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11.自分で穴を掘ればいいのかしら?

 放課後の保健室。西日が差し込む静かな部屋に、不釣り合いなほど優雅な空間が出来上がっていた。


「ごきげんよう、ラファエル様。お加減はいかが?」

「は、はい! おかげさまで、痛みも全くなくなりました!」

(もうかよ……!?いくら治癒師が優秀だからって、頑丈すぎるだろ)


 イースランが目を剥いてラファエルを見る。

 通常の治癒師たちが行使する神聖魔法には代償がある。


 急激な治癒は、「対象」の寿命を削るのだ。肉体の損壊を一瞬で治癒する為には、術者の技量に応じた寿命を差し出す必要があるとされている。

 そのため、緊急性のない怪我に関しては、しかるべき日数を掛けて治癒を行う。


 ただし例外がある。強靭な肉体は神聖魔法との相性が良く、回復力が異常に速い。

 おそらく、ラファエルがぴんぴんしているのは、鍛え方が違う―― というやつなのだろう。


 ベッドに上半身を起こしたラファエルは、確かに不自由のない様子だ。その横で、アレクシアがぴんと背筋を正して座っていた。彼女がこの部屋に通い詰めるのは、これで三日連続だった。


 帝立学園の「保健室」は、そのこじんまりとした名前からは想像もつかない広さを誇っている。いっそのこと「病棟」と言った方が相応しい。なぜこのような規模の病棟が併設されているかと言うと、アレクシアが巻き起こす被害を見越して―― ではない。


 元々「そう」なのである。

 魔獣討伐の演習や、上級召喚術なども扱う危険な授業があるためだ。


 演習中に命を落とす生徒もいる。それぐらい、実地に重きを置いた内容なのだった。定立学園に入学する際、彼らは保護者とともに誓約書を書かされる。


「学園の授業において、いかなる事態が発生した場合でも、異議を申し立てることはありません」という誓約書だ。


 そのため、通常の保健室機能を持つ「保健室」とは別に、神聖魔法に通じた治癒師たちが常駐する病棟が併設されているのである。


 ラファエルが入院しているのはこの、病棟部分の個室だった。


(しかしまあ、なんというか。ブッ飛ばして重体負わせた奴に、うまい事懐かれたもんだな。善人にお人好しのパウダーを振りかけて、聖女の窯で長時間煮込んだような騎士様だから、仕方ねえのか)


 失礼すぎる感想を以って、イースランは部屋の隅から二人を見ていた。

 傍から見れば、奇妙な光景だ。絶世の美貌を持ちながら、表情筋が完全に死滅している「氷の皇女」。そんな彼女を前に、包帯ぐるぐる巻きの少年が、緊張しつつも頬を緩めている。


「そうですか!それはよかったです。 ……もう、わたくし、恥ずかしすぎて穴があったら入りたいぐらいですわ。ラファエル様をブッ飛ばしてしまった時のクレーターに入っておけばよかったですわ」

「え!?」

「自分で穴を掘ればいいのかしら……?」

「いや……、それは、どうでしょうか……?」


 アレクシアの声は、死滅している表情筋とは裏腹に、ずいぶんと明るかった。彼女の周囲には目に見えないピンク色の花びらが舞っている。話している内容が”アレ”すぎるのは、目を瞑ってほしい。


(これがお友達……! これが放課後のお喋りですのね!過保護すぎるお父様のせいで、同年代のお友達は結局できずじまいでしたけど…… 漸くわたくしにもお友達ができたのですわ!!う、う、嬉しいがすぎますわ~~~~!!!)


 アレクシアの内心は、スキップをしながらお花畑を駆け回っていた。初めてできた「対等(だと思っている)な友人」。その存在が嬉しくてたまらないのだ。


 一方、ラファエルもまた、不思議な居心地の良さを感じていた。

 自分に向けられてきた目を思う。


 値踏み。憐憫。憎悪。媚態。


 そのどれもが、少しずつ自分を削って行くようだった。アレクシアの態度は、そのどれでもない。鉄壁の無表情ではあるが、彼女が何を考えているか、ラファエルは不思議と理解ができる気がした。


 彼女が、今、楽しんでいる。それが、何よりも嬉しいと思うのだ。


「それでですね、イースランってば、初級召喚術の講義でケルベロスを呼んでしまったんです。等級一位の魔獣ですのよ!!もう、先生のお顔ったら、傑作でしたわ!!」

「え!?」

「わたくし、もうお腹が爆散するかと思ったんですけれど、イースランってば空気を読んでしまって……。すぐに『帰還』の術式でケルベロスを」

「お前は何を話してんだよッ!!」


 スパーンッ!とアレクシアの頭をイースランが張った。

 

「い、痛いですわ!真実を話しただけなのに!!横暴ですわ~~~~~!!」

「ほーーー。なら言ってもいいんだな?お前が、神聖魔法の講義で、うっかりクラスメイトの腕を三本……」

「え!?」

「まあッ!!その話は駄目です!!恥ずかしすぎて、お父様を爆散させてしまいますわ!!!」

(腕を三本……!?)


 腕を三本、どうしたというのだろうか。お父様とは、皇帝の事だろうか…?爆散…??

 気になりすぎる話題ではあるが、ラファエルはふふ、と笑みを零した。


 従僕にすぎないイースランが乳兄弟のようにアレクシアに絡み、アレクシアがうれしそうに応えている。頭を張るなど不敬だと言えば、それは十全に正しいだろう。だが、それ以上に、目の前の皇女が”嬉しそうにしている”事が、ラファエルにとっては大事だった。

 …… まるで兄妹のように仲がいい、だなんて。


「お二人は、とても仲がいいんですね」

「―――― はあぁぁあぁああああ!?!?!」

「ええ!イースランは、わたくしの羅針盤、わたくしの師、わたくしの太陽ですわ!」


 イースランの否定の絶叫と、アレクシアの全肯定ポエムがサラウンドでラファエルを襲った。

 

「師……ですか?」

「おい、その話は……」

「ええ!わたくしね、小さいころに、すごい病気になったんですの。大神官様も、魔塔の魔術師長様も、お父様も、国の偉い方々が総力を挙げて、わたくしを救ってくださろうとし―― モガッ!!!」


 目を血走らせたイースランが、アレクシアの口を掌で塞いでいる。

 ラファエルに背を向けたイースランの表情はわからない。

 ただ、無表情なのに、圧倒的な恐怖を感じているアレクシアの「目」が、彼がどのような表情をしているのかをラファエルに想起させた。


「――…ふふ…… あはは……!!」


 アレクシアに助け船を出さなければ、と思うのに、それは叶わなかった。

 爆笑の渦がラファエルを襲った。幼いころ、「侯爵家に引き取られて」から、こんな風に笑ったことがあっただろうか。笑いの発作に苦しみながら、ラファエルは涙を流した。


 ――幸せな放課後。


 怪我の痛みも、家の重圧も忘れて、ただ年相応の少年のように笑った。

 それが、今日限りで終わってしまうのではないかと考えると胸が痛む。

 だが、イースランの手からようやく解放されたアレクシアが告げたのは、ラファエルの想像に反した言葉だった。


「では、ラファエル様。また明日、ラファエル様にお会いするにはどうすれば?」

「は、はい!あ ―― おれ、私は訓練場にッ……」


 ラファエルは慌てて背筋を伸ばした。

 自分のような人間に、皇女殿下が再び会いに来てくれる? そんなことが許されるのだろうか。

 だが、アレクシアの瞳は真剣そのものだった。


「放課後の訓練場ですね。わたくし、また会いに伺ってもよろしいですか? 」

「……ッ! こ、光栄です!ただ、殿下にご足労頂くにはむさくるしい所で…… お嫌でなければ、私がお迎えに上がります!」

「まあ!嬉しいですわ!!!お待ちしておりますわ!!!」


 その、心からの言葉である事が伝わってくる勢いに、ラファエルは顔を真っ赤にして、ベッドの上で深々と頭を下げた。

 その様子を見て、イースランが「やれやれ」といった様子で肩をすくめる。


「殿下、そろそろお時間です。長居は病人の毒になりますよ」

「あら、もうそんな時間? 残念ですわ……」


 治療師からも、明日には退院できるとお墨付きを得た事で、アレクシア達は安心したように退室した。

 嵐のような、けれど温かい時間が去った後、ラファエルは天井を見上げた。


「……明日も、会える」


 その事実だけで、胸の奥が熱くなる。

 だが、まだ彼は知らなかった。その「明日」がどのような一日になるかという事を。


お読みいただき本当にありがとうございます!

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