第一話その3「訪れた殺人勇者達」
(アリギエ・オープンカフェ『イカリャック』)
そのテーブルに座る男女は、ずっと注目の的だった。
一つ理由は男の大きな体だ。百九十はある身長の体を椅子に預け、女性と話す男。
店に入って来た時から、注目を浴びている。ボサボサの黒髪にどこか疲れた目で冴えない印象。
歳は二十代後半だろうか。地味な黄土色のコートを着ている彼は、とても低い声でボソボソと女性に話しかけている。
彼の名は緑昇。
昨夜、アリギエにやって来た男である。
「おい……涎を拭け。モレク」
「だってちゃんとしたお料理は久しぶりなんですもの! 前の町の料理ときたら、どれも激マズでした!
昨夜なんか身の程知らずの盗賊を、ツマミに平らげてしまうところでしたわ」
テーブルを不満げに叩く女性はモレク。
綺麗な緑色のショートの頭と、細い目。痩せた体に着ている豪奢なドレスは、視覚に痛いくらいドギツイ桃色。人の歯茎を模した不気味な青い髪飾りを付けている。
二つ目の理由は、彼女が店の男達の視線を釘付けに出来る程の気品のある美女だったから。
貴族が付き人を伴って来たのだろうか? いや高貴な人種がこんな所に食事に来るはずが無い。
二人は何者なのだろう……? そんな予想を周囲に抱かせていた。
「俺は……この町は初めてだ。知っているだけの詳細な情報を教えろ。お前はここに来た『記録』が残っているのだろう?」
「貴方様の前任者の時ですけどね。このアリギエは王都の周りに展開している、四つの商業都市の一つですわ。
これから回るクスター地方では一番大きい街。魔言の解析と流用がかなり進んでいて、特に建築の『完成度』が高い街ですの。
国王が貴方様の世界の技術を広めて、なんとか再現しようとしてますし、近い将来『真似』くらいは出来るんじゃないかしら」
「確かに他の地方と違って、崩れそうな家……という物は無いと見える。魔言か。この世界における魔法や魔術のような物だったか」
「緑昇……散々あれこれワタクシで酷使してきた癖に、何か解ってないような口振りですわね」
モレクの半眼に彼は、悪いともふざけているともとれる素振りで謝罪した。
「すまない。マニュアルは読む方だが、物覚えが悪い方だと自負しているのでな」
「いいですこと? この世界『シュディアー』の空間には、人類の先祖が残したと言われている『技術銀行』(テクノロジーバンク)が存在しますの。
今では実現できない超技術が貯蔵された、どこにでも在る奇跡の蔵と言えばいいかしら。
そこからスンゴい力を引き出す為の暗号や発音が、魔言ですわ。魔言を正確に発音できる才能を、技術を行使するのに必要な魔力を持つ者を『魔言使い(スペラー)』と呼びますの。
まあ昔は誰でも使えたそうですけど、今じゃ中々いないのが現状。魔言使いなら公職の騎士と同じくらい、安定した職に就けるって話しですしね。
あの……何で今更、貴方様にこんな事をレクチャーしなくちゃいけないんです? 緑昇、ちょっと聞いてますの?」
長々と語っていたモレク。対して緑昇は、コーヒーを運んできた『女性』店員に会釈し、黒い液体を口に含み、一息ついて街の人々を見ていた。
数分してモレクに目を戻すと、平坦な声で答えた。
「いや、あまり」
「なぜですのおぉーっ!」
激怒する彼女を尻目に、緑昇は昨夜の出来事を考えていた。
異形の獣を乗りこなす黄金騎士の事だ。
噂によると、金色の武具と獣を駆って現れては、その場の弱きを助け、強きを挫く正義の騎士らしい。
様々な街に目撃談があり、賊や賞金首をほとんど殺さない事から、童話の中の英雄のようだと語り広まっているそうだ。
「ふふ、同じ穴の狢としてどう思いますの?」
「変態だな」
「はい?」
「奴が不殺を誓おうとも盗賊や反王族主義者の末路は、拷問、死刑、犬の餌と決められているのだ。直接手を下さず、公開された処刑会場に血走った目で朝から待つ。
自分が捕まえた罪人が、他人の手で殺されるシチュエーションを生き甲斐とする変態だろう。
魔言に水や雷、風
(ふう)といった属性があるように、人にも眼鏡属性やオトコノコ属性、東西(左ハミ・右ハミ)南(・下)北(・上)半球属性と様々あるのだ。奴は生粋のNTR者だろう」
「そ、そうなんですの……?」
緑昇は黄金騎士の乗っていたアレについて検討する。
あの金属の鹿は何だったのか?
「あれは鹿じゃなくて、レイヨウのプロングホーンという、動物の形に酷似していますわ。記録によると、チーターとかの次に早いとかなんとか」
「ならアレは本物さながらの早さというわけか。だが、なぜ金属の体なのだ? 奴は魔物を使役しているというのか?」
魔物。どこの冒険者か発掘家が言い出したのか、金属で出来た怪物の総称である。
魔力か何かの未知のエネルギーで動き、縄張りに接近した人間を襲う『物』。
街道に現れる盗賊や、街で人々を苦しめる悪徳騎士よりも、さらに上位の脅威である。
それは彼らの攻撃方法が、理解不能だからだ。
魔物に見られただけで殺される。魔物から逃げても殺される。肉や物でも注意も引けず、命乞いをしても殺される。
なんでも、魔物の体が光ると、穴だらけの死体が出来るそうな。
立ち向かうにしても、彼らの精錬された平たい装甲には剣も槍も弓も効かない。
雷属性の魔言が多少効くと噂される。彼らは森や海、廃墟を住処とし、そこから滅多に出ない。幸い縄張りに近づかなければ、害は無いが。
それらの情報が広められたのには、理由がある。かつて数多の戦士や魔言使いが、名声欲しさに魔物に挑み、殺された瞬間を第三者が記録したからこそである。
「奴が何かの偶然で操作端末
コントローラー
を手に入れたか。あるいは」
「あぁっ! やっと来ましたわ」
モレクを見ていた男性客たちがギョッとする。彼女達のテーブルに大量の料理が運ばれてきたからである。男が食うのであろうか?
緑昇は並べられた料理を見て、ため息をついた。一つ一つ丁寧に盛り付けられた料理と綺麗な皿。高価でないながらも凝らされた料理人達の技。
それらが今、無に帰すのである。
「毎度のことながらお前を維持するのには、金が掛かるな。まあ、『他』に比べたら『食欲』なんて安い方か。モレク、なるべく上品に頼む」
強い酸性の液体がテーブルの上に垂れた。モレクの涎である。
そして……『暴食』は始まった。
目をカッと見開いた彼女の両手のナイフとフォークが、次々と料理を突きたて、口に運んでいく。
肉を切り分けたりしない。食べていくではなく、料理を飲んでいくモレク 。
その食い方の汚いこと汚いこと。汁と油を撒き散らし、道具を使うのももどかしくなったのか、手を悪魔のように伸ばし、口に入れてゆく。
そう、それは肉食動物の捕食に似ている。もしくは餌に群がる家畜か。
この惨状は見ている何人かの気分を害するのには充分だった。
気品を漂わせる貴婦人のあまりの豹変に、店内の誰もが呆然とし、連れの緑昇だけが静かに自分に必要な分をよそって食べている。
「あ、そうそう。一年前に出た賭けレースを覚えてます?」
笑いながら食事をしていたモレクが、不意に言った。
「マーツォの街での事か。お前の燃料補給に金が尽きて、仕方無しに出ようとしたアレか」
そのときは乗り物何でもありの賭けレース『ライピッツ』に出ようという話になったのだ。何でも有りと言っても大抵は馬なのだが、緑昇は自らの足で走り、優勝した。
「そのライピッツがこの街でも有るんですの。今日は物好きな方達の、大会の決勝レース有ります。
ほら、途中で見かけたあの円形の建物はその為の施設ですの」
「ほう。だが今はそれほど路銀に困ってはいない。それにスポーツに出るなら、前のような裏技は用いたくない。
いくら大雑把な規則でも、俺達も馬か何かに乗るべきだ。例えば」
緑昇はそこまで言って、ある可能性に気が付いた。
例えばあの黄金騎士の金属レイヨウに乗れれば。
例えば自分と同じような反則的な速さを、躊躇わず使い続ける者が居たら。
その大会に黄金騎士が出ている可能性は高い。




