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プロローグ②

 エンディック少年が黄金の勇者と遭遇してから、数日後。


「あの人は……!」


 そこは同じ山中。その河原で、紫色の髪の少女が珍しき人を見つけていた。


 その女性は離れた場所で、川の水を覗き込んでいたのだ。

 女の子が女性に驚いたのは、その容姿である。


 日の光を反射するかのごとく輝く金色の長い髪。整えられた凛々しい横顔は、人の物とは思えないほど美しい。

 機力世界の機械技術者が着る、作業着に似た服を身に付けていた。

 そして妙に切れ長な女性の耳。

 これらの特徴持つ存在を、少女は家の本で読んだことが有る。


 あの美しい女性は……『エルヴ』だ。

 この世界シュディアーを龍と共に支配及び管理していた……とされる亜人種族である。



 亜人は人より上位の存在であり、優れた頭脳による文明と、並外れた筋力を持つと、本では語られている。


 国家間の境に領地が有り、そこから一切外に出ないので、今では誰も姿を見たことがない。


 確かに女の子の村は、地図上では亜人国境に隣接した地域にあるが、そこでも空想上の生き物とまで言われるくらいだ。


「ん? テメー何してやがるんだ?」

 エルヴの女性は女の子に気が付き、髪をなびかせながら振り返る。


 そのちょっとした動作が優雅で、翡翠のような緑の両眼で見つめられると、なぜか少女の胸は昂りを覚えた。


「あ、あの……わ……わたし」

 ソレは女の子の言葉を遮るように現れた。

 突然川の水が盛り上がり、水面から人型の影が飛び出したのだ。


 彼女達の間に転がり落ちたのは、鋼鉄の鱗に包まれた半漁人。

  

 人と形が似た構造をしているが、手足に水掻きが有り、頭は魚その物。背に酸素ボンベと水中移動ユニットを装備している。


(魔物……! どうしてこんな所に!)

 少女は出現した脅威に身構える。この魔物も彼女は家の本で見たことが有った。


 海辺で目撃されているマーフィッシュという水棲魔物によく似ている。

 沖に行き過ぎた船舶を群れで襲う魔物であり、こんな山中に姿を見せるわけがないのだが……。


「ハァハァ……見つけたよ…冴虚

(サエコ)」

 半漁人の内部から男性の声が聞こえ、その手先に指輪を持っていた。


 そしておぼつかない足取りで亜人女性へ近づいていき、女性は指輪を受け取って指にはめた。


「いやー勘弁なぁ。ついブチ切れちまって、窓の外に投げちまった……。でもアレだろ? 新作の『ヴァユンⅥ』の試しにもなって、丁度良いじゃねぇか」


 大きな声で笑うエルヴに、半漁人はうんざりしながら頭を外す。

 魚の頭が有った場所に、人間の頭部が生えており、その男性は半泣きの表情で訴えた。


「酷いよ冴虚~! いくら夫婦喧嘩の弾みとはいえ、僕が作った結婚指輪を投げるとか……しかも君の腕力で投げたら、向こうの川まで飛んでくとか何だよ!

 もし僕らの作品の中に水陸両用装備が無かったら、どうするつもりだったんだよ?」

「そんときは……ほら、またお前さんが作ってくれれば……良いだろ?」

「あのさ、上目使いにされても誤魔化されないからな」

「……チ」


 潜水服のような物を着ていた男性は、髪の色は茶色。中年と思しき顔に髭を生やしている。

 彼は自分達を見ている視線に気付くと、女の子に会釈した。


「おや、驚かせちゃったかい? 僕はギデオーズ=ゴール。錬金術師をやっている者だ」

 少女は男の名前を聞くと、今度こそ自己紹介をした。彼女は彼を探して山に入ったからだ。


「わたし……シナリー=ハウピースって言います! 錬金術師さんにお願いが有ってここに来たんです」



ΦΦΦ




「村がそんなことになっていたとは……なんてことだ……」


 シナリーはゴール夫妻に連れられ、山深くに建てられた彼らの住居にたどり着いた。


 家は水辺の近くに建っており、周りには畑や家畜小屋のような建物も有る。この夫婦はここで自給自足の暮らしをしているようだ。


 シナリーは家のリビングに通され、ゴール夫妻と向かい合って椅子に座り、『身の上』と今の村の現状を明かした。


 下山した先にその村があり、小さな青空学校があり、夫妻の息子も通っていた。今は酷い目にあって、行きたくないようだ。



 聞いていたギデオーズは、悩ましげに言葉を吐く。

「勇者という暴力によって支配された村……か。ハウピース少佐は何を考えているんだ? 

 病気でふせっているとは聞いていたが、まさか自分の娘を改造して後を継がせるなんて! こんな幼い子に殺しを覚えさせて、一体何を恐れてるっていうんだ?」


「わたしも……嫌なんです。勇者になってお父さんに逆らう人を殺すのも、わたしが他の子達と違うんだって思うのも……もう終わりにしたいんです」


 憂鬱そうに喋るシナリーのお願いとは、勇者鎧との契約解除だった。


 少女は己の存在価値を、真っ当な理性から無くしてしまいたいのだ。

 それを強制してきた肉親が、当然許すわけがなく、彼女は山に住む錬金術師を頼るしかなかった。


 父親が正気だった頃に話してくれた、魔力世界で『機力メナ』を扱う者の存在。

 さらに家の本に書かれた錬金術師は、機力世界とは異なる機力運用法を知っているという。


 もしかしたら彼女の運命を変える方法を、彼らが教えてくれるのではないか……と。


「シナリーちゃん、君の『勇者を辞めたい』っていう意思は理解出来るし、同情もする。

 でも錬金術師と言えど、君の力にはなれない。勇者鎧が通常の兵器なら、機力を用いてその登録を解除出来る可能性が有る。


 だがあれには『悪魔』と呼ばれる電子生命体の人格が存在するんだ。勇者鎧との契約解除には『中に居る悪魔』との合意が必要なんだよ」


 シナリーは契約相手のことを思い出す。あの老人の姿をした人ならざる存在を。



 悪魔の名はマモン。王冠型の勇者召喚装置の中を住みかとし、幼い頃から彼女の世話係をしてきた執事だ。

 だがその実、シナリーのお目付け役でもあったのだ。彼が父の意に反して、自由にしてくれるとは、とても思えない。


 少女は愚かな自分の発想に笑った。自分を助けてくれる特別な者が、そんな都合よく近くに住んでるわけないではないか? と。


 淡い期待を抱いて、家の者の目を逃れ、こんな山の中まで歩いて来て、結果は徒労だった。


 自分は父の道具として、その生を許されてるのだ。道具は物らしく、この先も嫌なことも嫌と言ってはならないのだ。


「なあお前……シナリーとか言ったっけ? どうしてブッ壊しちまわねーんだよ?」

 彼女が泣きそうになっていると、ギデオーズの妻がそんな乱暴な提案をした。


「……冴虚さん?」

「そうはいかないよ冴虚。僕らは龍を完全に滅ぼせたわけじゃないんだ。

 あれから周期が過ぎて龍が現れたという噂は、このクスター地方では聞かない。しかし勇者鎧は『これから』も必要になるかもしれな」


「何をお上品なこと言ってんだよ? こんな話聞いて、話し合いでなんとかなるわけねーだろ。

 それに壊してもアタイらが直せばいい。ここには機力の扱いに長けたエルヴと、その弟子の旦那が居るんだぜ? なんとかなるだろ。それによぉ……」


 そう言いながら冴虚は立ち上がり、少女の傍に行って、肩に手を置いた。

「この子は可哀想だぜ……。同じ生命体として、アタイはこんな可哀想な奴が居ることが、それが今まで誰にも助けてもらえなかったことが、我慢ならねー。


 例え世界に勇者が必要だろうが、こんな女の子を苦しめることが必然だってなら、アタイらでブッ殺しちまおうぜ?」


 シナリーは冴虚を凝視する。見ず知らずの女の子を助けると言ってくれた、凛々しくも美しい顔を。

「う……うぅ……え?」

 少女の眼球から水が溢れ出した。急な身体の変化に、本人も戸惑う。


 シナリーは感動したのだ。彼女の身の上の理不尽に、やっと他人が理解してくれたことに。


 これまで周りが誰も助けてくれなかった悲しみに、目の前の女性は怒ってくれた。シナリーを勇者という怪物ではなく、一人の子供として扱ってくれた。


 シナリーは悲しくて泣いたのではない。嬉しさで泣いたことに、自分自身が動揺したのだ。


「おいおい、テメーで不思議がるなよ? 泣きたいときは、泣くのが通常の機能なんだぜ。

 そうじゃないと感情の回路が固まって、自分が悲しいかどうかも、解らなくなっちまう」


 冴虚は女の子の傍にしゃがみ、その身を抱き寄せた。それは母親として本能的な動作だった。

 さらに照れながら、一言付け加える。

「……ま、旦那の受け売りだけどな」


「ふふ、解ったよ。シナリーちゃんのことは僕らがなんとかしてみよう」

 ギデオーズも椅子から立ち上がり、部屋の扉の前まで行き、それを少し動かす。


 その扉はわずかに開いていて、ずっと誰かが覗いていたのだ。ギデオーズは隠れようとする『その子』を抱きかかえ、シナリーの前に連れてきた。


「ただしタダでは駄目だ……。この子は息子でね。色々有って、いつも一人で遊んでいる。君が遊び相手になってくれないか?」


 男の子の名前はエンディック。

 女の子の名前はシナリー。

 これが二人の出会いだった。

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