、アレックスに剣を渡させたんだろ? しかも『夕暮れ時』に、『二人きり(に見える状況)』で!」
「……そうだが? それがどうした」
「お前なぁ……。魔導書ばっか読んでねえで、たまには貴族のマナー教本も読めよ」
シグルドは涙を拭いながら、愉悦に満ちた声で告げた。
「帝国貴族の作法において!
『高貴な女性が』『特定の男性に』『夕暮れ時に』『剣を贈る』という行為が何を意味するか……マジで知らねえのか?」
「だから何なんだよ。勿体ぶるな」
「古語で『汝、我が半身となりて、共に夜を越えよ』……つまり、『プロポーズ』だよッ!!!」
――時が、止まった。
イースランの手から、取り返そうとしていたエールの瓶が滑り落ちる。
ガシャーン!! という破砕音が、やけに遠くに聞こえた。
「……は?」
「だから!! アレックスは!!全校生徒の噂になるレベルで、ラファエル君に公開プロポーズしたことになるんだよ!!
しかもイースラン、お前が剣を用意したってことは……『仲人』をやったも同然だなぁ!?」
「あ……、あ、あぁぁぁ……」
イースランは膝から崩れ落ちた。
脳裏に浮かぶ、ラファエルのあの熱っぽい瞳。
『我が命、我が魂、全てを捧げます』という言葉。
(あれ、ガチの誓いだったのかよぉぉぉぉぉぉ!!?)
後悔。絶望。そして胃痛。
理性が焼き切れ、代わりに原始的な生存本能が脳を支配した。
「うわぁぁぁぁぁ!! 俺が! 俺がフラグを!!!!!!」
イースランは血走った目で立ち上がると、野獣のような勢いでシグルドの胸倉に掴みかかった。
「おいシグルドッ!! てめェ、時を戻せ! 今すぐだッ! 皇家の秘術でもなんでも使ってあの夕陽の時間を消し飛ばせ!!」
「ぶっ、くくく……! 落ち着けよイースラン、顔が必死すぎてウケるんだけど!」
「笑ってんじゃねえ! 俺の首がかかってんだぞ!! さっさと時空間魔法を発動しろぉぉぉ!!」
錯乱し、ガクガクとシグルドを揺さぶるイースラン。
だが、体格差はいかんともし難い。シグルドは爆笑しながら、まとわりつく魔術師の襟首を掴み、軽く持ち上げた。
「あ~、うるせえ。酒が不味くなる」
「あ、てめぇッ――」
ドガァァァンッ!!
シグルドはゴミ袋でも捨てるかのように、イースランを部屋の隅へと放り投げた。
魔導書が積み上げられた山に、筆頭魔術師が頭から突っ込む。
それを肴に、シグルドは新しい酒瓶を勝手に開け、美味そうに喉を鳴らす。
「カッカッカ! 皇女殿下の婚約者爆誕かぁ。こりゃあ、親父殿に知れたらお前の首が物理的に飛ぶなぁ? 精々あがけよ、隠蔽術師」
迷惑な闖入者の高笑いと、イースランの絶叫。
勘違いの婚約(?)は成立し(?)、学園はさらに混沌の渦に包まれるのであった。
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