第四幸「剥がれる人形の顔」
(クスター地方・アリギエ・孤児院のエンディック達の部屋)
エンディックはベッドでうなされていた。
額に汗を浮かべ、 まぶたの裏に映る黄金騎士による惨劇に、身を震わせていたのだ。
「大丈夫ですか? 起きて下さいエンディックん。エンディックん!」
エンディックが目を覚ますと、肩の膨らんだ黒いブラウスを着た、紫の長髪の少女が彼を揺すっている。
「うお……俺いつの間に寝てたんだ? くそ、やっぱ無理な魔力を使ったせいか」
リモネ達を連れ帰ったエンディックは、サーシャ達に事情を話し、二人を改めて孤児院の家族として迎え入れることにした。
サーシャは姉弟の話を聞くととても協力的になってくれ、シナリーも交えて話をしていた。
エンディックは会話の途中で倒れそうになり、一旦休憩を取ることにしたのだが。
(ヴァユンや落下を利用しない、ただの投擲で魔物を倒したからな……。
魔物の体を抜けるだけの火力を出すには、魔言使いでもない俺には、荷が重過ぎたってか)
シナリーの後ろには、なぜか緑昇も立っていた。
勇者の全身鎧のままで、水色のバイザーから黄のカメラアイが、少年を見下ろしている。
「先ほど急に窓の外に現れて、ビックリしましたよ。エンディックと一緒に話を聞けって言うので、裏口からこっそり部屋に連れてきたのですけど……」
シナリーも珍客の来訪に困惑してるようだ。
緑の勇者はしばし沈黙した後、衝撃の第一声を放つ。
「この街に……魔物が紛れ込んでいるようだ。ライピッツ会場などが有る商店街方向で、次々と魔物が起動し始めている」
「な……んだって? だってリモネはもう」
「それが阻止されたからこそ、増援として事前に運び込まれた物が暴れているのだ。
また誘い出す為の罠か……あるいはシナリー=ハウピースを狙った行動だろう。
いずれにせよ、敵はここを目指して来る可能性が高い。貴様らには借りがあるからな……俺は避難を促しに来たのだ」
話を聞いたエンディックは血の気を引いた顔をする。
ピンスフェルト村で起きたような事件が、アリギエでも? そうなると魔物だけじゃない。
後にマモンという難敵も控えているかもしれないのだ。
更にエンディックは消耗し、緑昇は深手を負ったばかりだ。
(もし家族を逃す途中、魔物に狙われたら……! 俺は……誰かを守りながら戦わなくちゃならなくなる。駄目だ……それじゃ誰か死ぬ!)
守勢の戦いは、黄金騎士が最も苦手するものである。
彼の戦い方は先手必勝。先に攻め、自分の力が尽きるまでに敵を倒すことを是としている。
以前の緑昇の指摘通り、彼は事件が起きた後、状況を見て、勝てる可能性を前提に『奇襲』にて勝利してきたのである。
ヴァユンⅢが与えてくれた力とは、『敵に攻撃されない速さ』と『敵より先に攻撃出来る速さ』といった、安全性なのだから。
それは冷静とも言えるし、臆病とも見える。
だから弱虫で、錬金術が使えず、夢を諦めていて、自分より弱い敵だけを倒してきた、英雄と呼ばれる少年が取るべき選択肢は一つしかない。
「後ろから追いつかれるかもしれないなら……先に後ろから倒しちまった方が良いよなぁ」
逃走と迎撃ではなく、『追ってくる敵への奇襲』である。
己に速さによる奇襲の技しかないのなら、その速さを持って後ろを取れば良い。
「エンディックん、また貴方はそんな危ないことを……!」
シナリーは不安と怒気を声に含み、幼馴染を止める。
だがエンディックの答えは、とうに出ているのだ。
「お前らを心配させるのは解ってる。でもよ、世の中危なくないことなんて無いだろ? 人の体は脆い。傷付いたらすぐに血が出るし、世界はそこら中が人を傷付ける物ばっかだ。
それでも人間は生きてる……少しでも生きられる方を選んでるんだよ。
だから俺は家族を逃す為に、戦う方が安全だと思う」
「そんな……こと」
「ではエンディック、君は商店街方向に行け」
緑昇はシナリーの迷いを見ず、要望を伝える。
「正直に言おう……。今の俺は万全とは言えない。魔物の群れやマモンと戦っても、勝率は低い。
だから共闘の依頼をしたい。
君は住宅街に近付く魔物を倒しながら、商店街方面へ進んで欲しい。俺は迂回して、遠くの騎士団宿舎の有る方の敵を叩く」
「そう……だな。敵との距離が空いている内に攻めかかった方が、場所取りでも避難する奴らの安全面でも、良いに決まってるぜ。
そうと決まりぁ、早速動くぞ!」
納得しかねるシナリーを介さず、二人の戦士は行動を開始した。
エンディックはサーシャ達孤児院の皆や付近の住民に、詳細を省き、魔物が迫ってると伝えて回った。
そして孤児院の裏で黄金騎士を作ると、すぐに商店街の方向へヴァユンⅢを走らせた。
シナリーは避難の護衛として残った。
今はサーシャらと子供達を連れて、アリギエの南門出入り口を目指して走っていた。
(結局家族を巻き込んでしまっている……。私が未だ生きているせいで、エンディックや義姉ちゃん達が……)
悩めるシナリーの後ろでコルレが転ぶ。
思いっきり鼻をぶつけた痛みが、彼は泣きそうである。
「大……丈夫?」
コルレを助け起こしたのは、リモネであった。
彼女は年下に弱気は見せまいと、不安そうな子供を気遣う。
「ア……アタラシクキタヒト……」
「うん、大丈夫だよね。君はまだ泣けるから。
本当にどうしようもなくなったときは、もう涙すら出なくなっちゃうから……。だから……またお姉ちゃんと歩こう?」
「違うのよ、リモネお姉ちゃん」
喋ったのはスクラという少女だ。
彼女は涙ぐむコルレの背中を叩きながら、リモネに言う。
「お姉ちゃんは後からあの家に来たから、アタシ達がお姉さんなのよ。
だからもっとキリッとしなさいよコルレ! リモネお姉ちゃん、大丈夫だよ。
お姉ちゃんは義姉のアタシ達が守ってあげるんだから!」
幼き少女の頼もしさにリモネは微笑み、聞こえたシナリーは持ってる杖を強く握った。
(そうです……悔やむ前に私が皆を守らないと……。エンディックんが帰って来たときに、誰か居なかった……なんてことは二度とさせない!)
そして……少年少女達と別れた緑の勇者は、己の目的地に向かわず、ある廃屋に隠れていた。
「魔言『MIRROR』」
四枚の鏡が現出し、全身鎧の戦士を囲み、この世から緑昇を消失させる。
そして彼はゆっくりと歩き出した。
目指すは街の出入り口だ。
「さて……逃げるか」
この一件もまた罠である。
魔物に人々を襲わせ、それを助けようとした所を、どこかに隠れ潜む魔物の本隊なり、マモンがその背を刺す。
先の戦いでかなり消耗した己には、罠に正面からぶつかり、逆境を跳ね返す余力はないと判断したのだ。
この街を救えるはずの英雄は、遥かにか弱い黄金騎士達を囮に、アリギエを後にした。




