10.青春をドブに捨てた罪:罪
その日の深夜。
王宮の地下深くにある「宝物庫」の前で、怪しい人影が蠢いていた。
もうお分かりであろう。そう。アレクシアである。
「待っていてくださいね、ラファエル様!」
彼女の目の前には、魔塔の魔術師達が総力を挙げて構築した「七重の魔力鍵」がかかった重厚な扉がある。あらゆる賊を凍り付かせ、溶解し、消し炭にしてきた実績を持つ最強の防衛陣である。
極めつけは虚無鋼で出来た物理的な錠前だ。これはあらゆる魔術を無効化する、超希少な金属なのである。魔術と物理、両方の侵入を阻む最強の扉と言っていい。
だが、最強の皇女の前では、そんなものは薄紙同然だった。
「えいっ(物理)」
バキンッ。アレクシアが可愛らしく手首をひねると、複雑怪奇な魔法陣と錠前が、まるで赤子の手をひねるように粉砕された。
彼女は堂々と不法侵入し、迷いなく最奥の台座へと進む。そこに鎮座していたのは、かつて「鉄の皇帝」ゲオルギウスが愛用し、アレクシアの全快祝いに狂喜して譲渡したという大剣―― 国宝である『竜殺し』だった。
「これなら間違いありませんわ!お父様が若いころにドラゴンをなます切りにした名剣……。物を大切にするラファエル様なら、きっと喜んでくださいますわ!」
アレクシアはウキウキと大剣を手に取った。重さ六十キロはある鉄塊を、無表情の美女が小枝のように振り回す。子供が見たら間違いなく泣く光景である。
「さあ、ラッピングをしなくては! リボンは赤がいいかしら、それとも――」
アレクシアが振り返ろうとした、その時だった。
背後から、凄まじい殺気が膨れ上がった。
アレクシアの肌が粟立つ。本能が警鐘を鳴らす。恐る恐る振り返った先には――
「――――あ」
そこには、地獄の業火を背負った、般若の如き形相のイースランが立っていた。
「ひぃっ!!?」
アレクシアは恐怖のあまり、その場で失禁しそうになった。イースランの目は笑っていないどころか、完全に据わっている。両手からはバチバチとどす黒い雷光が漏れ出していた。
「イ、イースラン……? これは、その…… リボンはやっぱり青がいいかしら?」
「…………」
イースランが無言で一歩踏み出した。
死ぬ。殺される。アレクシアが生死をかけたキツすぎるお仕置きを覚悟してギュッと目を瞑った瞬間―― 予想外に静かな声が降ってきた。
「…… 色々言いてぇ事はあるが、まあいい。
なあ、アレックス。お前、本当にそれが ―― 『誠意』だと思ってんのか?」
「え……?」
目を開けると、イースランは雷光を消し、ひどく疲れた顔で彼女を見下ろしていた。
「よく考えろ。相手は学生だぞ? そんな国宝級の、しかも皇帝陛下が使ってた『竜殺し』なんて送り付けられてみろ。 ラファエルは一生、その剣の管理に怯えて暮らすことになる。傷一つついたら切腹もんだからな」
「あ……」
「相手の負担になるような贈り物は、謝罪じゃねえ。ただの自己満足だ」
イースランの正論が、アレクシアの胸に突き刺さる。
彼女はハッとして、持っていた大剣を見つめた。
確かにそうだ。清貧を好む(と勘違いしている)彼に、こんな派手で重いものを押し付けるなんて、嫌がらせでしかない。
「ごめんなさい……。私、また自分のことばかり……」
しゅん、と音が出るほどアレクシアは落ち込んだ。イースランはため息をつき、ポンと彼女の頭に手を置いた。
「分かればいい。……で、どうすんだ?」
「……どうしたらいいのか、分かりませんの。お金ならありますけれど……」
涙目で見上げてくるアレクシアに、イースランはぶっきらぼうに答えた。
「なら、お前のその有り余る個人資産で、新しい剣を買って贈ればいいだろ。竜殺しなんて大層なもんじゃなくて、それなりの、使いやすそうな剣をな」
「!」
アレクシアの顔が輝いた。相変わらずの無表情だが、喜びが魔素として散り、キラキラとした粒子が彼女の周りを漂っている。
「そうですわね! 私が選んだ、新しい剣を……!さすがイースラン!天才ですわ~!」
「へいへい。じゃあ、さっさと戻って寝るぞ。明日は街へ買い物だ」
イースランは背を向け、やれやれと肩をすくめた。彼は満足だった。皇女の暴走を止め、国宝の流出を防ぎ、ラファエルの胃痛も未然に防いだのだ。なんたる有能。俺が世界だ。完璧な仕事をしたと自負していた。
―― だが。
帝国の至宝、イースラン。
彼もまた、幼少期から魔術の研究に没頭し、人の営みから遠く離れた魔塔で青春をドブに叩きつけてきた男。つまり、「一般的な社会常識」や「色恋沙汰」の偏差値は、アレクシアと同レベルで欠落していたのである。
彼は忘れていた。いや、知らなかった。
この世界の騎士道において、『高貴な女性が、殿方に剣を贈る』という行為が、一体何を意味するのかを。
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