プロローグ①
「死のう……かな?」
木々生い茂る山中の緑、川のせせらぎに人の声が混ざった。
水面に映されているのは、岩場でしゃがみ、悩む顔で覗き込んでいる男の子の姿。彼の名はエンディックという。
この子は山から下の下界で、不定と暴力にさらされ、自己肯定力を失いつつあった。
己を肯定出来なくなった人間が行き着くのは、自己無関心と存在疑問だ。
だが少年はまだ幼い。
この難題に答えを出し、割り切れるほどの余裕も、知性も無かった。
そんな彼の脳を支配するのは、安易な自己消滅である。
(お母さんは家の仕事を継ぐんだから、山で生きれば良いって言うけど……それじゃあ悪くない僕が損してるじゃないか。
僕が損するしかない世の中なんて、やる気……出ないな……)
少年は空を見る。
ここは川辺なので、空は木々で隠されてない。
上には青と白と、飛ぶ鳥達の点のような姿が見えた。
いや、鳥か? 周りの鳥と比べて、変わった形に大きな影が飛んでいた。
男の子は怪訝に思い、立ち上がってよく見ようとする。
その途中で足を滑らせて、川に落ちた。
「うそ……!」
その川の流れは早いがそれほど深くなく、大人なら足が付く程度だ。
だが子供の大きさでは足が届かず、動転した少年は溺れまいと必死にばたつく。
(あ……これでいっか……。こうやって溺れても、誰もぼくのことなんか助けに来ないし。もう……悩みたくない)
目と鼻と口に水が入ってくるのを、彼は受け入れた。小さな生命は、死という流れに身を任せようとする。
そして、川が爆発した。
遥か上空から、大きな鳥が水に飛び込み、強い水飛沫を上げたのだ。
その輝きは川の中の少年を浚い、水上へ飛び出した。
少年は自分を抱きかかえ、見つめる赤い光を見返す。
それは黄金の鎧を着た騎士だった。
鳥の意匠が施された鎧は光輝いており、装甲の間には黒いチューブが詰まっていた。
兜で顔が隠れており、目元に透明な水色のパーツの奥に赤い瞳。背には翼が生え、羽ばたきもせずに騎士を宙に浮かせている。
「うわぁ……」
その黄金の鎧は何と神々しいことか。
水飛沫と濡れた鎧が光を反射し、宙に浮く様は幻想的で、少年の心を強く打った。
(この人は……ぼくを助けてくれたの? 見ず知らずの他人のぼくを……)
黄金の騎士は川から少し離れた場所へ飛行し、子供を降ろした。
そして男の子が礼を言おうとすると、すぐさま上昇し、空の世界へ旅立っていってしまう。
「あ……待って! あの」
呆然とする少年は、しばらくしてすぐ目を輝かせると、その姿を追いかけようとする。
(礼も聞かずに居なくなるなんて……何てカッコイイんだ! まるでお話に出てくるヒーローみたいだ!
黄金の騎士……黄金騎士かぁ、ぼくもああなりたい。人から憧れるモノになってみたいんだー!)
彼の先程のネガティヴは消し飛び、英雄と会えたというポジティブに満たされていた。
このときのエンディックは知らなかった。
彼女が黄金騎士の姿でここに来てしまったということは、当然『相方』にも知られている。
そしてこの一件が、後に少年の一家に起こる大事件の引き金になってしまったのである。
『彼女』はこの村で『黄金騎士』と呼ばれていた。
少年の命の恩人で、英雄願望の継起となった人物。
彼にとっての英雄であり。
倒すべき悪であり。
現代での自身の顔でもあった……。




