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第一話その2「死なれたら親孝行はもうできない」

(アリギエ・教会・墓地)


 三人の子供達が墓石に隠れながら、遠くの男女の姿を観察している。

 彼らの視線の先にはエンディックとシナリー。二人はある墓石の前で話をしているようだが……?




「ナンダカオニィチャンオコッテル」

「でも見つからないぐらい離れてると、何て言ってるか聞こえないね」

「早くも別れるってやつー? 変なカップルー」

「何してんのアンタ達?」




 コルレとキリー、スクラが驚いて振り返ると、サーシャが袋を抱えて立っていた。

 彼女は墓地の管理人のナバロ爺さんに、届け物を渡すところだった。




「ボクタチハフタリノカンシダヨ」

「あぁ、あの子達ね。エンディックも苦しいわね。特に神父様に懐いてたみたいだから」

「あの人ってどんな人なんですか? どちらかと言えば真人間

みたいですけど」



「そうね。エンディックはちょっと口が悪いけど、とっても真面目でお利巧な子よ? ただ気負いすぎる所があるというか、幼馴染のシナリーと一緒に居ると、暗くなっちゃうのよね」



 サーシャは語りながら、知ったかぶる己に苦笑した。どれだけ二人を知っているのかと。

 知っていると言っても二人が孤児院に来た以降の姿だ。


 多分あの奇妙な関係はその前が原因。きっと自分は助けになれないのだ。




「あの子達が互いを想い合っているのは解るの。エンディックはシナリーのことがとても大切。


 あの子が怪我したりすると、血相変えて飛んでく感じね。それはシナリーも同じなの。エンディックに付きまとって何か手伝ったり、たまにご飯を作ってあげたり、お付きの使用人みたいだったわ」


「でもでもー、それって変だと思うー。だってシナリーお義姉ちゃんあんだけ胸おっきいんだよ?お付き合いしたい男の人がいないわけないじゃん!」






 突如もたらされた情報に、サーシャは苦い顔をし、コルレとキリーは興奮する。


「タシカニフクノウエカラデモ、オオキイトオモッテタケド!」

「それって本当かい! きっと神様って奴の仕業だよー!」



「うん。この前にアタシ、お義姉ちゃんが脱いでるとこ見たの。なんかもうゴゴゴゴ……ズドンッて感じだったのよ。空気そのものが揺れてたみたいな」

「いや……その例えじゃ解らないわよ」




 呻くサーシャを二人の男の子がクスクスと笑う。

「マア、オネェチャンジャイッショウワカラナイヨー」

「大人になったら育たないんだよねー」




 青ざめた顔でスクラは二人の口を塞ごうとするが、先に保護者の殴る蹴るの暴行。


「もう、男の子の前でそういう話をしたらダメよスクラ? ほら鼻血出してるじゃない」


 サーシャは拳に付いた血を拭いながら、エンディック達を見る。エンディックは怒っているようだ。

 何度か言葉を交わし、彼だけ墓地を去っていった。シナリーはその後ろ姿を見つけ続けている。


 ため息をつきながらサーシャは独り言を言った。

「朝ご飯で言ってたけど、あの正義感の強いエンディックが騎士になるとはね。騎士道を振りかざし、弱い者を助けるのは童話の中だけ。

 本当のアイツラは難癖と徴収のプロ。適当な理由で何でもぶん取り、大金さえ貰えば罪人も逃がす悪漢供。そんな奴らの中にいて大丈夫かしら」


 彼女の独り言に足元で転がっているキリーが反応する。彼は興味を持って聞く。


「……お義兄さんって、よくある騎士とか勇者とかの物語が大好きだった子供でしたか?」

「神父様がそういう単純なお話しが好きだったから。その影響かしらね」


 キリーはムスッとして、エンディックが去った方向を見た。

それは失望の眼差しだ。


「なぁんだ……あの人、もの凄い……バカじゃん」




旅の終わりは人生の終わりだった。


「――何でだよぉ」

夢が潰えるのを感じた。希望が消えるのを見た。自身の意味が霞んでいくのを知った。

 もし結果が解っているのなら、絶対に自我を捨てていた。


 どちらか選べと云うならば、例えつまらなかろうと、満たされぬ人生を送ろうと、『彼の傍』を選んでいた筈だ。


「何か喋れよ……」

 奴隷として扱って欲しかった。くだらない傲慢な意思や夢など、教えなければ良かったのだ。


 結局『見つけられなかった』自分の選択は、眼前の結果に比べれば間違いだったのだから。


「ほら……殴れよ……」

 朝の曇り空の下、緑の丘に立ち並ぶ先人達の名前と石。

 エンディックとシナリーはその中から、よく知っている人物の名を見つける。


「なんで死んでるんだよぉッ……!」

 石の名はライデッカー。元は王国の魔言師団員で、一年前まではこの教会の神父をやっていた。


 捨てられたり、育てられなくなった家庭の子供を孤児院に預かり、町の人々にとても好かれていた豪快な男。

 そんな男の墓が建てられていた。


「俺はなあ、このハゲにもの凄い借りがあるんだよぉ……」


 エンディックは墓の前に泣き崩れながら、ポツリポツリと話し始め、シナリーは黙って聞いていた。


「誕生日の日に父さんに言われたんだ。今日から一緒にご飯を食べられなくなるって。その頃ガキだったから、なんだか解らないままアリギエに連れられて、ハゲの変なオッサンに会わされた。


 親父に置いて行かれて、帰り道を知らない俺にソイツはこう言った。自分はお前を誘拐した。父親にまた会いたければ、自分を倒してから行けってさ」


 子供が大人にケンカで勝てるわけがなく、かといって本当に彼が誘拐犯ではなく。


 その禿頭の男はエンディックに部屋を与え、服と毎日の食事を用意し、他の孤児院の子供達と友達になる機会をくれ、教育を与え、そして親の愛をくれた。


 大量に売られた恩に対して彼に出来たことは、よく食べて、よく寝て、少しでも陰り(かげ)のある所を見せまいと、健康に元気に過ごすことだけだった。


 エンディックはよく神父に襲い掛かっては返り討ちにあっていた。

 ライデッカーが自分の故郷の場所を、決して教えなかったからである。かといって神父はよく彼の体を鍛えてくれた。


 三年前、エンディックはついに、ライデッカーに膝を着かせた。


 神父の老いか、あるいは長年の努力の成果か、実の両親を追いかけていい強さを手に入れたことになる。


 だが、ライデッカーは頑なに口を割らなかった。


 二人は言い争いの末、エンディックは自分の力で探すと言い放った。

 他の家族達に心配をかけない為に、騎士学校に通うと言い、故郷の街が大体有ると思われる地点へ旅に出た。


 場所は曖昧に覚えている故郷から父に連れられてきた日数と、故郷の風景と一致する噂話しと地図の情報などを頼りに、村や街を回った。


「でも結局見つからなくてよ。このまま戻るのもアレだから、ルトールの街にある騎士学校に行ったんだ。そこで立派な騎士になって見せれば、少しは面目立つかなと思って」


 父親を見つけるという希望は叶わなかった。恩返しに大成した自分の姿を見せるという夢も終わってしまった。

 彼に助けられたこの命の意味を、彼の為に見出す前に死んでしまった。


「オヤジはどうして死んだんだ?」

「それは、病気で……その」


 シナリーは顔を伏せ、言いよどむ。エンディックはもしやと思い、さらに問いをぶつける。


「自分の死んだ理由も、『俺には』話すなって言われたんじゃないだろうな?」

「エンディックんは……昔からカンがいいですねー」


「それは俺の故郷の事と関係が有るのか? 例えば、『今も』俺の故郷が教えられないような危険な所で、オヤジもそこに行ったから死んだなんて言わねぇよな? なあ!」


「――どうしますか?」

 語気を荒くしてシナリーに掴みかかるエンディックは、彼女の変化に気付いた。


 笑っているのだ。シナリーは朝食の時と同じくヘラヘラと笑っていた。

 悲しみ、憤る彼を見て、彼が言うであろう答えを期待して、笑みを浮かべている。


「もしお義父さんが誰かに殺されたのなら、復讐でもしますか?」


 それは以前にも投げかけられた問い。

 思えば、この問いで彼の人生の指針が決まったのだ。


「それなら『先約』の方を済ませてくれませんか? 私の方の復讐を」


 以前エンディックはシナリーとある約束をしてしまった。彼女の大切な人を、彼にとっても大切な人を殺した『黄金騎士』にエンディックが復讐するという約束だ。


 二人にとって『黄金騎士』とは、世間で言われている謎の英雄の事ではない。

禍々しい輝きを放つ金色の全身鎧フルフェイスの怪物。

 それが二人にとっての黄金騎士の意味だった。


 しかし今のエンディックなら言える。あの約束はしてはいけなかったのだと。


 あのとき、幼いエンディックが出した答えが、彼女をずっと苦しめることになったのだから。


「おい! テキトーなこと言ってんじゃねぇっ! 『奴』は関係ない!」

「お義父さんがピンスフェルト村から『運ばれて』来た時には、体はもう治癒不可能な猛毒に侵されていました」


 ピンスフェルト村はアリギエからさほど遠くない場所で、のどかな農村である。


 エンディックも立ち寄ったことがあるが、家々が完全な木造で、人同士の争いや犯罪とは無縁な平和な場所。


 シナリーはもう笑ってはいない。固い表情から冷めた声を出して、エンディックには無視できない病名を口にした。


「『金属毒アイアンヴェノム』ですよ。帰ってきたお義父さんの体の一部が、金属になっていたんです。


 それが徐々に広まって、とうとう心臓に達したのか、息を引き取ってしまいました。この死に方を私達は知っていますよね?」


「……ああ、『奴』の得意技だ」


 魔言は技術を取り出すだけではなく、使い手の魔力によって別の方向性を与えたり、他の技術と組み合わせる事も出来る。



『POISON』は猛毒付与の技術で、詠唱時の魔力量に応じて、対生物用の毒素を呼び出す魔言である。


 単体ではあまり使われず、『SMOG』と同時に唱え毒煙に、『AQUA』なら魔力で作られた毒液を生成する。


『METAL』は対象の一時的な金属化。


 使い手の魔力が続く限り物質を硬化させ、鎧などの物理防御の底上げに使われる防御用魔言ディフェンススペル


 魔言には1~8までの階級があり、上の階級ほど発声の正確さや多くの魔力が求められる。


 前述の毒と鉄の魔言は4と5の階級。落第者や野に下った無資格者では制御の難しい中級魔言で、主に公的機関の魔言使いが使用している。


「魔言『POISON』の猛毒は教会で作られた薬品や、回復の魔言『RECOVER』による解毒をし、肉体を回復させれば治せます。


 しかし『POISON+METAL』の合成魔言コンボスペル

の毒は金属毒と呼ばれ、対象がなんであろうと無理やり金属に変えてしまいます。


 金属化が心臓に達するまで時間がかかりますが、相手を確実に死に追いやる治療不能の猛毒。


 わざわざこんな殺し方を、こんな魔言を使う存在は私の知るところ『黄金騎士』だけです」


「でもよ……オヤジはシナリーを孤児院に連れて来たとき、言ってたんだ。あの村の事件はもう終わったって。


 あの『悪魔』はもう封印されたって!」


「私達を安心させる為の嘘ですよ。多分あの村の脅威をそのときは解決出来なくて、後から自らの手で、なんとかするつもりだったんじゃないでしょうか? 


 そして失敗したお義父さんはご覧の通りです」


 シナリーの語る可能性に、エンディックは項垂れながら考えた。

過去からの因縁が頭を占めてゆく。養父の死と黄金騎士。眼前の少女との約束。そして今までの旅で得てきた力と意味。


 なるほど、これは避けられそうにない。


 エンディックは顔を上げてはっきりと意思を伝えた。


「『今』の黄金騎士がどこのどいつか知らねぇ。それにオヤジはコレを望んでない。でもあの化物を放っておくことは出来ないし、故郷への手掛かりかもしれない。

手始めにピンスフェルト村に行ってみようかと思う」


 故郷の出来事がまだ終わってないんだとしたら、ライデッカーが一人で行動していたのなら。

今や真相を知り、事件を解決できる者が、誰も居ないことになる。


 ならば息子のエンディックが引き受けるしかない。


「俺の腹の内は話した。さあ、次はお前の番だぜシナリー?」


 養父は自分を遠ざけようとした。当然それに従う形で、彼女も情報を出し渋るはず。


 なのに今の状況があるということは……。


 案の定、シナリーは見返りを要求した。

 両手を合わせ祈るように。待ち焦がれた恋人にやっと会えたように。

 最高の輝きを放ちながら、笑顔でエンディックを求める。


「貴方の仇であり、私の憎き存在である、黄金騎士を殺して欲しいんです。

 貴方に殺される。ただそれだけの為に生きてきた醜い生き物、

シナリー=ハウピースを殺して欲しいんです」


 旅の終わりは因縁の清算だった。

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